契約その6 My sisterのホントの気持ち……!

 女の子になって一週間が経過し、ユニはようやく女の子の生活に慣れてきた。しかし……。


「やっぱりまだ慣れないな……だけは」


 タオル姿で風呂場で立ち尽くすユニ。自分の体なので遠慮はいらないハズなのだが、なぜだかどうも申し訳ない気がする。

 

頭や体の洗い方、乾かし方などは全て事前に調べ、シミュレーションもしてある。対策に抜かりはない。


しかしそうと割り切れるものではなかった。


 そんな中、ユニの中にある疑問が芽生えた。


「あれ……?そもそもおれは抵抗があったのか?それとも抵抗があったのか?」


「見る」事は男としての葛藤である。ユニの場合は興味より申し訳なさが勝つ。


 そして「見られる」事に関しては、女としての抵抗感と言える。


世の大半の女性は勝手に自分の裸を見られる事に抵抗があるからだ。


 その二つの相反する感情に、ユニは押しつぶされそうになった。


 だが、かと言って入らないわけにはいかない。ユニは意を決してタオルを脱ぎ、そのまま湯船にゆっくりと浸かった。


そしてそのまま「ふーっ」と一息。一度入ってしまえば大した事はなかった。


 しばらくすると、脱衣所兼洗面所のドアが開いた音がした。


きっと誰かが歯でも磨くのだろうと思っていると、いきなり風呂場のドアが勢いよく開いた。


「誰だ!?」


 ユニは慌ててドアの方を見る。そこにいたのはなぜか裸になっている由理だった。


風呂場で裸になっているという事は、考えられる事は一つしかない。


「え?まさか一緒に入る気なの?」


「だって電気とガス代が勿体ないし」


 クールに言い放つ由理。そしてお湯を被って体を慣らし、ゆっくりと湯船に浸かった。


「あの……ルーシーと一緒に入るって事は……」


ユニの意見を、由理は無視した。由理からしてみれば、ユニは同性の家族、ルーシーよりは抵抗はないのかも知れない。


ユニはそう思う事にした。


 家の風呂は一人ならゆったりと入れるスペースはあるものの、二人となるとさすがにせまい。


必然的にユニの背中に由理が胸を押しつける形になる。


 この状況に、ユニは風呂で冷や汗を流す羽目になってしまった。


「やっぱり二人じゃせまいよな?おれは上がるから、あとは一人でゆっくりと入ってくれよ」


 ユニはそれを口実に浴槽から出ようとした。そうでもしないととても身が保たないと考えたからである。


 しかし、由理は上がろうとするユニの腕を強く掴んで言った。


「ダメ。電気とガス代が勿体ないから一緒に入るの」


 由理はそう言うが、その割には今までこういう状況にはならなかった筈である。


いや本当に小さい頃は一緒に入ったものだが、その時とは置かれている状況も、関係もまったく異なる。


 由仁よしひとと由理は、物心ついた時からいつも一緒だった。


中学生の時まではお互いに実の兄妹と思っていた程である。年子だったが、由理は由仁の事を「お兄ちゃん」と強く慕った。


そんなある日、母から自分達は実の兄妹ではない事を告げられた。


思春期の二人にとって、その事実はとても重かった。


元々離れがちである異性の兄妹という関係もあり、由理は「お兄ちゃん」呼びから「兄さん」呼びに変わり、必要な事以外は話さなくなってしまった。


おそらく由仁がユニに変わったとしてもその関係性は変わってはいないのであろう。


 回想を終え、ユニは現実に戻る。


 ……でかいな。


 何がとは言わないが、ユニは見た目はともかく中身は男子高校生なのである。を入浴中ずっと押しつけられる羽目になった。


 風呂から上がり、ユニはパジャマ代わりのタンクトップにズボンという姿で、ルーシーの部屋を訪れた。


 ユニは軽くドアを二回叩いて言った。


「ルーシー?ちょっといいか?」


「いいぞ」


 ドア越しに声が聞こえたので、ユニは「失礼します」と言いながら、ドアを開けてルーシーの部屋に入った。


 ユニ達の前にすでに風呂に入っていたルーシーは、自分のベッドの上で入浴後のストレッチをしていた。


「なあルーシー、おれ前から気になる事があるんだよ」


「何だ?答えられる事なら何でも答えるぞ」


 ストレッチをしつつ聞く素振りを見せるルーシー。


「ありがとう。おれ、キミに『女の子にモテモテになりたい』って願ったよな?とても具体性に欠ける願いだ」


確かにそうである。


でもさ、たくさんの女の子がいるのに、その全員にモテモテになるわけじゃない。その『ホレる女の子』と『ホレない女の子』の違いってどこにあるんだ?」


「そうだな……」


 ルーシーは少し考えると、伸びをしつつ答える。


「悪魔の力を以てしても『世界中の異性全員を一人の人間にホレさせる』なんて不可能だ。だから有効範囲は『性的、あるいは人間的に契約者に好意を持った女性』という事になってる」


 ルーシーはそう言うと、枕元のペットボトルを掴み、喉に流し込んだ。


「さっきの由理の様子はおかしかった。おれと一緒に風呂に入ろうとするなんて。それってつまり、由理がおれにホレてるって事だよな?」


 ユニが確認する。


ストレッチの仕上げをしながら、ルーシーが言う。


「だろうな。でも少なくとも、嫌いな人間と一緒に風呂に入ろうとはしないだろう」


 ストレッチを終え、ルーシーはベッドの上で足を自由にする。


「よく考えてみろ。お前の妹の本当の気持ちを引き出すのか、否かを」


 ルーシーのその言葉を受けて、ユニは少し考えた。自分は一体どうすればいいのかを。


 答えは一つだった。


「由理はどこにいるんだ?」


「たぶん自室だ」


 ユニの問いにルーシーは答えた。


「わかった。ありがとう。ちょっと行ってくる」


 そしてユニはルーシーの部屋を後にするのだった。


「参ったな……ライバルに塩送っちまったか……」


 去るユニの後ろ姿を見て、ルーシーはそう呟くのだった。



 ユニは、由理の部屋の前に来て、ドアを二回ノックする。


「もしもし、ユニだ。入ってもいいか?」


 しばらく待って、いいよという返事が返ってきたので、ユニはゆっくりとドアを開けて中に入る。


 中では、由理がベッドの上でスマホをいじっていた。


「由理……」


「何?姉さん」


 ユニは、由理にいきなりバックハグをした。


自分の胸を背中に押しつける形になり、図らずも風呂の時と同じ状況になった。


「ほわっ!?!?ね、姉さん!?」


 さすがの由理も動揺し、ベッドの上にスマホを取り落とした。


「今までごめん。お前の気持ちに気づいてやれなくて。兄妹同士なんてあり得ないって思ってたんだ。『おれにホレた女の子はみんな幸せにする』そう決めたのに」


 それを聞いた由理は、ユニに向き合う。


もう我慢できなかった。今度は真正面からハグをした。


「気づいてたんだ……私がの事好きだって」


 いよいよお互いを理解した二人は、そのまましばらく抱き合った。



 翌日。


 朝食の席で、由理はユニとルーシーの事情を改めて聞かされた。


「へっ……へ〜」


 理由が理由なので、軽く引く由理。


 その反応も無理はないと思うユニ。


「じゃあさ……、私は『二人目』って事?」


 ルーシーは首を縦に振る。


 それを見た由理はおもむろに立ち上がると、こう宣言した。


「でも、一番は譲らないから!覚悟してよね、ルーシー!」


 それを聞いたルーシーは顔を引きつらせ、改めてライバルに塩を送ってしまった事を少し後悔するのだった。



 悪魔との契約条項 第六条

悪魔の力にも、限界が存在する。

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