12/21(水)

12/21(side:A)

私、静沢真央しずさわまおは、できる限り多くの人を理解するように心がけて生きてきたつもりだ。そのおかげで今年も学級委員に選ばれたし、先日現生徒会長から、次の生徒会長を任せたいと打診を受けた。

 

 そうやって今まで上手く生きて来たつもりなのだが……私には一人、全く理解できない奴がいる。



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 放課後の帰り道を単語カードをめくりながら歩いていた私は、突然背中に何かがぶつけられたのを感じた。音と感覚的にぶつけられたのは雪玉だろう。

 この歳になってまでそんな事をしてくる馬鹿を私は一人しか知らない。いや、複数人いられると普通に困る。

 軽くため息を吐きながら後方を振り向くと、そこには予想していた通り一人の少年が雪玉を握っていない方の手を振っていた。


「よっ、真央!」


 私は今、正に目の前にいる貴岡夢希たかおかゆめきの事が理解できない。

 コイツは日頃から遅刻の常習犯である上に、成績も悪い。それこそ、私が勉強を教えていなかったら高校生になれるかも危うかったぐらい。

 

 それだけだったらまだ許せるかも知れない。でも、特に面倒なのが幼馴染であるというだけで何故かよく私に絡んでくる事だ。休み時間になる度に一々話しかけて来るし、昼食も一緒に食べようとして来る。そして、今みたいに一緒に帰ろうとして来るのだ。

 恐らく今日も遅刻と居眠りで叱られていたのだろう。お咎めが終わった後にわざわざ走ってまで私の事を追いかけて来るメリットが分からない。

 

「全く、何度言わせるんだ……下の名前で呼ぶなと言っているだろう。お前は本当に馬鹿なのか?」


 そう言いながら私は積もっている雪から雪玉を一つ作り、夢希の顔面に投げつける。


「うっ、おまっ、何すんだ!」

「さぁ?自分の胸に手を当ててよーく考えてみたらいいんじゃないか?いくら馬鹿なお前でも、流石に分からないはずがあるまい」

「俺は背中だったろ、なんで顔になるんだよ?冷てぇ!」


 顔に付いた雪を払いながら、これまたよく分からない抗議をして来る夢希をよそに、私はさらにもう一つ雪玉を完成させる。


「さぁ、どうだろう。手が滑ったんじゃないかな?……で、これが慰謝料分」


 二個目も見事顔面に着弾した。二度も顔面に雪玉を受けた事で、流石に懲りた様だ。全く、最初から馬鹿な事をしなければいいのに。



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 今日もまた不本意ではあるものの夢希と帰る事になってしまった訳だが、せっかくなので話題を振る。


「お前、また今朝も遅刻しただろ……何度言えば前日のうちに時間を逆算してアラームをかけておく習慣が身につくんだ?」


 私の隣を呑気に歩いていた夢希は、少し不服そうな表情になる。


「うるさい、俺はアラームで起きられるほど有能じゃないんだよ」

「そうだったな……忘れていたよ」

「あ、そいえば真央。今朝も俺の家来てたんだろ?そこまで言うならついでに起こしてくれてもいいんじゃないか?」

「だから、いつもいつも下の名前で呼ぶなと言っているだろう!私はあくまでお前のアホそうな寝顔を見に行ってやっているだけだ。勘違いするな、お前の頭の中では私はメイドか何かなのか?」


 私の名誉の為に言っておくが、別に私は好きでこの馬鹿の寝顔を見に行っているわけではない。


 家が隣同士で昔から家族ぐるみの付き合いがあるという関係のせいで、周囲の人間は私達の関係性に変な期待を寄せてくる。

 毎朝夢希の家に行って寝顔を見ているのも、そうしなかったら毎月のお小遣いを八割引にするというよく分からない脅しを母から受けているからである。

 もちろん、夢希の母もグルだ。悪く言うなら息子をお金の為に利用されているのだから、普通だったら憤ると思う。だが、逆に彼女は毎朝とても嬉しそうに迎えてくれる。それどころか「子供の名前はもう決まったの?」と、こちらもよく分からない事を目をキラキラさせながら尋ねて来るのだ。

 

 近所の人達はもちろんのこと、クラスメイト達や先生までもが今みたいに言い争っている時、「熟年夫婦」や「バカップル」、「イチャつくなら家でやれ」と囃し立ててくるのは最早日常茶飯事だ。

 どんな勘違いしているのか知らないが、そもそも私は夢希を恋愛対象として認識した事なんて一度も無いし、今後もそうなる事はまずないだろう。私達の関係はあくまで腐れ縁の幼馴染。それ以上でもそれ以下でも無いのだから。


「ぐっ……!口が悪いからいつまで経っても彼氏の一人も出来ねぇんだよ!ざまぁみやがれ、クリぼっち!」

「予定が無くて悪かったな……第一、クリぼっちはお前も一緒だろう?」

「ふっ、俺は今年彼女できたし!」


 (え……?今、なんて……)


 いつものなんて事ない会話から出てきた突然の言葉に、私は心が目の荒いヤスリで擦られたかのような気分になる。


 (彼女が出来たということは、私に絡んでくる事が少なくなると考えるべきか……?休み時間に話すことも、昼食を一緒に食べることも。そして、今みたいに一緒に帰ろうとして来ることも減るって事……)


 気がつくと私は無我夢中で夢希の肩を揺さぶっていた。


「い、いつだ!いつからだ!?いつも何かある度に報告しに来るじゃないか!?それなのに何故今回に限って教えない!?」


 そこまで捲し立てた所で私はようやく我に帰り、揺さぶっていた手を止めた。


「え、いや冗談だって……ねぇよ、予定。ちょっと見栄張りたかっだけだって……」


 急な事に、夢希は未だ状況を飲み込めていなみたいだ。私自身も嘘だと分かっても依然として自分がなんでこんな事をしたのか分からない。

 何も言わないまま、私はその場から走って逃走した。しばらくは後ろから夢希が私を呼ぶ声が聞こえていたが、やがてそれも聞こえなくなっていった。



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 自宅に入り、そのまま玄関のドアに寄りかかる様に座り込んだ。肩で呼吸をしながら冷静に考える。


「……なんでいつも置いていくの?


 気づいたら、そんな言葉が出ていた。

 

(そっか……ようやく理解できた)

 

 私はきっと夢希が誰かのものになるのが嫌なのだ。ずっと、だる絡みをして来てくれるでいて欲しい。私だけの馬鹿で呑気で底抜けに明るい幼馴染で。

 

 そしてどうやら今年のクリスマスイブ、あのバカには予定がないらしい。




***

こんにちは、錦木です。

夕方にはside:Bを投稿するので楽しみにお待ちいただけると幸いです!


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