12/21(side:B)
俺は、幼馴染である静沢真央の事が好きだ。
真央と俺が初めて出会ったのは二歳の頃、彼女の両親がウチの隣に引っ越して来た時。お隣同士お互いの子供が同じ歳だった事で、母親同士が意気投合した所が始まりだったらしい。物心がついた頃には俺と真央は殆ど毎日一緒にいた。
だが、同時に俺は歳を重ねるごとに少しずつ真央へ恋愛感情を抱くようになっていった。俺自身、今となってもよく分からない。自分が今のままの関係性で留めていたいのか、それともすすめたいのか。
ただ一つ確かに言えるのは、俺が真央から面倒な腐れ縁の幼馴染としてしか認識されていないという事だけだ。
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「おい貴岡!聞いているのか!?」
突然の大声によって、俺は現実に引き戻された。すっかり上の空になっていたが、俺は今朝の遅刻と授業中の居眠りのせいで担任である坂本先生からお叱りを受けている最中だった。
「え、あっはい。先生の話長いですね」
(あ……)
気づいた頃にはもう遅かった。慌てて返事をしようとしたせいで、余計な所まで一緒に出てきてしまったようだ。
今の失言で流石に埒が開かないと思ったのか、先生は大きくため息を吐いて首を横に振った。
「お前、少しは静沢を見習った方がいいんじゃないか?とりあえず、私が何を言ったか言ってみろ」
「えっと、遅刻と授業中の居眠りの話っすよね?」
「そうだ。明日からしっかりしてくれよ?……って言ってもどうせ変わらないんだろうなぁ、夢希は……」
先生はもう一度大きなため息を吐き、もうお手上げだとでも言うように机に突っ伏してしまった。窓際に置かれた水槽のエアポンプの音がうるさく聞こえる程の沈黙がしばらく続く。
「私、やっぱり教員向いてないのかなぁ……」
やがて、ぽつりとそう呟いたのが聞こえた。
(げ……先生モードが切れたな、これ)
「ごめんって……気をつけるよ、ちさ姉」
実は担任の
「いいか?教員って大変なんだぞ?給料はそこまで多く無いし、残業代出ないし、ブラックだし……あーやだやだ。もう辞めたい、引きこもりたい」
(おいおい従兄弟とはいえ、仮にも俺は生徒だぞ?言っていいのかよ、そんな事)
何かをやらかす度に俺はちさ姉の管轄であるここ、生物準備室に呼び出されるのだが、彼女は指導のついでと言わんばかりに毎回愚痴を垂れ流してくる。どうせウチに居候してるんだから家で言えばいいのに。
「夢希はいいよなぁ、真央ちゃんとイチャイチャしてられて。へっ、地方高校勤務のアラサー女は求めてられてませんってか」
(うっわ、なんかいつも以上に話が重いなぁ……最近まで彼氏ができたとか言って浮かれていたのに……)
「いやだからさ、俺と真央はそんなんじゃ無いっての……というよりちさ姉、この前彼氏できたって言ってなかった?」
「……」
「あ……振られたんだね」
(うっわ、思いっきし地雷踏んだ……)
そう言うぐだぐだした性格をどうにかすればモテるんじゃないか?元々のスペックは高めなんだから。ほら、そうやってすぐ舌打ちをしない。
「いいですよ、どうせ私みたいな女は可愛げもないですよ」
(うっわ、自虐かよ……)
「だ、大丈夫だって、まだ二十八歳でしょ?」
「二十七歳十ヶ月十三日だ!」
「そうだったね。二十七歳十ヶ月十三日……」
(うっわ、一々数えてるのかよ。めんどくせぇ……)
たった二ヶ月ぐらいどうでも良い気がするが、ちさ姉はそこに並々ならぬこだわりを持っているらしい。ともかく、これ以上ちさ姉の話を聞き続けると俺が「うっわ」製造マシンになりかねない。
まだ机に突っ伏しながらぼやいているちさ姉に気づかれないよう、俺は静かに生物準備室を後にした。
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校門を全速力で飛び出し、雪で転ばないように気をつけながらしばらく走ると、先を歩く真央の後ろ姿が見えた。
「おーい、真央!」
声をかけながら近づくも、真央が気づく気配は無い。よく見てみると、単語カードに集中していて気づいていないらしい。近くの花壇に積もっていた雪から雪玉を作り、それを真央の背中にぶつけた。
こちらを振り向いた彼女は俺をジト目で見つめていた。
分かっている。こんなやり方は正しくない。でも、分かっていても俺にはこんなやり方しかできないのだ。
「よっ、真央!」
「全く、何度言わせるんだ……下の名前で呼ぶなと言っているだろう。お前は本当に馬鹿なのか?」
直後、真央の手から放たれた雪の砲弾が俺の顔面を直撃した。
「うっ、何すんだ!」
「さぁ?胸に手を当ててよく考えてみたらいいんじゃないか?いくら馬鹿なお前でも、流石に分からないはずがあるまい」
「俺は背中だったろ、なんで顔になるんだよ?冷てぇ!」
「さぁ、どうだろう?手が滑ったんじゃないかな……で、これが慰謝料分」
雪を払い退けていると、予想していなかった二発目が再び顔面に着弾した。正直めちゃくちゃ冷たい。さらに雪のかけらが首元から入ってしまったせいで雪を払っても冷たいままだ。
(うーん……最初やり始めたのは俺だけどさ、一個ならまだしも二個は流石に酷くない?)
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「お前、また今朝も遅刻しただろ……何度言えば前日のうちに時間を逆算してアラームをかけておく習慣が身につくんだ?」
真央にとってその話題を出した事に大した意味はないのだろうけど、今はやめて欲しい。考えたくない。今晩さっきの事でちさ姉に絞められるかも知れないとか……。
「うるさい、俺はアラームで起きられるほど有能じゃないんだよ」
「そうだったな……忘れていたよ」
「あ、そいえば真央。今朝も俺の家来てたんだろ?そこまで言うならついでに起こしてくれてもいいんじゃないか?」
毎朝、何故か真央は俺の寝顔を見にくる。その時に起こしてくれればいいものを彼女はそのまま学校に行ってしまうのだ。
「だから、いつもいつも下の名前で呼ぶなと言っているだろう!私はあくまでお前のアホそうな寝顔を見に行ってやっているだけだ。勘違いするな、お前の頭の中では私はメイドか何かなのか?」
(メイドの真央……絶対かわいいじゃん)
「ぐっ……!口が悪いからいつまで経っても彼氏の一人も出来ねぇんだよ!ざまぁみやがれ、クリぼっち!」
「予定が無くて悪かったな……第一、クリぼっちはお前も一緒だろう?」
「ふっ、俺は今年彼女できたし!」
塩対応に少しムッとして、いつもみたいにちょっと冗談を言っただけのつもりだった。
しかし次の瞬間、俺は真央に勢いよく肩を揺さぶられていた。
「い、いつだ!いつからだ!?いつも何かある度に報告しに来るじゃないか!?それなのに何故今回に限って教えない!?」
「え、いや冗談だって……ねぇよ、予定。ちょっと見栄張りたかっだけだって……」
俺自身も理解が追いついていない。いつもの冷静な真央の表情とは全く違う、取り乱した表情。まるで居眠りしていた授業中に先生から当てられた時のような混乱。
未だ挙動不審な真央に何か声をかけようとした所で彼女はは突然駆け出し始めた。
「おい真央、待ってくれって!悪かったって!」
こちらも必死で追いかけるが、なにぶんさっきまで全力疾走していたせいであまり早く走れない。そのままどんどん真央の背中は遠くなって行き、やがて見失ってしまった。
荒くなった呼吸を整えつつ、現在の状況を整理しようとするがいくら考えても全く状況が飲み込めない。
一つ確かなのは今年のクリスマスイブ、真央には予定が無いみたいだ。でもきっとそれは俺に関係のない事なのだろう。
***
どうも、錦木です。
明日の分も楽しみに待っていただけると嬉しいです。
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