第5話 これから①
「悪ぃな、ここは出張中の仮宿だから、ろくなもん出せなくて」
「あ、どうも……」
「おん、遠慮せず食え……ってたいしたもんじゃ無いけどな」
七崩県は、繰り返し微笑した。
暫し、双方の隙間に神妙な空気が漂う。マガリ自身は、己の置かれた現状が今後どう動くのかが見当たらずに、沈黙に耽るばかり。七崩県も、未だ罪悪感じみた思考が薄い溜め息を漏らしていた。
「……あぁ、そうだ」
七崩県が、背後の棚から木箱を引き寄せる。ゆっくりと開き、その中身をマガリへと向けた。バターの味をグアテマラで流し込むマガリは、その中身へと視線を落とす。
「昨晩、
心当たりはあるか、と。
七崩県の両手に見えた木箱の中身は、赤と緑が螺旋を描く紐だった。ネックレスやミサンガ、そういった物と捉えるのが妥当だが、マガリの記憶に座する波ヶ咲直がこのような物を持っていたという記憶は無かった。
マガリは、首を横に振る。
「そうか。すまない、何か手がかりになれば良かったんだけどな……」
またしても、居心地の悪い沈黙が双方の場を支配していた。そんな最中、少しずつと足跡が近づいてくる。熟睡を終えた
テレビニュースはスポーツ特集を辞め、天気予報を語り始める。時刻は、七時ぴったりを指していた。
三人で朝の食卓を囲い終えた頃。マガリは突拍子のない非現実の波の中で、今日の曜日すらも把握が出来ていなかったが、テレビニュースの土曜日にしか放送されないコーナーを見て、少しだけ安堵をこぼしていた。
「波ヶ咲さん。大事な話があるんだけど……」
申し訳なさそうな切り口の黒柴阿弥陀は、リモコンを片手にテレビの電源を落として、マガリへと言葉を飛ばした。呼応するようにして、昨日と同じ体制へと七崩県も続く。
マガリ自身、何をすべきか。その理解に及ばない中で、二人へと助け舟を求めていたのも事実。当然とばかりに、首を縦に振った。
「マガリちゃんは今、
「そう、ですね……」
少しばかりはマシになったと慢心している間にも、唐突に現れては消えてゆく頭痛たち。マガリを悩ませるタネとしては、あまりにも充分すぎる。
「この件の加害は
「だから、波ヶ咲さん。本部に……東京に、来て欲しいの」
「と……⁉︎」
唐突な言葉に、マガリの喉は言葉を詰まらせる。何の変哲もない田舎街で人生を浪費していたマガリにとって、いや、この街の若者にとって、東京とは憧れの的と言っても過言ではないのだ。卑しいことにマガリは、二人の誠意よりも、ただの土地名に生唾を飲んでいた。
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