第二十話 迷える王国の使者たち


 次の日、そうビースト村へ出発の日。

 俺たち五人は朝食を取っていた。


 一人増えたがルーヴはやはり昨日の昼食時の出来事で俺に詰め寄ってきた。


 それからジェーン王に俺が頭を下げルーヴも一緒に食事を取ることを許可してもらった。


 もちろん、食前と食後はきちんと自分たちの仕事をしてもらうつもりだ。


 食事を食べ始めるとみんなムシャムシャと夢中になって食べ始めた。


 ただ、一人だけ少し寂しそうなジェーン王は進んでおらず、その気持ちを察したのか誰一人として口を開こうとはしなかった。


 俺は暗い空気に耐えきれず思わずジェーン王に話しかけた。


「ジェーン王、どうしましたか?少し調子が悪そうです」


 彼女は少し涙を浮かべ俺の方を見た。

「いや、少し寂しくなるなと思ってな」


「そんな、直ぐに帰ってきますよ!長旅になるわけではないので」


 その一言で泣いてしまったジェーン王。


「あーあ、泣かしちゃった」と言いたそうな三つの冷たい視線が俺に突き刺さる。


 俺だってそう言うつもりで言ったわけじゃないのに。

「申し訳ありません。気持ちも考えずに……」


「こちらこそ申し訳ない。せっかくスカイが生き返ってきたのにまたお別れだと思うと胸が痛くてな」


 そうか、そんなにもスカイと離れるのが嫌だったのか……。


 だけど……そんなにいなくなるわけじゃないのにそこまで悲しいことか?

 そんなことは言えないけど。


 ジェーン王は涙を拭き俺に笑顔を見せた。

「何があっても生きて帰ってこい約束だぞ。それはスカイだけではなく全員も一緒だ」


 まったく、数日留守にするってだけなのに……まるで長旅に出るような言い方だ。


 だけど、これが本来の優しい彼女の姿、王国の一番上に立つ者の優しさなのだろう。


「はい、約束します。神に誓って」

 これはジェーン王との約束だけでない、俺と関わったこの王国の全ての人との約束でもある。


 死んだらみんなと約束を果たせないしね。


 そしてもちろん、神に誓ったと言っても俺を転生させた人の人生をつまみ扱いするようなバカ神に誓ったわけではない。

 ただ、アニメとかドラマでこういうセリフ多いからちょっと格好つけて言ってみただけ。


「そんな大袈裟な……ただ王国内の村に行くだけですよね」

 グレスが大きなあくびをしながら俺を馬鹿にしてきた。

 

 またこいつは……この女狐め。

 そんなにクールぶってたらみんなから嫌われるぞ。


 喧嘩したら負けるから絶対に口には出さない代わりに俺は軽蔑するような冷たい目でグレスを睨んだ。


「な、何ですか?……事実を言ったまでですよ」

 グレスは少し焦ったのか俺から目を逸らして下を向いた。


 どっちが9歳でどっちが16歳か……。

 ジェーン王の方がよっぽど大人っぽく見える


 そんな中、なぜかソフィアが急に立ち上がった。

「で、では出発前にみんなでえ、円陣でも組みましょう!」


「は?」思わず出た一言はそれだった。

 

 無理すんな根暗姉さん、急に暗いお前が意味の分からないことするからみんな呆気に取られてるよ。


 恐らく、もう直ぐ出発するのに少し暗い雰囲気を盛り上げようとしてくれたのだろう。

 

 そんな思いとは裏腹に「……」再び静まり返ったリビングルームとやらかして顔を赤くするソフィア。


 これは……根暗のソフィアが無理して盛り上げてくれようとしたのにこの静まり返った空気はソフィアの心に大きな傷をつけてしまう……。


「よ、よし!みんなで元気を出そう!円陣組むぞ!」

 もうヤケクソだ、うちの秘密兵器はどうやら本当のバカというより恐ろしく理解不能な兵器だったらしい。


 みんなで円陣組む、なんだかんだで心が一つになった気がした。


 ソフィアは嬉しそうに指揮をとった。

「では、私たちの勝利のために!」


 俺はそんなソフィアに呆れた口調で注意した。

「何に対しての勝利だよ……戦いに行くわけじゃないぞ」


 輪から溢れるみんなの笑い声、先ほどまでの雰囲気とは違いみんなが明るい笑顔をしている。


 いや、俺の思っている以上にソフィアはこのチームに必要な秘密兵器なのかもしれない。


 俺にとってもみんなにとっても少し抜けているところがまたみんなにない良いところなのだろう。


 そして頑張って彼女も変わろうとしているんだ、根暗で人見知りな自分を変えようと。


 俺やグレスには何故か懐いているのかめちゃくちゃ喋りかけてくるけど……。


 ソフィアは咳払いをして再び指揮をとった。

「仕切り直して……王国に住むすべての人々の幸福のために頑張りましょう!」


「おぉ!」

 リビングルームには五人の声が響いた。


 そして出発の時……。

 残念ながらソフィアとグレスはメイドの服ではなくて俺が出会った頃の服装に着替えていた。


「それでは、スカイよ元気でな」

 瞳に涙を浮かべさせながら声を振るわせるジェーン王。


 だから、長いお別れじゃないっていうのに……。


「スカイ様、預かっていた馬です」

 騎士団の人たちが俺やグレス、ソフィアの馬を連れてきてくれた。


「ありがとうございます」


 3日ぶりにバッハに会ったけどまぁ元気なこと。

 尻尾をふりふりして俺に顔をスリスリしてきた。


「また頼むぞバッハ」俺撫でながら声をかけた。

 声に反応したバッハは鼻息を荒げてやる気満々と言った様子。

 

 俺とグレス、ソフィアは愛馬に乗ったがルーヴの馬はいないらしい。


「ルーヴ、馬はどうするんだ?」


「スカイ様、私はオオカミ人間ですよ?」

 ルーヴはそう言うと胸のネックレス『ムーンライト』を太陽に反射させその光を浴びオオカミ人間になった。


 なるほど、改めて見ると便利な体だよな。

 俺もオオカミとは言わないけど他の動物に変身してみたいと少し憧れを持ってしまった。


 ま、そんなことは今はどうでもいい。

「ではジェーン王、行ってきます」


「うん、帰りを待っているから」


 俺たち三人と一匹は城を出た。


 パカラッパカラッと音をたて走る馬たち、そして王国の希望の光である俺たち三人と一匹は西にある村を目指し王都を光の速さで突っ切り、広がる草原をひたすら一直線に爆走している。


 とりあえず地図は見ていない凛々しく走る馬とそれに乗る勇者(嘘)一行。

 

 誰かがここら辺の地理は分かってるだろうと全員が勝手に思っていたのといちいち止まって地図を見るのが面倒臭いから誰も確認はしなかった。


 恐らく全員が馬が疲れて休む時に見ればいいやーくらいの気分でいる。と言いながら休憩中も誰も気にしていなかった。


 そう、流れに身を任せてただひたすらに前を進むだけだ。


 他人任せも究極になればここまで他人に任せっきりになり誰も触れない。

 

 それにしても永遠に続く草原……いつのまにか周りは山か森しか見えなくなっていた。


 しばらくして俺たちは気づく……案の定迷子になったと。

「ここ、どこですか?」ついにソフィアがみんなの思っていたことを口に出した。


「……」誰もソフィアに答えようとしない。

 おいおい、まずいぞ。ここで迷子になるなんて今どこにいるのかわかんないじゃん。


 て、いうかルーヴとソフィアが案内役だったような……。


 俺は案内役のルーヴに聞いた。

「え?私ですか?困りましたね、無我夢中で駆け抜けていて地図を確認するのを忘れました。グレスは分かる?」


「ルーヴが分からないなら分かるわけないじゃないですか。地図を見ながら進んでたわけじゃないので」


 頼みのルーヴとグレスもダメとなるとこれは勘で行くしかないのか……。


 とりあえず俺は地図を広げた。

 目印となる森と山を地図に照らし合わせようとしたけどダメだった。


 恐らくいるであろう地図上には永遠に続く山と森に挟まれた大きな草原があり今どこにいるのか余計に分からない状態になった。


「ビースト村は地理的に城の西側にある。だけど森を抜けないと辿り着けないんだけどどこから入ればいいのかが分からない」


 するとグレスは静かに口を開きある提案をした。

「とりあえず森へ入りましょう。草原を真っ直ぐ来たので森へこのまま入って西へ抜けることだけ考えましょう。動物さえいれば食料は何とかなりますし水は森を流れる小川を目指せば何とかなります」

 

 さすが森ガール。

 グレスがいれば迷子になっても死ぬことはないだろう。

 

「で、では小川まで私の嗅覚でどうにかなりますね」

 ソフィアが嬉しそうにしていたが、割って入ってきたのはルーヴだった。


「私だって嗅覚は優れています。私が先導します」


 どっちでもいいけどどっちも譲らないだろう。ここは公平にじゃんけんだ。


「とりあえずじゃんけんで決めてくれ」


「じゃんけん?」二人とも不思議そうな顔をしていた。

 そうか、こっちの世界ではじゃんけんという決め事を知らないのか。


「説明しよう」

 俺はじゃんけんを説明した。


「なるほど、それなら公平に決めれますね」

 ソフィアは納得したような顔をしていた。


「では、勝っても負けても文句はなしということだな」

 ルーヴも納得したようだ。


 グレスは呆れた顔でソフィアとルーヴを見た。

「どっちでもいいじゃないですか早く進んだほうが時間の有効活用ですよ」


 冷静なのは良いことだけど相変わらず冷たいやつだな、ソフィアが役に立ちたいと言ってるんだから公平にじゃんけんで決めさせてお互いに納得してくれれば良いことなのに。


「まぁまぁグレス、じゃんけんで納得してくれるんだから良いだろう」

 

 そう、じゃんけんは世界の揉め事を救うのかもしれない。

 だが、そんなことはなかった。


「いいか?同時に出すんだぞ!」


「はい!」

 ルールを再確認した俺に元気よく返事をする二人。

 

「じゃんけんぽん!」

 同時に放たれた手はお互いに違う形をしており決着がついたかのように思われた。


 ソフィアはチョキでルーヴはパーを出していたが、俺は見逃さなかった。ソフィアが出した後、瞬時にグーからチョキに変えていたことを……。


「ソフィア、お前グーからチョキに分からないように変えただろ、それは反則だ。」


 しまったという顔をするソフィア。

「どうしてもみんなの役に立ちたかったから……」

 今にも泣きそうな顔をしながら肩を落とすソフィアに少し同情してしまう自分がいた。


「だけど、公平に決めようって話だったから……」

 責めるに責めれない。何だか可哀想になってきた。


 ルーヴはため息をついた。

「仕方がないな、譲ってあげる」


 何とか話がまとまりそうだ。

 個人的にはどっちが先導してもいいんだけどな」


 ソフィアは物凄く嬉しそうな顔をしてルーヴの方を向いた。

「ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!」


 まぁ、彼女はそう言っているけど絶対に忘れるだろうと思った。


「じゃあ、ソフィアを先頭に森へ入るぞ。それでいいな?」


 女子三人は頷いた。


 森へ入ると相変わらず気味が悪い。

 もうすぐ日がくれそうなので早めに進みたいところだ。

「どうだソフィア、水の匂いとか分かるのか?」


 「少々お待ちくださいね」

 そう言うとソフィアは辺りをクンクンと匂い始めた。


 ルーヴも一応匂いを嗅いでくれていた。


 ソフィアは指を刺して自信満々に教えてくれた。

「こっちです」


 すごい、水の匂いなんて分かるのか?

 やはり鼻が効く人が匂いを嗅いだら分かるのだろうか、俺なんて水道水とペットボトルの水を飲み比べても違いが分からないというのに……。


 数分走っただろうか、ソフィアが急に止まった。

 緊急事態か?どうしたのだろう。


 険しい顔をするソフィアに俺は恐る恐るなぜ止まったのかを聞いた。


「どうかしたか?ソフィア、何かやばいことでも……」


 ソフィアは表情を変えずに俺の方をじっと見た。


 ごくんと唾を飲み何が起こっても動じないように心構えをした。


「着きました!」


「ほぁ??」

 だってまだ数分バッハたちを走らせただけだよ?

 そんな早く着くなんてあり得るのか?


「とりあえず昼は過ぎているので昼食を取りますか」

 グレスは何ともないような顔をしていた。


 こいつら……もしかして知っていたのか?

 だとしたら俺だけ身構えてたということか……めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん。


「み、みんな知ってたの?」


 グレスは馬から降りながら俺の方を向いた。

「地図からしてそんなに距離は離れていなかったので……恐らくソフィアは気づいてなかったと思いますけど」


 最初から言えよ、完全に距離が結構離れているよな流れだっただろう。


 まぁ、嬉しそうにしているソフィアを見ていると本当にこいつバカなんだなと思った。


 グレスは再び頼もしく俺たちに指示をした。

「では、私は食料を探してきます。スカイ様はいつも通り木の枝を集めてください。ルーヴさんもできたら食料探しをお願いします、ソフィアはここで馬たちの見張をよろしく頼む」


 さすがグレスだ。俺たちの裏ボスと呼べるに相応しいリーダーシップだ。


「食料探しって要は獣を狩ってこればいいんでしょ?私一人で十分だわ」

 ルーヴがグレスにそう言った。


「そうですか、ではよろしくお願いします。それなら私が木の枝を集めるのってスカイ様はソフィアと一緒に見張りをお願いします」


 とりあえず役割分担は決まった。

「よし、ではみんな取り掛かろう!」と言っても俺とソフィアはただ、ここにいるだけなんだけどな……。


 俺の声かけにルーヴとグレスは行動を開始した。


「私たちはのんびり小川で釣りでもしましょうか」

 ソフィアがいつのまにか器用に釣竿を作っていた。


 まぁ、どうせ暇だしいいか……。


 そうしてルーヴとグレスに甘えっぱなしの俺たち二人はのんびりと釣りを開始した。

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