06 首切り蟲① (12月28日更新)
「ケーコちゃん……今の電話の人、彼氏?」
壱景が電話を切ると、同じクラスの細川
「あの清楚代表の市川 景子さんにも…ついに…彼氏が……」
智代は大袈裟に首を振りそう言ってみせた。市川 景子———それが一般生活における壱景の名前だった。
「違いますー…バイト先のテンチョーだって」
「店長?そんな感じじゃなかったけどなぁ」
智代はニヤリと笑い、壱景に顔を寄せる。
「なんかケーコちゃんいつもより声高かったもん………好きな人でしょ?」
「……智代ちゃんには秘密ぅ」
智代の言及を笑顔でいなしながら、壱景は座っていたベンチから立ち上がる。中庭の中央に置かれたいくつかのベンチでは、学校祭の準備をサボる数名の生徒がおしゃべりに興じている。
「ねぇー、教えてよぉー」
中庭から校舎へ向かって歩きだすと、智代は床に置いていた小さなダンボールを胸に抱え、壱景の後を追った。
「あ、智代ちゃんゴメン。持つ持つ」
壱景は自分が任されていた仕事を思い出す。智代からダンボールを受け取り、器具室裏のゴミ捨て場へと向かう。ダンボールの中には画用紙や木材の破片など、学校祭の装飾に使用したゴミが入っていた。壱景の素気のない態度に、智代ぶつくさと文句を言っていたが話はすぐに変わっていった。
しかし、その間も壱景の頭には佩李からの報告が気にかかっていた。
———…二人が死んだ?しかも、佩李様の見立てでは、華呪で間違いない…
妙な胸騒ぎが、血潮をめぐり、壱景を襲っていた。動悸が止まらない。
「…それでね…駅前のショップにピンク色が入荷して…」
「ねぇ、智代ちゃん…さっきの話だけど」
「…うん?ケーコちゃんの好きな人のこと?」
「ううん…違う違う。その前」
「『白い布の大男』?」
「うん、それ」
「ケーコちゃんもやっぱり気になる?」
「うん」
「私も聞いた話だから、詳しくは知らないけれど…」
昨日の話。
端的にまとめると、そこまで複雑な話ではなかった。
マルセキ塾に通う静印附属の女子生徒が白い布を被った大男を見た。時間は少女がそろそろ帰宅しようと塾を出た、午後十一時。場所はマルセキ塾の屋上だったそうだ。何気なく塾の屋上に目をやったところ、白い布を被った大柄の人物が屋上に佇むように立っていた。目撃した少女は慌てて塾に引き返し、講師と共に屋上へ向かったそうだ。しかし、そこには誰もおらず、講師たちも「勉強の疲労による見間違い」で、それ以上取り合ってくれなかった…という話だ。
「ウチの学校の生徒が見たっていうのは間違いないの?」
「うーん。多分そうだと思うけど……私も聞いた話だからなぁ」
だが、確かに話の内容を聞く限りでは学校中に広まるようなものではない。一つの噂話として聞けば面白いかもしれないが、静印附属女子の生徒が好きこのみ話すようなものには、どうにも思えなかった。もし、この話が話題になる理由があるとすれば、当事者がこの学校の生徒だからだろう。
「そっかぁ。ありがとう」
智代と共に教室へ戻ろうとしていた時、校内放送を知らせるチャイムが鳴る。
『お知らせします…二年五組、市川景子さん。二年五組市川景子さん。職員室、町田先生がお呼びです。至急、職員室までお越しください。繰り返します、……』
「ケーコちゃん……呼ばれた」
「本当だ…何かしたかなぁ、私」
クラスに戻り装飾物の塗装の手伝いをするという智代と別れ、一人職員室へ向かう。
「失礼します。二年の市川ですが…」
「お、来た。こっちこっち」
職員室内の出入り口のすぐ横にある印刷室から、担任の町田 京子が顔を覗かせる。
「ウチのクラスの印刷したチラシ………教室に運んでほしいのよ」
「あ、はい」
なんだそんなことか、と思いながら印刷室へ入ると、大型コピー機の横に大きめな段ボールが二つ置かれている。
「町田先生…こんなに印刷したんですか?」
「私も絶対こんなにいらないと思ったし、何回もそう言った…でも、絶対配り切るからってクラスの連中が聞かなくてさぁ」
町田は豪快に笑いながらダンボールをバンバン叩いた。
「市川さん広報係でしょ。クラスに持っていってさぁ、広報係で引き取って」
「……はい」
壱景はダンボールを両脇に抱えるとそのまま職員室を退出しようとする。
「……おおー、市川さん、見かけによらず力あるんだなぁ」
町田はそう言って手を振りながら笑顔でこちらを見送った。
「壱景ちゃん」
職員室を出ると、ドアの横の壁にもたれかかるように、千梛がしゃがみ込んでいた。
「……なぎちゃん、珍しいね。学校で話しかけてくるなんて」
千梛は余程のことがない限り、学校で壱景に話しかけることはない。半年前に声をかけてきた時は、佩李が大怪我を負った時だった。目に大きな涙を浮かべ、嗚咽を漏らしながら壱景の元に駆け寄って来たことを覚えている。
「……面白い話と、面白くない話がある」
「……じゃあ、緊急性が高い方から聞こうかな……私も佩李様からの報告があるし。とりあえず教室にコレ置いてからね」
壱景は中庭で壱景と再会する約束をし、教室へ向かう。
「二人とも?」
「……うん。横にクラスメイトもいたから、事実だけしか聞いてないけど、二人とも呪死体で見つかったらしい」
「華呪?」
「うん」
千梛はフンと鼻を鳴らして、ベンチに深く腰掛けた。
「私からの報告は以上。なぎちゃんは?」
「『白い布の大男』の噂を流した人間がわかった…」
壱景は千梛の横に座る。先ほど、おしゃべりをしていた生徒たちはもう既にいなかった。今は、二人だけである。
「どうやって?」
「マルセキ塾のデータベースにクラッキングしたら静印附属女子の生徒は七人しかいなかった………しかも、昨日、塾にいたのはその中でも四人。そして夜の十一時まで残っていたのは…たった一人。塾の退出記録を見たからこれは間違いないよ」
マルセキ塾は塾生に生徒証を渡し、入退室の際にはそれで記録を残すことになっているようであった。
「…さすが、なぎちゃん……で、誰だったの?」
「三年七組の藤沢 真紀子って人……普通の人」
千梛が言う『普通の人』というのは、呪いと関連が少ないという意味だ。
「で、ここからが面白い話」
千梛は無表情ながらも壱景に視線を送り、試すかのような態度をとった。子どもが自分の功績を誇るようにも見える。
「塾に電話をかけて大男のことを確認したら、そんな事実はなかった」
「…なかった?」
「うん。藤沢真紀子はその日、講師に白布の大男のことを相談していない」
「…嘘ついたってこと?」
「そうなる。塾の防犯カメラもスタンドアローンじゃなかったから漏れなくクラッキングしたけど、やっぱりこっちにも映っていない……だから、塾側は嘘を言ってないと思う」
―――………と、なるとだ
「藤沢さんは何のためにそんな嘘をついたの?」
「わかんない…まぁ、大した理由じゃないかもしれないけど」
つまり全てが嘘であるかは断定ができない。信憑性を持たせるため、講師に相談したという嘘をついたということは十分考えられるが、白布の男を目撃したということが事実である可能性もまだ残っている。
「それで、面白くない話っていうのは?」
「……その人、かなりの陽キャらしい」
―――なるほど…
壱景は瞬時に、千梛が言いたいことを理解した。彼女の性格を考えれば容易に想像できることであった。
「それで、私にその話が本当か確かめてほしいということね…」
「おっしゃる通り……です」
三年生の先輩に声をかけ、噂の事実を確認するだけのコミュニケーション能力は、千梛にはないようであった。ましてや、相手が自分とは違う環境で育った人間とどのように話を合わせれば良いかなど判断もつかないだろう。
「わかった…佩李様にも報告したいし、まずそっちに………」
その時だった。壱景のスマホが振動し着信を伝える。壱景はジャージの上着のポケットからスマホを確認する。相手は、佩李からだ。
「佩李様から電話だ」
「緊急かな…」
壱景が電話に出ると、佩李の静かな息遣いが聞こえてくる。
『…壱景か』
「はい、壱景です!…横に、千梛もいます」
千梛はスマホに向かって頷いて見せる。
『そうか…ちょうどいい、お前たちに伝えたい』
「はい」
佩李の焦り具合に、ただならぬものを感じていた。
『吉野さんが失踪した』
◇ ◇ ◇
時を戻す。
壱景からの電話を切った後、佩李の元にすぐさま黒司から着信が入った。
「……どうした、黒司」
『申し訳ございません、佩李様…』
黒司の声に先ほどまでの張りがなかった。無理やり呼吸を落ち着かせ、何とか声を出しているかのような後ろめたさが滲みている。
『吉野様が…いなくなりました…』
「いなくなった?」
黒司は冗談を言うような性格ではない。それが事実であることはすぐにわかった。
「車内から消えたのか?」
『…お電話するということで十五分ほど前に車から出ました…』
「誰も同伴しなかったのか?」
『はい。私どもも同行するとお伝えしたのですが……どうしても一人にしてほしいと言って聞かなかったのです。仕方なく折木様が近くの呪いを探知し、危険なものがないことを確認して外に出ました…』
「自ら…消えたというのか…」
『そこまでは分かりません…』
黒司はそこで語尾を弱めた。消え入りそうなほど小さな声である。
「折木はどうした?」
『折木様は吉野様を探しに出ております…』
黒司は車で待機し、折木からの連絡を待っているということだった。
「…わかった。俺も近辺を探しながら下山する…」
『本当に、本当に申し訳ございません』
「黒司の責任ではない………何か進展があれば連絡をくれ」
なぜ、吉野は自らの意志で消える必要があったのか。ましてや、自身の命が狙われている可能性がある現状において、個人で行動することがいかに危険であるかわからないはずもないだろう。
———…何かから逃亡した…あるいは、俺たちから離れなければいけない理由があった……
理由はわからないが、まずは吉野の安否を確認することが先決である。
佩李は廃墟から出ると、周囲を見渡す。日は既に落ちかけ、辺りは茜色に染まり始めていた。遠くに目を凝らしながら、来た道を下っていく。その間、吉野に電話をかけるが、当然のごとく出ることはない。次に、折木。折木はすぐに出た。
「折木か」
『あー佩李様…黒司さんから話は聞きました?』
受話器の向こうから、風切り音がする。どうやら折木は移動中らしい。
『すみません…僕がついていながら』
「起きたことは仕方がない。まずは、吉野さんを見つけよう」
『了解です』
折木と現在の場所を確認する。彼はホテルから廃墟までの道のりを戻りつつ、探索範囲を広げていくということだった。
「俺は黒司と合流次第、念の為、先ほどのホテルに車で向かう」
『一応、ホテルには連絡済みです』
折木は吉野がいなくなってすぐの段階でホテルに連絡し、もし彼が戻ったら留めておくようにと伝えているらしい。「吉野と口論になり、思わず厳しく責めてしまった。自暴自棄になった彼は自死する可能性がある。もしホテルに現れたら外には出さないでほしい」という内容だ。有効な手ではあるかもしれないが、ホテル側としても限界があるだろう。
「…なるべく急ぐ」
そこで折木との電話を切る。
それから五分後。下山した佩李は森の出入り口を抜けたところで看板付近に立つ黒司と合流する。黒司は佩李の顔を見るなり、深々と頭を下げ、顔を上げるとすぐさま助手席の扉を開き自身も運転席に乗車する。
「申し訳ありません」
「いや、いい。とりあえずホテルだ…途中、折木も拾っていく」
素早い身のこなしで、黒司は車を発進させる。
「どうして…吉野様は…」
「わからない」
それ以上、黒司は何も聞こうとしなかった。
佩李は深くシートに座りながら、窓の外に目をやる。
―――… …やはり、何かがおかしい…
この一連の出来事には、何か『呪い』以上の思惑が渦巻いているとしか思えなかった。
———だとしたら、誰が…
「壱景に連絡を入れるべきか…」
佩李は呼吸を整え、スマホを手に取った。
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