15 最後の謳拾い師⑤(2月3日更新)
【首切り蟲】の大顎は佩李の首を捉えていた。強張る筋肉で顎を最大限まで両端に引き絞ると、しなる弓を弾くようにして放物線を描き、佩李の首に放たれていた。
しかし、その顎は、佩李の皮膚にわずかに触れたところで止まっている。
「…………………………………」
誰もが【首切り蟲】を視線に捉えたまま、硬直状態が続く中、佩李だけはその背後を見つめていた。
百日紅の花びらが舞う中で【首切り蟲】の後ろに誰かが立っている。その人物は、重い体と、虚な意識で半歩前に歩んでいた。目覚めて間もない体で、事態も呑み込めないまま、ただその本能だけで佩李を守ろうと僅かな力を振り絞り、【首切り蟲】の腰布を掴んでいる。赤子のように、おぼつかない手でありながら、自身の命を証明するかのように…。
「……ここは…兄様が作った最高の舞台だ」
その人物が、掠れながらも小さな口ではっきりと言う。
辿々しくもありながら、澄んで佩李の胸を抜ける声だった。
「お前が今、掴んでいるのは…この舞台で踊ることのできる最高の役者で……私の大切な人だ…」
その人物の強く睨みつける瞳に浮かぶ涙を、佩李は見逃さなかった。
「お前の地獄はここだよ……クソ蟲」
千梛の手は確かに【首切り蟲】の腰布を掴んでいる。それが意味するのは、四方陣の一部に【首切り蟲】が接触したという事実。
「ぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃぢぃ」
【首切り蟲】の絶叫が聞こえてくる。その声は、先ほどと変わりのない同じ声。しかし、その断末魔は、内臓を掬い取るようにその場にいた誰しもの体の内側に響く声だった。
やがて、その声が途絶えると静寂が訪れる。
「…………………ぢぃ」
ぽんっ
シャンパンのコルクが弾けるように軽快な音を立てながら、【首切り蟲】の首が宙を飛ぶ。その衝撃と共に【首切り蟲】の首から噴き出た大量の花びらが、ピンクの雪となって辺りに降りしきる。
「ただい、ま………佩李、様……」
「おかえり…千梛」
意識を失い前方に倒れ込む千梛の体を佩李は両腕で抱き留めた。
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