強さしか取り柄のない英雄は、左遷先でモンスター相手に無双する〜戦場で助けたお嬢様が“嫁にしなさい”と押しかけて来たんですが、どうすればいいですか?〜

Recent(れむれむ)

プロローグ

あけましておめでとうございます。

年末の息抜きに、新たな物語を(序章だけ)書き上げました。

評判が良ければ連載予定です。



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ーーー大陸歴920年 ガレリア王国北部ーー−


 荒涼とした大陸北部の荒野を、魔物の大群が埋め尽くしている。

 ゴブリンやコボルトの様な雑魚から、地竜の様な一体で小さな都市を壊滅させる力を持つ高位の魔物まで、多種多様な魔物たちが人類の生存圏を蹂躙せんと南へと進軍している。

 

 大陸において数百年に一度発生する魔物の大侵攻スタンピードは、時に国家すら滅ぼす激甚な災害である。

 この大規模災害に対応するために、10年間も争い合っていたガレリア王国とマーコル聖教国は即座に停戦し、連合軍を組織した。


「魔物が多すぎて地面が見えないな…」


 荒野を見下ろす位置にある丘の上で、一人の黒髪剣士が呻くような呟きを漏らす。

 ガレリア王国軍の軍服に、要所を守る軽鎧を纏ったその若い男は、腰に差したカタナと呼ばれるこの地域では珍しい刀剣の柄を撫でる。

 弱気にも聞こえるその台詞とは裏腹に、頬に疵を負った精悍な顔立ちには不敵な笑みが浮かんでいる。


「フン、怖気付いたのならさっさと逃げるといい。この程度の魔物共など我ら正教国の聖騎士だけで殲滅出来る」


 黒髪の剣士の隣に立つ、神経質そうな蒼髪の青年が眼鏡の弦を押し上げる。

 青年の服装は黒髪の剣士と異なり、青と白を基調とする正教国の制服と白銀の鎧、そして聖騎士のみに許されるミスリルの長剣を腰に差している。

 だが、強気な言葉と裏腹に眼鏡を押し上げたその手は僅かに震えていた。


「あらぁ〜その割には手が震えてるわよぉ〜?」


 それを見咎めたのは、二人の後ろから現れた美女だった。

 腰まで届く緋色の髪に朱い瞳、これから夜会に参加するかのような豪奢な赤いドレス姿の年齢不詳の美女は、その美貌に愉しげな笑みを浮かべながら生真面目な聖騎士をからかう。


「我ら聖騎士にとってもこれほどの魔物の大群を相手にするのは初だ。あまりからかってくれるな、魔女殿」


 口論を始めた若い聖騎士と赤の魔女を、ミスリル製の全身鎧を身に纏う巨漢の騎士が制する。

 禿頭に立派な髭を蓄えたその聖騎士は、己の獲物であるミスリル製の大剣を地面に突き立て、眼下に展開する魔物たちの波濤を睨みつけ続けている。


「…聖騎士団長殿の言う通り。此度の戦は我らにとって未知。喧嘩は良くない」


 それでも反論しようとする若い聖騎士の影から出現した黒装束の少女が、彼の肩に手を置いて諌める。

 小柄な彼女の肢体を、闇夜に溶け込む漆黒の布が頭から爪先まで覆い、彼女の顔すら判別できない。


「あらあら皆さん、大丈夫です。主のご加護があればあの程度の魔物など恐れるに足りません。ですので怪我だけはしないでくださいね? 治すのが面倒臭いので」


 最後に現れた白髪の美少女が、慈母のような笑みを浮かべながらやや不穏な事を言って話をまとめる。

 正教国の聖職者が身に纏う法衣の中でも最高位である聖女の衣を纏う彼女は、戦場にあっても神秘的な空気を纏っている。



 丘の上に集った六人の男女は、示し合わせた様に並び立ち眼下の魔物たちの波濤へと向き直る。


 彼ら彼女らは手を取り合った2カ国から集められた最精鋭。一人一人が一騎当千の実力を持つ英雄達だ。大侵攻スタンピードを押し止めるため、2カ国は2万の兵と共に現状で切ることのできる最強のカードをこの戦場へと送り込んだ。

 


「では各々方、予定通り作戦を開始しよう」


 巨漢の聖騎士団長、マーコル正教国最強の騎士“金剛城塞”ベルクーイ・ヴェルセンが厳かに宣言する。

 臨戦態勢に入った彼の纏う鎧、そして地面に突き立てた大剣から重厚な彼の魔力が立ち昇る。


「えぇ、もう準備はできてるわぁ。いつでも良いわよぉ?」


 その言葉を受け、ガレリア王国軍宮廷魔術師序列1位“紅蓮の魔女”プラメリア・マリヒィアスは虚空から呼び出した身の丈ほどの杖を天に掲げる。

 杖から出現した複雑な紋様の魔法陣が、曇天の空へと登り無数に分裂する。

 空を星空の如く覆う魔法陣からは、紅蓮の火球が生み出され、魔物たちへと照準された。


「チッ…相変わらず出鱈目な魔力と制御力だ。火球一つ一つが大魔法級だぞ」


 腰の長剣を引き抜いた若き聖騎士、聖騎士団筆頭騎士“氷華剣”アンヘル・ディオアが舌打ちする。かつて戦場で何度も苦杯を飲まされた魔術が今は味方であることに僅かな安堵を覚えながら。

 愛剣に魔力を通したアンヘルは、自身の周囲に魔力で生み出された氷の華を無数に展開する。


「プルメリア様の長年の研鑽の賜物。我々若造には到底追いつけるもので…あっつ!?」


 戦闘準備の為、再び影に潜ろうとしたガレリア王国最凶の暗殺者、“瞑鵠”リーメルは不用意な言動の報いとして髪を一筋燃やされ、涙目になりながら影へと逃げ込んだ。


「あらあら、まあちょっとの火傷で異教徒に癒しの奇跡を使うのはめんど…主の意向に反しますね。皆様も私が無駄に働かなくて済むよう、がんばってくださいね?」


 にこやかに、それでいて色々と問題のありそうな言動をするマーコル正教国の“真白の聖女”アリアは、白魚の様な手を叩き己を含む六人と、そして後方に控える2万の軍勢に光の加護を授ける。

 この加護は、魔力と体力の消耗を最小限に抑え、掠り傷程度なら瞬時に回復する高等魔術である。


「敵の時は死ぬほど厄介だったが、味方だと本当に心強い魔法だなこの加護」

 

 己を包む聖なる光に感心した声を上げながら、黒髪の剣士、王国第三騎士団“大嵐”レオン・カルヴァドスもまた己の愛刀を鞘から引き抜き、己の代名詞たる風を全身に纏う。

 この場に集った6人の中で最も肩書が低いレオンだが、それを咎めるものも蔑む者もこの場にはいない。何故なら、味方の王国の者もかつて敵だった正教国の者達も、彼の強さを身を以て知悉しているのだから。


「この私の親衛隊を一人で殲滅した方から褒められるとは光栄ですね」


 かつて戦場で、自身の率いる精鋭部隊“不死の1000人隊”を皆殺しにされた聖女アリアは、その事を欠片も気にしていない口調でレオンをからかう。


「いやぁ…あれは無我夢中だっただけで」

「フフ、その割にはこの私を銭ゲバ似非聖女と煽る余裕はあったでしょう?」

「あー…そんな事言ったかな?」


 常と変わらない慈愛に満ちた笑顔の聖女の姿にただならぬ殺気を感じたレオンは冷や汗をかきながら後退る。


「そこまでにしておけ。“大嵐”に不覚をとったのはお前の油断だ、アリア」

「あらぁ? 自慢の絶技をレオン君に破られた挙げ句、眼鏡を割られた子が何か言ってるわぁ」

「“紅蓮の魔女”、貴様ぁ!」

「ちょっプルメリアの姐さんこれ以上煽らないで!?」


 聖女アリアを咎めた真面目な聖騎士アンヘルは、プルメリアに煽られ再び青筋を立てる。

 こんなところで味方同士の同士討ちはまずいとレオンは必死に二人を抑えようとする。


「ごめんなさいねぇレオン君」

「勘弁してくださいよ姐さん、ただでさえ肩身が狭いのに」

「まぁねぇ。たかだか小隊長程度がここに立ってることが場違いだ…なんて思ってるんでしょう?」

「そりゃまぁ…はい」


 素直に頷くレオンの姿が面白かったのか、プルメリアはクスクスと忍び笑いを漏らす。


「フフフフ…そうねぇまあ私達は気にしないけど、むしろ人達の方が気にしそうねぇ」

「…代わりたいなら代わってほしいんですがね」

「それは無理よぉ。だってここに集める面子を決める会議で言っちゃったもの…弱い奴足手まといは要らないって」

「うへぇ…」


 うんざりした顔のレオンに、紅蓮の魔女は真紅の瞳を爛々と輝かせ、その名の通り魔女のような笑顔を向ける。


「多分この戦いが終わったら嫉妬に狂った有象無象が君を消すためにいろんなことをするわぁ…だから頑張ってねレオン君♪」

「今からでも逃げたい…」


 憂鬱そうな表情で溜息をつくレオンを励ますように、影から現れたリーメルが肩を叩く。


「大丈夫ですレオン殿、我々暗殺師団はレオン殿の暗殺は割に合わないと丁重にお断りさせて頂いております」

「それ既に依頼はされてたって事では?」


 レオンの力ない突っ込みにリーメルはコクンと頷く。


「成功報酬で大金貨5万枚の依頼でしたが、安すぎたので断りました」

「…相場がわからないんだが、それで安いの?」


 大金貨1枚あれば平民なら一家族が1年贅沢に暮らすことができる。それが5万枚で安いと断言されるが、そもそも依頼料の相場を知らないレオンには困惑しかわかない。


「具体的な数字ですと、アンヘル殿の首は大金貨10万枚です」

「フッ、王国もなかなか目の付け所が良いな」

「ちなみに聖女殿が20万枚でベルクーイ殿は50万枚です」

「オイィ!?」


 自分の懸賞金額に満足していたアンヘルが、続く聖女と聖騎士団長の金額を知り叫び声をあげる。


「俺、この眼鏡の半分…か」

「”大嵐“貴様ぁ、膝をつくほどショックを受けるとはどういう了見だ!!?」


 本気で傷付いた様子で膝をつくレオンの肩を、激昂したアンヘルが揺さぶる。

 プルメリアと聖女アリアはその様子を見て腹を抱えて笑っている。


「何を笑っているんだ貴様ら!」

「まぁまぁアンヘル眼鏡殿、落ち着いてください」

「元はといえばお前のせいだろうが!」


 顔を隠しているのにニヤニヤ笑っているのが隠せていないリーメルがアンヘルを宥めようとするが、火に油を注ぐ結果にしかならない。


 決戦前なのにぐだぐだした空気が漂い出した丘の上に、雷が落ちる。


「いい加減にせんか!!!」


 聖騎士団ベルクーイの一括に、つい先程まで弛緩していた空気が一気に張り詰める。


「レオン・ヴェルセン」

「は、ハイ!」


 名を呼ばれたレオンが、教官に睨まれた新兵の様に直立不動の体勢をとる。


「緊張するのはわかるが自重せよ。程々ならば良いが、あまりふざけて力を抜きすぎるのは作戦に支障が出る」

「ハ!…え、これ俺のせい?」

「…お前以外に言っても出遅れたからな」


 ベルクーイは遠い目をして答える。


「だ、団長殿!? 自分は!?」

「団長、アンヘルはともかく私は!?」

「場の雰囲気に流される未熟者共にかける言葉はない」

「「そんなぁ…」」


 抗議するアンヘルとアリアだが、見た目は真面目だが直情傾向なアンヘルも、聖女なのに美少年とお金が大好きで自由人なアリアも、ベルクーイにとってはやや手遅れな問題児達なので、今更効果の薄い積極などしない。

 敵対していた王国の二人は言うに及ばすである。


 たが、この場で最年長であり立場上この軍の総司令官でもあるベルクーイの一喝により、丘に集った一騎当千の強者問題児達は姿勢を正し、無駄口を叩くことなく戦闘準備を完了する。


「ハァ…では改めて各々方、準備は良いな?」


 ベルクーイの問に、彼以外の5人は首肯で答える。


「ではいざ征かん」


 ベルクーイの大剣が魔力によって輝き、大地が揺れる。

 そして6人の立っていた丘がせり上がってゆく。


「おぉ…これが音に聞く聖騎士団長殿の金剛城塞ですな」

「フ、これこそが団長殿の切り札、攻防一体にして無敵の移動陣地“金剛城塞”だ!」

「偉そうに言ってるけど、一回レオン君に壊されたわよねぇ?」

「命令したのプルメリアの姐さんでしたよね?」

「命令で団長の金剛城塞を斬り穿てるのは貴方くらいですよ?」


 高さ40メートル、幅5キロメートルに渡る金剛石の大城壁。かつてプルメリアの最大火力すら防いで見せた正教国最硬の土魔法による防御障壁を、後ろに控える2万の軍勢の防壁として展開したベルクーイは、神々しいまでの魔力を纏いながら、決戦の火蓋を切る。


「総員、戦闘開始ぃ!!」


 彼の叫びと共に城壁は変形し、城壁を形作る金剛石の一部が変形し、巨大な弾丸となって魔族の群れへと撃ち込まれる。


「それじゃぁいくわよぉ!」


 魔女が天空へと展開した無数の魔法陣から、火球が流星雨のごとく降り注ぎ、雑魚魔物達を消し炭に変えてゆく。


「行くぞ“大嵐”、遅れるなよ!」

「そっちこそ、途中でへたばるなよ眼鏡!」

「レオン殿、眼鏡アンヘル殿、取りこぼしはお任せくだされ」

「頑張ってくださいね。私はここで支援させて頂きますので」


 アンヘルとレオンは城壁から飛び降り、未だ土煙と黒煙で覆われた魔物の大軍勢へ切り込む。レオンは風を纏わせた刀で、アンヘルは凍気を纏う聖剣で、ベルクーイとプルメリアの攻撃でも生き残った大物達を狩ってゆく。


 リーメルは闇魔法の秘術により影と影を移動しながら、レオン達が取りこぼした魔物を的確に狩ってゆく。


 聖女はこの戦場全体に祝福を与える。味方には癒やしと活性を、そして魔物の軍勢には重圧を。


 英雄達の活躍により、魔物達の波濤は急速に数を減らしてゆく。

 魔物の数が減った段階で城壁の扉が開き、2万の精鋭達が残敵を掃討してゆく。



 これは、この先一月に渡って続く魔物達との戦争のプロローグ。


 そして、王国と正教国、両国の歴史に刻まれた”北域事変“は、人類の圧勝で幕を閉じる。







 物語は、この戦争から1年後、この地に築かれた新たな都市を領地として与えられたレオン・ヴェルセンと、彼の押しかけ妻となった少女の結婚式から始まる。

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