第六話 転生先で新たなヒロイン候補に殺されかけました

――天界では……


「……」


「神よ、黙り込んでどうした?」

 いつも陽気に酒を飲む神様が急に黙ってしまったので閻魔大王は心配そうに見た。


 何かを険しい顔で考えている神。


「神、大丈夫か?」

 閻魔大王の問いかけにやっと気づく神様。


「あぁ、すまない。考え事を少しね」

 酒をぐびっと飲む神様。


「何を考えていた?」

 神様のグラスに酒を注ぎながら聞く閻魔大王。


 神様は注がれた酒を飲んだ。

「いや、もしかしたらな……。勘違いかもしれないが空の異世界での人生はバッドエンドになるかもしれん」


「何故?」

 閻魔大王は神様の空いたグラスに再び酒を注ぐ。


「この小娘、裏切りの魔女の血筋かもしれん」


「あの、裏切りの魔女の血筋?あの魔女に子孫なんていたのか?」閻魔大王は面白いそうな顔をした。


「いや、もしかしたらという私の憶測だ」


「なんだ、憶測か……面白くなると思ったが残念だ」

 つまらなそうな顔になる閻魔大王。

 

「だが、もし私の憶測が当たったら……あの悪女もなかなかやるな」神様はニヤつきながら酒を飲み干した。


――――


 そんな会話があったことを知らない俺はグレスの帰りを待ち、火を消さないようにひたすら木の枝を入れていた。


「早く返ってこないかな……お兄さんこの森怖くてちびっちゃいそう」


 もう太陽もさようならしそうな時間帯。

 先ほどよりも辺りが暗くなってきている。


 俺は横になってグレスの帰りを待ったつもりが仮眠をとってしまった。


 そして俺は気付く、複数の視線がこちらに向いていることを……。


「誰?グレス戻って来たのか?」

 そんなことはないのは分かっていた。

 だって四方八方から殺意のある視線が向けられてあるんだもん。


 少しずつ近づいてくる複数の何か……。

 俺は固まって動けなかった。


「おい、食料と金目のものをよこせ」

 正体は山賊だった。複数の山賊たちは手作りの毛皮の服を着ていた。


「おい、聞いているのか?」

 俺が一番驚いたのはこの山賊のボスが女だということだ。


 しかも山賊のなのに何気に可愛い。顔は泥塗れだがはっきりと分かる。


 黒い瞳の大きな目は少し垂れておりそして高い鼻。彼女は俺を睨んでいるが人の良さそうな顔立ち。


 山賊の女ボスは俺に何かを言いながら怒っている。

 キャンキャン吠えてまるでチワワみたい。

「可愛いなぁ」俺は彼女を見惚れながらそう思っていた。


 そんな俺に周りを囲む山賊がめちゃくちゃキレ出した。「おい!親分の言ってることが聞こえないのか?」


 ギャーギャーと騒ぐ山賊に気付き我に返る俺。

 そうだった……山賊たちに囲まれていたんだ。


 だが、俺に金銭や金目になるものは生憎持っていない。

「申し訳ないけど金目になるものは持っていないんだ」


 女ボスはニヤッと笑った。

「お前2頭の馬を持っているじゃないか」


 しまった、バッハとグレスの愛馬がいることを忘れていた、どうすればいいんだ。


 俺は必死に考えた。

 だが良い案が思い浮かばなかった。


 俺は立ち上がり両手を広げた。

「この馬たちだけは渡すことはできない!」


 俺とバッハは2日程度の付き合いだけどバッハはこの身体の本当の持ち主とずっと一緒に過ごし共に走ってきたのだろう。


 俺が守ってやらないと誰が守るんだ!と心の中で強く思った。


「そうか、選択を間違えたな。殺せ」

 女ボスは容赦なく指示をした。


 俺は死んでもこの馬を守る!と山賊が近くに来るまでは決意していた。


「すみませんでした。命だけは、命だけは助けてください」


 いや、武器を持っている山賊が一人の男を何十人で囲んで殺そうとしてるんだよ、ビビるのは無理ないって……。


 俺は必死に命乞いをした。

「本当にすみません。生意気でした、馬は差し上げます」


 女ボスは呆れていた。

「う、馬も可哀想だな。簡単に見捨てられて……」


 仕方ない、俺には使命がある。

 馬はせいぜい人を乗せて走ることくらいだろうが俺には国の人々を守るというとても重大な使命だ。


「すまない、バッハ楽しい日々だったよ」

 俺はバッハに目を合わせられなかった。


 だが、山賊の怒りは収まっていなかったらしく一人の下っ端山賊が俺に斬り掛かろうとした。


「ボスを舐めた仕打ちだ!死ね!」

 あー、終わった。迷子になって終わったと思ったらここで終わるのか……。あっけないな……。


 だけどなんだろう、ここまで来るとまた助かるのではないかと言う不思議な自信が湧いてくる。


「ぐはぁ」俺に切り掛かってきた下っ端の山賊は目の前で倒れた。


「え?」俺はそれしか言えず腰を抜かした。

 そうして俺のライトセーバーを確認!よし、チビってはいない。


 女ボスは驚いた顔をしていたが俺にめちゃくちゃキレてきた。

「な、何をした!貴様!」


 いや、俺が聞きたい。何が起こった?


 すると違う下っ端山賊が指を刺し「誰だ!貴様!」といかにも時代劇ですぐに死ぬような弱い悪役の臭いセリフを言い出した。


「私か?えーっと私はアテンプト村の女剣士グレスだ!」

 お前意外とノリが良いやつだったんだな……もしかしたら素でやってるのかもしれないけど。というよりもお前が剣士って初耳なんですけど。


 グレスは剣を山賊たちに構えて少し気持ち良くなったのか一言。「悪は私が許さない!」


 臭い、物凄く臭いセリフ。そしてグレスのキャラが崩壊している。


 俺、腰抜けてるけど笑っちゃいそう。

 だってあなた真剣な顔でそんな臭いセリフ言っちゃうんだもん。


「な、何を!やっちまいな!あんた達!」ここにもいたノリが良いやつ。しかもそのセリフは悪役の負けフラグが立ってしまうセリフだよ。


 一斉に女剣士グレスに襲いかかる悪い山賊たち。

 だが、グレスは悪い山賊たちを次々と倒していく。


「ば、馬鹿にしてたけどグレス強いな」


 大勢に攻められて不利な状況なのに攻撃を華麗にかわしながら確実に相手の急所を狙って剣を振っている。

 

「頼もしい」そう思ったがふと考えた。

 これってもしかして今後グレスの機嫌損ねたら俺まずいんじゃないか?最悪殺されるかも……。


 年下の女の子だけど絶対に敵わないだろうな。

 だってものの10分くらいでもう山賊の女ボス以外みんな倒しちゃったんだもん。


 グレスは女ボスの前に立った。

「あとはお前だけだ」


 うるうるとした目で俺を見る女ボス。

 いや、だってあんた俺を殺そうとしたし……。

 あんたも殺そうとした人に命乞いはどうかと思うよ。


「だずげでぐだざいぃ」急に泣き出すチワワ。

 森中に泣き声が響く。


 それを見てドン引きしているグレス。

「えっと、私はどうしたら……」困った顔で俺を見る。 


 俺を見られてもな……。

 まぁ、こんなに可愛い顔で見られたら助けたくなる。


 だってそうでしょう?愛犬や可愛らしい犬に噛みつかれても愛くるしい顔で見られたら許しちゃうじゃん。


 そういえば俺たち森で迷子になってたんだ。

 この女ボス山賊だからもしかしたら詳しいのかも。


 俺は期待を胸に問いかけた。

「お前はこの森について詳しいのか?」


「すまみません。詳しくありません」

 山賊とはいえやはりここまで大きな山の地理は把握しきれないか。


「それなら……」

 俺がそこまで言うと女ボスは涙を流しながら俺にしがみついてきた。


「私は鼻が物凄く利きます!目も耳も良くて遠くまで見えるし聞こえます!だから命だけはお助けださい!」


 まぁ、殺す気はないけどもしかしたらこの森から抜け出せるのに役立つかもしれない。


「ちなみにそんなに良いの?」


「はい、鼻ですと数十キロ先の匂いを嗅げます」


 すごい、動物も顔負けの嗅覚だな。さすが異世界。


「俺たち王様の城へ行かなからばいけないんだけど森で迷子になっちゃって。どうにかこの森を城の方向へ抜け出したいんだけどできるかな?」


 女ボスは肩を落とし落ち込んだ。

「すみません、城に行ったことがないのでさすがにできません」


 そうだよな。さすがに知らない匂いを嗅ぎ分けるなんて無理だ。


 するとグレスが地図を広げた。

「森を西に進み抜けるとブドウ畑があります。そこを目指して行くのはどうでしょう?」


 なるほど、ブドウの匂いなら嗅ぎ分けれるだろう。

「どう?できそうかい?」


「ブドウ畑の匂いならできる!」

 嬉しそうに笑顔になる女ボス。


「よし!とりあえず今日は遅いから明日行動しよう」


 すると3人ともお腹がグゥーっとなった。

「そういえば夕食がまだだったな……」


 グレスは大きな猪のような豚のような獣を狩っていた。


「狩った獲物を捌いて焼くので待っていてください」

 グレスはそう言うと見事な手捌きで獣を捌き出した。


 俺と女ボスは火を挟みながら座っている。


「な、なんか仲間を殺しちゃってすまないね」

 さすがに女ボスは命を助けられたとはいえ、仲間を殺されたので辛いのだろうと俺は思い謝った。


「あ、いいですよ」

 無表情でそう返す女ボス。


「え?」俺は呆気に取られ何も言い返せなかった。


「特に思い入れもないですし私元々山賊ではなかったので……」彼女の言葉に耳を疑う俺。


「ど、どういうこと?説明お願いします」

 俺は山賊ではないのに何故彼女が山賊のボスになったのか物凄く興味が湧いた。


「そうですね、あれはつい昨日の出来事です……」

 え?昨日?随分と最近のお話なんですね。まぁ黙って話を聞こう。


――――十数時間前のお話……


 私はある村の外れに一人で住んでいました。

 根暗で人見知りな私は誰とも関わりたくなくて密かに暮らしたかったんです。


 そんなある日、食料が尽きてしまい仕方なく山へ山菜摂りと小動物を狩りに入りました。


 私はたくさんの山菜とうさぎや小鹿などの小動物を狩ました。


 これで当分は生きていけるだろう。

 そう思いルンルンで帰っているといつの間にか山賊に囲まれていたのです。


「お嬢さん、その食料をよこしな」

 山賊のボスらしき大男がそういかにも山賊らしいセリフを吐きました。


 私は一言「嫌です」と返しそのまま通り過ぎようとしました。


 しかし、完全に囲まれた私は逃げ場がありませんでした。


 そうしてあっという間に食料を奪われた私。


 山賊のボスは一言「生意気な女にはお仕置きが必要だな」とニヤニヤしながら私を見回していました。


 私はそんなことよりも食料を奪われたことにとても腹が立ちました。


「返して……」


「お嬢さん、聞こえないな?何だって?」


「私の食料を返しなさい!」

 私はそこから記憶がありません。


 ふと我に返ると山賊のボスは血塗れになって倒れており下っ端達はみな失禁していました。


 何が起こったのだろう……?私は不思議で仕方なかったのです。


 すると一人の下っ端山賊が私に言いました。

「新しいボスだ!バンザイ!」と……。


 下っ端山賊たちは下半身を尿で濡らしていることも忘れひたすら私の周りで踊り出しました。


 私は物凄く嫌でしたが断れない性格のためしぶしぶ山賊のボスになりました。


――――おしまい。


「へ、へぇー」

 個人的に一番怒るとよくないタイプの人だ。

 絶対に意識なくなってから違う人格が現れて暴れ回ったやつじゃん。

 

 女ボスはため息を吐いた。

「あの時、誰が私を助けてくれたのか……」


 こいつ一番厄介な自覚が全く無いタイプだし。

 酒に飲まれて酔っ払ってみんなに迷惑かけたくせに次の日記憶がないやつよりもタチ悪そう……。


「と、とりあえず殺されなくて良かったね」

 怒らせないように刺激しないようにと考えるとそれしか返せなかった。


 女ボスは笑顔で「はい!」と返事をした後、俺に質問をした。「ところであなたの名前は?それたどこから来たのです?」


 この女ボス、俺の身体の元の持ち主スカイ・イルサンダーのことを知らないのか?


「俺のこと知らないの?」


 申し訳なさそうに俺の方を見る女ボス。

「すみません、存じてません……。もしかして有名なお方ですか?」


 本当に知らないんだ。そういや他人と関わるのが嫌で密かに暮らしたいとか言ってたな。


 まぁ、わざわざ王様の側近とか言わなくていいだろう。

「俺の名前はスカイ・イルサンダーって言うらしい。すまないが自分自身の記憶がないんだ」


「そうでしたか、それはお気の毒に……」


「そういえば君の名前はなんて言うの?」

 ここまで話してやっと俺は名前を聞いていないことを思い出した。


「あ、そういえばまだ私の名前を言ってませんでしたね」


 女ボスは笑顔をこちらに向けた。

「私の名前はソフィア・モリスです。アロン村出身ですが先ほどもお話ししたように村から外れたところに住んでいました」


「ソフィア、とりあえず森を抜けるまでよろしく頼む」


「はい!全力で頑張ります!」


「ありがとう。ソフィア」

 俺がお礼を言うと二人のお腹がグゥーっと鳴った。


 肉の香ばしい匂いが漂ってきた。


 グレスはお肉を上手に焼いて俺とソフィアに夕食の準備ができたことを伝えた。


「そろそろ中まで火が通ったようですね。夕食にしましょう」


 グレスは本当に良いお嫁さんになりそうだ……。


 「いただきます」

 腹を空かせていた俺は肉をガツガツ食べた。


「やっぱり肉はうまい!」

 焼いただけだけど腹が空いていたらこれでも充分肉の旨みが分かる。


 俺とグレスが肉を頬張っているとソフィアは一人モジモジとしていた。


 なんだ?遠慮でもしているのかな?

「どうした?食べないのか?」と俺は聞いた。


「あ、やはり一度はスカイさんを殺そうとしたので勝手に食べるのはどうかなと思いまして……」


 申し訳なさそうにモジモジしているソフィアを見るとやはり小型犬に見えて仕方ない。本当に可愛いなぁ。


「明日道案内をしてくれるんだ。遠慮しなくていいよ、な?グレス」


 グレスは肉を頬張りながら「はい、迷子になったのは私の責任です。それをフォローしてくれるというなら遠慮なく食べてください」


 ソフィアは目を輝かせた。

「あ、ありがとうございます!それでは遠慮なく!」


 そうして三人は肉を余すことなく平らげ、川の字で深い眠りについたのであった……。

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