第十八話 相棒(パートナー)


 ダイニングルームではジェーン王が待っていた。

「来たか、では食事を持ってきてくれ!」


 王様の一声で四人分の食事が運ばれた。

 なぜだか物凄く寒気がする。誰かから冷たい目線を向けられている。


 俺はダイニングルームをキョロキョロと見回した。


「ヴゥー、ガルルル」

 そういえば忘れていた、ルーヴの存在を……。


 ルーヴは物凄く恐ろしい顔をして部屋の隅からグレスとソフィアを睨んでいた。


 とりあえず後で謝らないと、とんでもないことになりそう。


 そんなことも気にしていないジェーン王は食事が並べられるといただきますの合図をした。

「ではいただくとしよう」


 ムシャムシャと食べ始める俺たち四人組とその脇で羨ましそうに見ているルーヴ。


「そういえば獣を扱う村、『ビースト村』までの行き方は分かるのか?」


「すみません、分からないです」

 

 俺の何気ない一言に一瞬でダイニングルームは禍々しいオーラで包み込まれた。


 すぐにソフィアとルーヴだってことは分かった。


  二人は同時に手を挙げ「私が案内します!」とアピールをしてくる。


「私の方がこの王国について詳しいのです!貴女が出る幕ではありません!」


 ルーヴは犬が威嚇するように唸り声を上げながらソフィアを睨んだ。


「わ、私だってスカイ様とここまで来ました。私はスカイ様の旅友なのです!」


 若干、ソフィアの言い分の方が弱い気がするけれど根暗なこいつを城に置いておけば恐らく部屋に篭ってしまうしルーヴを置いておけば拗ねるだろう。


 どっちもどっち、迷ってしまうな。

 まったく、面倒臭い二人だな。


 案の定、ルーヴは咳払いをしながら目を大きく開けてキラキラと瞳を輝かせ俺にアピールしている。


 対してソフィアはオドオドしながら俺を見ていた。


 これは、どっちを選ぼうか……。

 考えるのも面倒臭いしどちらかを選ぶということはどちらかを選ばないということ。


 そうなると少し可哀想な気もした。

 さらにこの二人よりも遥かに頼りになるグレスも連れて行きたい。


「では、こいつら二人と護衛役としてグレスも連れて行ってよろしいですか?」


 まぁ、これが妥当だろう。頼りになるグレスはできるだけ外したくない。


「よろしいも何もお前に仕える者たちだ好きにしたら良い」


「そうですね、三人とも連れて行きます」


 そんな会話を聞いていたグレスは穏やかに微笑んだ。

「私は遠慮しておきます」


「どうして?」

 意外な返事だと思った。グレスならついてくると勝手に思っていた。


 グレスはしばらく黙っていたが俺の質問には答えなかった。

「スカイ様、後で二人で話ししたいことがあります」


「ここで話せないのか?」


「すみません、ジェーン王には無礼を承知ですがスカイ様にだけ伝えたいことが……」

 申し訳なさそうにジェーン王に頭を下げるグレス。


 ジェーン王は特に怒ることもなかった。

「スカイと婚約するなどの話でなければ勝手に二人で話してもよい。好きにしろ」


 グレスは再び深く頭を下げた。

「ありがとうございます」


 それから胸騒ぎがした俺はなかなか食事にありつけなかった。


 昼食を済ませた俺たち四人組。

 俺とグレスは裏庭にある長椅子に腰をかけた。


「まず聞きたい、俺たちと一緒に行くのが嫌か?」

 

 グレスは少し寂しそうな顔をしていた。

「そんなことありません。むしろ頼りないスカイ様に頼りないあの二人だと心配が大きいです」


 こいつ……そんな顔しておいて結構酷いこと言いやがる。相変わらずだな。


「じゃあなんで?むしろ俺はお前を一番必要としているんだ。できたらついてきてほしい」


 今度は優しく微笑んだグレス。

「嬉しいですが、私が話したいことはアテンプト村へ帰ろうと思っていることです」


 一瞬、頭が真っ白になった。俺を監視する役目は?護衛は?どうするんだ?

「何で?」咄嗟に出た言葉。


「もう、貴方を監視する意味が無くなりました」


 その言葉に理解ができなかった。


「俺はまだ、何も成し遂げていない。この国を変えることも人々を幸せにすることも……」


 そう、まだ一歩だけたった一歩だけ踏み出した段階。それなのにグレスは何を言っているのか分からなかった。


「グレスは俺がこの国の人々を幸せにするまで俺を監視するのが役目だろ?アテンプト村の人たちと約束したじゃないか……」


 不思議だった。なぜこんなにも心の底から彼女を村へ返したくないと思っている俺がいるのか。


「いいえ、貴方は必ず成し遂げてくれます。私は貴方を信頼しています、そして確信を得ています」


 彼女の優しい笑顔は俺の心がキュッと締め付けられる感じがした。


「なんだよそれ、なんの確信だよ。俺だってもしかしたら考えが変わるかもしれないんだぞ、全て投げたすかもしれないんだぞ」


 自分自身で彼女を止める権利はないことは分かっていた。だから、自分で何が言いたいのか分からなくなっていた。


「たった一つだけです。私が貴方を信頼したのは」


「たった一つ?」


「貴方はアテンプト村での約束を果たさなければ私から殺されるという約束をしました。もし、貴方が裏切るつもりだったら監視している私の目が気になるはずです」


 グレスは目を閉じた。少し震えているようだった。

「ですが、貴方は私と村を出てから一度も私を警戒するそぶりをみせなかった……たった一度も」


 目を開けたグレスの表情はまるで全てを包み込む女神のように優しかった。あの性格悪い神とは正反対の……。


「私は嬉しかったんです。この人は本当にみんなのことを思っていてくれるんだって、私を仲間として見てもらえて、何より命をかけて守ってくれようとしてくれて」


 違う、それは俺を過剰評価しすぎている。

「そんなこと……ない。俺は弱いんだ、弱すぎる。グレスが側にいてくれたからここまで生きているんだ……」


「弱くて情けない人なのに頼りになって自分よりも他人を守ろうとするし、権力があるはずなのに偉そうにせずに何でも許してくれる。何より平民である私たちを仲間と言ってくれた」


「貴方と出会ってから数日ですがとても楽しいことばかりでした。ですが……ですが、ここまでです。私は平民、貴方は貴族。これからは貴方の使命です。私は村へ帰り自分の使命を全うします」


 そんなことを言いながら彼女の頬には涙が流れている。

 たった数日、出会ったのに何でこんなにも離れたくなくなるのだろう。


 自分の感情が分からなくなった。

 日本にいた時には絶対に感じなかった心の痛み。


 俺は叫んだ。この感情を表すように……。

「もう!どうにでもなれ!」


 驚いたグレスを強く抱きしめる俺。

 自分でも意味が分からないけど身体が勝手にそうしたいと動いた。


 よくよく考えたらこれセクハラに入るよな? 


「うるさい!俺の使命とかお前の使命とか平民とか貴族とか仲間とかどうでもいい!俺にはお前が必要なんだよ!」


「だから、約束を果たすまで一緒にいてほしい」


「……」

 沈黙するグレスと我に返る俺。


 うぉーやっちまった。完全にキモがられるよな。

『お前が必要なんだよ!』とかすっごい恥ずかしいこと言ってるし。


「すまん、ちょっと感情的になった。だけど、今のが俺の本音、無理にでも止めたいけどそれは俺の勝手な都合だよな」


 彼女には彼女の考えがあり生き方がある。

 そうだよな、俺どうにかしてた……。


「ごめん、グレス数日間だったけどありがとう」

 俺はグレスを抱きしめていた腕を離そうとした。


「私はスカイ様にとってそれほど必要な人間なのでしょうか?」

 俺の胸の中でそう呟くグレス。


 そんなの……当たり前じゃないか。

「うん、めちゃくちゃ必要だよ。グレスがいると安心する」


「バカ……」

 グレスが小さく呟いた言葉は俺には聞こえなかった。


「何か言った?」

 聞き取れず彼女が何を言ったのか気になった俺はすぐに聞き返した。


 グレスは俺を強く突き放して恥ずかしそうな怒っていた。

 

「よくもまぁ、恥ずかしいことをそうやすやすと言えるわね、自分で言っていて恥ずかしくないの?」


「うぅ……何も言い返せない」

 やはり痛いとこを突かれた。そうですよ、恥ずかしいったらりゃしない。


「ちなみに村へ戻るのは嘘。ちょっとからかってみたかっただけ。約束を果たすまでは貴方の側で守ってあげる」


 なんだ嘘か、本当によかった。

 俺はその言葉に安堵したが一つ疑問に思うことがあった。

「嘘?それにしてはものすごい演技が上手かったな」

 

 グレスは顔を赤くした。

「もうこの話はおしまいにしましょう!」


 なんだ?顔を赤くして……共感性羞恥心ってやつか?

 それにしても村へ戻るという嘘までついてそれほど俺をからかいたかったのか?


 けれど、こんなにも大切な仲間が俺にもできたんだな。

 初めてだ、俺から離れてほしくないと心の底から思ったのは、仲間ってなんで素晴らしいのだろうか。


「グレス、明日からまたよろしくな!」


「はい、よろしくお願いします」

 いつも通りの少しツンツンしたグレスの態度に戻った。


「よくよく考えたらかまってちゃんみたいじゃない私、どっちが恥ずかしいことしているのよ」


 グレスは再び俺に聞こえないように小さな声で呟きながら顔を赤くしていた。


 

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