12/22(side:B)

「放っておいてくれ。今日はお前とは話したくない」


 昨日から、真央の様子がおかしい。殆ど口を聞いてくれないし、母さん曰く今朝は家にも来なかったらしい。そしてたった今、一緒に帰る事を拒否された。今までは嫌々ながらも一緒に帰ってくれていたのに……。


 「なんだ夢希浮気でもしたのか?奥さんご機嫌斜めじゃん」

 「そんなんじゃねえし。お前と一緒にすんな」


 様子を見ていたクラスメイト達はいつもと同じように茶化してきた為、俺もいつもの様に対応する。 

 彼女が昨日の冗談に腹を立てているだけだと考えたいが、そうでないことぐらいはいくら俺でも流石に分かる。俺が今までやって来たことは相当彼女のヘイトを買っていたはずだ。昨日の出来事は堪忍袋の緒が切れるきっかけにすぎなかったのだろう。

 やっと分かった。きっと俺は彼女から愛想をつかされたのだ。

 

 そう気づいた頃にはとっくに真央は居なくなっており、その事に友人の一人が気がついた。


「あ、静沢どっか行った。そうだ、この際だから言っとくけど、お前は静沢にこだわりすぎなんだって、あんな愛想のない子のどこが良いんだか……。他にもいい子いっぱいいるだろ?ほら、よく来る一年生の……」


(「あんな愛想のない子」……だ……?)


 一瞬にして頭に血が昇っていくのがよく分かる。

 俺の事はいくら馬鹿にされてもコケにされても構わない。でも、それが真央なら話は別だ。

 目の前が真っ暗になるような感覚に囚われる。

 

 気がつくと俺はそいつに掴みかかっていた。


「おいお前、今なんつったよ……?お前に真央の何が分かる?知ったような口聞いてんじゃねぇよ……」


 自分自身でも驚くほどの地を這う様な低い声だった。

 クラス内の人々の目線が一気にこちらに集中する。



「おい貴岡、何をしている!」


 気づくと俺はに羽交い締めにされていた。



###



「なぁ夢希、真央ちゃんと一体何があった……?さっきのあれ、最初から見ていたけど何か真央ちゃんを怒らせるような事でもしたのか、お前」


 いつものように生物準備室へと連行された俺は、てっきりいつもと同じように指導と愚痴を聞かされるものだと思っていた。だが、ちさ姉の第一声は真央と俺の心配だった。


「分かんねぇ……いや、心当たりしか無い。個人的には愛想尽かされちゃったんだと思ってる。まぁ、仕方ないよ……」

「はぁ……お前はどんだけ不器用なんだか……」


ちさ姉は呆れたように首を振る。


 (俺が不器用……?)

 

 きっと言い間違いが俺の聞き間違いだろう。不器用なのは俺であって、真央は違う。

 真央は何に対しても器用な方だ。必要な物は残して、いらない物はバッサリと斬り捨てられるキッパリとした考え方の持ち主、それが今の静沢真央なのだから。

 ……事実、俺も斬られたわけだし。だからこそ、ありがたく思うべきなのだ、これまで俺に関わってくれた事に。


「てか、としては大丈夫なのかよ?俺、一応クラスメイトに掴みかかった訳じゃん……?」

「そりゃまぁ、としては指導しなくちゃならないけど、私にとって真央ちゃんは妹みたいなものだからな。そんな子をバカにされてムカつかないわけがないだろう?」


ちさ姉は苦虫を噛み潰したような顔をした。


(あ……ムカついてたんだ)


 改めて思う。自分の考えと違ったとしても、多数派の価値観と考え方で動かなければならない教員という職業は俺が思っている以上に難しいの物なのだろう。



###



 結局、掴みかかった事はみっちりとお叱りを受けた。おかげさまで校舎から出る頃には空模様は朝から一変しており、数十メートル先を確認するのも大変な吹雪になっていた。


 (あ……傘忘れた……)


 ようやくそこで今日は傘を持ってきていなかった事に気がつく。今朝は雪があまり強く無かったし、いつも通り遅刻ギリギリだから気にも留めていなかったが、これは絶対に傘が必要なレベルだ。


「お、どしたん話聞こか?」


 突然、背後から聞き慣れた声が聞こえた。

 振り向かなくても誰か分かる。


「んー、なんかお前が言うとキモいわw」

「んなこと言うなや、悲しいわ」


 コテコテの関西弁を喋っていて、ここまで陽気な奴は、俺が知る中で一人しかいない。


「おい健、お前この雪の中自転車って馬鹿か?流石に俺でもそこまではやらねぇぞ……」


 神楽坂健かぐらざかけん。この学校内でおそらく最も顔が広い人物であり、俺の保育園時代からの友人、つまりもう一人の幼馴染だ。

 そしてこいつはこの吹雪の中、なんと自転車を押していた。


「うっさい!今さっきまで担任にもその事で叱られてたんや!」


 正直こいつの場合、これを悪ふざけじゃなくて素でやっているのが一番面白い。



###

 


 数分後、俺は健にファミレスに連れ込まれていた。と言うのも、あの後さらに吹雪が強くなって数メートル先すらも見えない状態になってしまい、少し収まるまでここに避難しておく事になったのだ。


「なぁ、見てやこれ。カルピスとコーヒー混ぜてみると美味いらしいんだわ、お前も飲んでみ?」

「おいおい……ガキかよ、お前……?」


 (はぁ……男同士でファミレスってなんかキモいなぁ……)


「あ、お前今、(男同士でファミレスってなんかキモいなぁ……)とか思ったやろ!」

「あ、バレたか……」

「なんでもお見通しやぞ〜……お前が今日、真央と揉めたって事もな」


 ニヤニヤしていた健の表情が、急に引き締まる。

 何故コイツがその事を知っている……?


「……クラスの奴らから聞いたのか?」

「いや、学年中で噂になってたで。……お前嫌われてもうたんか、遂に」


 今一番出して欲しくない話題をわざわざ出してくる辺り、中々コイツ、性格が悪い。


「そうかもなぁ……逆に今まで関わってくれてた事自体が奇跡だったんじゃね?」

「ほーん、じゃあお前はもう真央の事は諦めるんやな……恋愛的な方でも」


 冗談っぽく返して話題を変えようとしたのに、健は追求をやめない。それどころかどんどん奥深くまで踏み込んで来る。特に触れて欲しくないにも。


「……お前なんでそれを」

「ずっとダチやっとったら……いや、誰でも見てたら分かるわ、そんなもん。でも諦めてくれるんだったらよかったわ〜。お前が邪魔で俺はずっと真央に近づけんかったし」

「は……?」


 (コイツ……何を言っているんだ……?)


 一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。


「忘れて貰ったら困るわ〜。俺も真央の幼馴染やぞ?あの子と一緒にって惹かれん男なんてらんだろ?」

「お前……まさか……!」

「そもそも、真央が俺かお前のどっちかを選ぶとも限らんけどな。まぁ、それでも俺は負けるつもりあらへんけど。ほな、またな」


 健はコーヒーカルピスを飲み干し、ドリンクバー分の代金をテーブルに残してその場を立ち去った。窓の外を見ると、いつの間にか吹雪は収まっていた。


 (知らねぇよ……勝手にしろ)


 突然色々なことが起こりすぎて何が何だかよく分からない。好きな幼馴染に愛想を尽かされるわ、かと思ったらもう一人の幼馴染には戦線布告されるわ……。

 分からない……俺はどうするべきなのか、俺は真央とどうありたいのか。



***

皆様こんばんは、錦木です。

明日の更新も頑張ります!


自分の作品の便利キャラである神楽坂君がこの作品も侵食してますね……

因みに、このキャラは自分のリアルの友人がモデルだったりします。


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