第4話  拝啓、勇者様。帝国に戻ってきてください

 嫌な予感は的中した。

 帝国兵がこの宿屋に目星をつけたようで、入ってこようとした。だが、受付のお姉さんが対応して追い返そうと必死だ。


 いかんな、このままでは迷惑を掛ける。

 いや――すでに。


「外が騒々しいですね、アトラス様」

「ああ、帝国兵が俺を追ってきた。皇帝め……ここまでするとは」


 万が一にもドライデンの街に危害が及びでもしたら俺は、自分を許せそうにない。

 だから部屋を飛び出し、外へ向かった。


「わたくしも」

「ヘリオス、お前はここで待機していてもいいんだぞ。一応……魔王だし」

「大丈夫です。気配は消しますから」


 確かに邪悪な気配はしない。

 これなら大丈夫か。


 外へ出ると帝国兵が俺の存在に気づいた。



「勇者アトラス殿……やはり、ここにおられましたか!」

「帝国から追放しておいて俺になんの用だ」


「そ、その件なのですが……」

「なんだ、言ってみろ」


「アルテミス帝国に戻ってはいただけないでしょうか」


「……は? 意味が分からないぞ。今日追放されたばかりで、いきなり戻ってこい? どういうことだよ」


 聞き返すと、帝国兵のリーダーは慌てた口調で事情を説明した。


「じ、実は……勇者殿がアルテミス帝国を去ったあと、皇帝陛下が体調を崩れ、危篤に」

「なんだって!?」


「それだけではありません。多数の衛兵も原因不明の病で倒れてしまいました。残った者はわずか。我々だけです」


 なんだそりゃ……!

 俺が去った後にそんな流行り病が発生? こんな短期間で? ありえない。そんなのは不可能だ。


 ということは誰かの“呪い”か何かだ。



「だからって今更戻れと?」

「原因を探り……もし誰かの仕業であるなら、その人物を討伐していただきたいのです」


 ふざけるな。皇帝は俺を利用してたに過ぎない。

 そんな状況になったのは自業自得だ。


 勇者は必要ないのだからな。



「断る。俺はもう勇者を引退したんだ。国の為に剣を振るう必要はなくなった。今は自分自身や身近な人を守るためにこの聖剣を振るう。それだけだ」



 背を向けると帝国兵は食い下がってきた。



「どうかお願いです! 勇者アトラス殿! このままでは皇帝陛下が崩御され、アルテミス帝国は終わりですぞ!!」


「勇者の時代も終わった。それだけだ」



 彼等は諦めて帰っていった。

 静寂が戻ると受付のお姉さんがお礼を言ってきた。


「ありがとうございました、アトラス様」

「いや、迷惑を掛けてしまった」

「いいんです! あなた様の英雄的行動は本物ですから。それはみんな知っているんです」


 そうだ、人々は俺を理解してくれる。

 あの皇帝が捻くれているのだ。


 宿へ戻り、疲労を癒していく。


 飯を食ったり、風呂に入ったり。

 俺の世話をしてくれるヘリオス。

 時折見せる純粋な瞳に、俺は少しだけ心が揺らいでいた。


 なぜ、そんな透き通った目で俺を見つめる?


 魔王の時のお前の目は、明らかな闇しかなかったというのに。


 残骸・・――か。


 分からないな。

 誰がどうして、コイツをただの人間にした? まったくもって意図が掴めない。


 アルテミス帝国で起きている病と関係あるのか。


 そんなことを考えながら、俺はいつの間にか眠っていた。



 次の日。



 ベッドから起床すると、すでにヘリオスは起きていた。もうメイド姿か。



「おはようございます、アトラス様。お召し物はすでに準備できております」

「お、おう。準備が良いな」


 立ち上がると、ヘリオスは淡々と俺に装備をつけてくれる。

 さて、今日はダンジョンへ向かおう。


 城塞ダンジョン『ジェミニ』へ進入し、のんびり余生を過ごす為、家を建てる為の金を稼ぐぞ。

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