第二十一話 憤怒の姿現る


 いやー、釣りって待ってる間、自分を見つめ直したり考え事をしたりしちゃうよね。


 俺がもし殺人犯を捕まえようとしなければここでいびきのうるさいこの女と釣りなんかしてなかったのだろうし。


 俺はふと考えた、もしやこれは夢ではないのか?

 神様や閻魔大王、グレスにソフィアなど全て俺の夢で勝手に作り上げた存在なのではないかと考えた。


「ソフィア、釣りをしてる最中に申し訳ないんだけどビンタしてくれ」


「は?何言ってるんですか急に、頭おかしくなったのですか?」

 目を細め俺を冷めた目で見るソフィア

 こいつにそんな目で見られると何故か腹立つな。


「まぁ、いいから思いっきりぶっ叩いてくれ」


「分かりました」

 ソフィアは竿を地面に置き俺の頬に手のひらを添えた。


「いきますよ!」

 ソフィアのその言葉に俺は目を閉じて歯を食いしばった。


 思い切り振りかざすソフィアは渾身の平手打ちを俺の頬に見事にかました。


 バチン!と綺麗な音が森に響く。

「……!?」痛すぎて声が出なかった……。


「だ、大丈夫ですか?」

 心配そうに俺を見つめるソフィア。


「お、おう。ありがとう……」

 俺が頼んだことだし何も言えない。


 だが、これは夢ではないことが分かった。

 もう二度と自分からこういうバカなことはお願いしないでおこう。


 再び竿を持ち釣りをする俺とソフィア。


「何だかこうしてぼーっとしていると全てのことがどうでもよくなりますね」

 ソフィアはただ、竿の先を見つめて本当にぼーっとしていた。


「確かにな、こうしているとグレスたちに申し訳なくなってくるよな」


 しばらく竿を見つめるとソフィアのお腹がなった。

「あはは、私ったらお恥ずかしい……」


 もう昼食時をすぎているし仕方ない。

「もうすぐルーヴが獣を狩ってきてくれるから見張り番の俺たちはせめて魚を一匹でも多く釣ってルーヴとグレスに喜んでもらおうぜ」


「そうですね!実際私たち何もしていないですし!」

 唯一の男である俺には物凄く胸に突き刺さる一言。

 頼りない男の子で本当にごめんなさい。


 するとソフィアの竿がにアタリがきた。

「スカイ様!何かが引っ張ってます!」


「バカ!魚がかかったんだよ!引け!」


 それにしてもここは小川のはずなのに物凄く竿がしなっている。


 ソフィアは必死に竿を引きながら顔を赤くして踏ん張っていた。

「全然ダメです!まるで岩を持ち上げようとしているみたいです!」


 どんどん竿が小川へと引き摺られていく。

「危ない!」

 俺はソフィアの竿を持ち力の限り引き上げた。


「せーの!うんしょ!うんしょ!うんしょ!」

 俺とソフィアは同時に力を入れてながら少しずつ魚を引き上げる。


 負けじと魚も対抗してくる。

「いっけー!」最後の力を振り絞って魚を引き上げた。


 魚が地面についたと同時に俺たちは尻餅をついた。


「痛たた」

 勢いよくついた尻をなでなでしながら釣った魚を見た。


「で、でかい……」

 小川にいるようなサイズではない。


 ソフィアは嬉しそうに魚を掴んだ。

「やりました!大物ゲットです!」


 近づいてくるソフィアと魚。

「やったな!」俺も思わず嬉しくなった。

 しかし、段々と近づいてくる魚に俺は腰が抜けそうになった。


 ソフィアと魚が目の前に来た時、俺は確信した。

「じ、人面魚じゃん……」

 しかも、四十代後半の汗が臭そうなおっさん顔の……。


 こ、これはとても食したくはない。

「ソフィア、それを食べるつもりか?」


 不思議そうな顔でこちらをみるソフィア。

「何言ってるんですか?食べるために釣ったんですから食べるに決まってるじゃないですか。それにしても大きいのが釣れました!」


 いやいやいや、俺は食べないぞ。ていうか、人面魚もこちらを見てるような気がして寒気がする。


 突然、嬉しいそうに人面魚を抱えるソフィアに何かが襲ってきた。


 唸り声を上げながら襲ってくる獣。

 一瞬の出来事だった……ソフィアが嬉しそうに持っていた人面魚はその獣が横取りした。


「でかした!何かの動物!あ……」

 思わず本音が出てしまった。


「グハハハ!」

 ゴリラのようなだけどもっと毛が伸びていて牙が鋭い獰猛そうな獣は獲物を奪えたことで喜びの舞を踊っていた。


 とりあえずあの魚を食べなくて済んだ……そう思ったのもつかの間、物凄く恐ろしい圧が俺とゴリラを一瞬で硬直させた。


「私が一番許せないのは、私の食料を奪われること……」

 ソフィアは完全に自我を失っていた。


「ソ、ソフィア?」

 俺はソフィアを呼んだが俺の声など聞こえてはいなかった。

 通常のソフィアを根暗の姿と言うとしたらこのメチャクチャ怒ってる姿は憤怒の姿とでも言おう。


 憤怒の姿のソフィアは恐らく相当強い。

 まるで鬼が歩くように一歩一歩ゆっくりとゴリラに近づく。


 いや、ソフィアの背中から放たれている鬼のようなオーラ。もう彼女は怒った赤鬼である。

 

 ゴリラは逃げなければと野生の本能で分かっているものの、体が硬直して動けない様子だった。


「もう一度言おう、私が一番許せないのは私の食料を奪われること、そう食料を奪われることだ!」


 何で二回言ったのか分からなかったけど恐らく食料を返せと言っているのであろう。


 ゴリラは返せばいいのに頑なに震えながら返そうとしない。

 俺的には人面魚なんて食べたくないからありがたいのだけれど……。


 ソフィアがゴリラの目の前まで近寄った瞬間、ゴリラは自己防衛なのか思い切りソフィアに殴りかかった。


「危ない!」思わず俺は声が出てしまったけどソフィアはいつのまにか背後へと回っていた。


「何と言う速さ……あれがあの根暗のソフィアなのか?」


「ウホホホホ」

 ゴリラは堪らず叫び出した。


 するとどこからともなく何十匹のゴリラみたいな獣が現れた。


「この状況はやばい……」


 囲まれるソフィアと囲うゴリラみたいな獣たち。

 どちらが優位かは誰がどう見てもわかる。


「ソフィア、逃げようさすがにこの数は敵わないよ」

俺はいつでも逃げれるようにスタンバイをした。


 もちろん、ソフィアは逃げようとはしなかった。

 たかが魚一匹のためにキレる女の子と仲間を呼んでしまう獣。


 森には静かに風が吹き抜けた。

 ゴリラの一匹が一気にソフィアに詰め寄った。


「やられる!」俺はそう思ったけど一瞬でソフィアを襲おうとしたゴリラは地面に倒れた。


「今のは何だ?何が起きたんだ?」俺にはよく分からなかった。


 再びソフィアに襲いくるゴリラたち。

 俺は目を凝らして何が起こっているのか見た。


 コッ!コッ!

「一点集中!一点集中!一点集中!!!」


 ソフィアはゴリラの眉間を的確に狙いデコピンをお見舞いしていた。


 次々と地面へ倒れるゴリラ。相当デコピンの威力は強いらしい。


 仲間を倒され荒ぶるゴリラたち。

 それに対抗してソフィアも怒りを爆発させた!


「うわぁーー!どこからでも掛かってこい!!」

 こんな姿、いつものソフィアでは絶対に見れない!


 俺は唾をごくんとのみ木の影に隠れた。

 それからは一瞬で終わった……。


 数十匹のゴリラがソフィアに襲いかかるとソフィアは瞬時にそして的確に急所を確実に狙い指で突いた。


 次々に倒れていくゴリラ。

 その光景はまるで不良漫画に出てくる主人公のような姿だった。


「す、すごい。格好良い……」

 これが憤怒の姿、恐ろしいけど頼もしい。


「食料取り返してやったぞ!」

 ソフィアは人面魚を掴み高々と上げ雄叫びを上げた。


 すると怒りの感情が鎮まったのか急に倒れるソフィア。

「おい!大丈夫か?」

 俺はすぐに駆け寄りソフィアの頭を抱えた。

 

「グォー、グォー」

 こいつ……気絶してやがる。


 森に響く勝利の雄叫びと言うべきかいびき。


 山賊の話の時も思ったけど怒ったら別人のようになるんだな……。


 俺は辺りに散らばったゴリラのような獣たちを見ながら思った。


 こいつの食料を取ることだけは辞めておこう。

 てか、何でこんなに強いんだ?まるで別の何かが出てくるように気が狂っているようだった。


 てか、キレている時点でいつものソフィアではないか……。


 先ほどまでの気が狂ったソフィアはそこにはおらずただ、いびきがうるさい女の子がそこにはいた。


 いびきはうるさいけど寝顔はこんなに間抜け面で可愛いのにな。


 そう思ってしまう自分を何故だか恥ずかしく感じた。

「何思ってんだ俺……」


「何してるんですか?」

 木々の間からひょっこり現れたのは木の枝や皮を抱えたグレスだった。


 慌てて俺はソフィアの頭を下ろす。

「ななななな何もしていない!触ってもないし可愛いなぁなんて思ってもないし!」


 冷めた目で睨んでくるグレスに動揺する俺は目線を合わせれなかった。


「まぁ、貴方がソフィアのことをどう思おうが私には関係ありませんけど……」


 少し呆れたような怒っているような口調のグレス。

 ていうかソフィアの頭を抱えていたことについては触れないんだ。変なふうに思われなくてよかった。


 グレスは木の枝を地面に置き口から火を出し燃やした。


 すぐに木の枝は勢いよく燃え上がり後はルーヴが獣を狩ってくるのを待つだけになった。


 オレンジ色の炎をは少し薄暗い森を綺麗に照らし俺とグレスの影を揺らしていた。


 さっきのソフィアの件もあり気まずくなる俺。

 この燃え上がる火もつい黙ってしまうような雰囲気を出している。


「そういやさグレスって好きな人とかいるの?」


 なぜそこで俺は恋バナを振ってしまったんだ。

 まるで俺がグレスに興味があるみたいじゃないか……。


 少し黄色がかった空を見上げて優しい顔をしたグレスが聞き返してくる。

「スカイ様はいるのですか?」


「え?」

 まさかのグレスが話しにのってきた。

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悪名高い王様の側近に転生したので転生先の人々を幸せにすることを誓います! 赤井 音 @akaioto

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