2.無意味
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
目を覚ますと、そこには海が広がっていた。
ここに来るのは、とても久しぶりな気がする。シトは押し寄せてくる波の中で、膝を抱えてうずくまっていた。隣ではポセイドンがあぐらをかいて、水遊びをしている。
「なあ」
波の音だけが響く世界の裏側のような静かな空間に、ポセイドンの透き通った高い声がぽつりと落ちる。
「なんで、カルディア隊に入るって言わなかったんだ?」
ポセイドンはほっそりとした指先で、水を掴みながら、広がる海の先を見つめている。つい、ポセイドンの視線の先をシトも追った。
「俺、怖いんだ」
「怖い?」
「あれだけポセイドンとも、叔父さんとも、強くなるために稽古をたくさん……たくさん頑張ったのに、実際、全然戦えなかった。叔父さんがあの場から俺を逃がしたのも、俺じゃマ神リモゥに勝てないってわかってたからだ……」
嫌でも身にしみてわかる。情けないほどの己の弱さ。
ポセイドンがシトをまっすぐに見つめる。形のいい眉が下がり、青い瞳が頼りなく揺れる。風に吹かれるろうそくの灯のようだ。
「俺は……弱いから、カルディア隊に入っても、マ神を倒せずに、何もできずに死ぬかもしれない。でも、死ぬことが怖いんじゃない。何も叶えることができないまま、死ぬ間際に、俺の人生は無意味だったと思うことが怖いんだ……」
死の淵に立たされた時、シトの胸の底から湧き上がってきたのは、十二神人として与えられた自分の人生に対する絶望だった。
生まれながらに業を背負い、力を得た。自分を命と引き換えに生んだ母、自分を育てるためにすべてを棄てたルーアス、母を奪われたスイアの苦しみ。その重さすべてをシトは抱えていかなければならない。
けれど、それだけの重さを抱えるには、あまりにも弱く、もろい。何もかもが。
「叔父さんや母さんが俺に託したこと全部……無駄になるのが怖い。俺の人生って、何だったんだろうって、思うことが怖い。ポセイドンに……こいつを選んだのは間違いだったって思われるのが怖い」
シトが立てた膝に顔を深く埋めた。もう何も聞きたくない、感じたくない、見たくないと全身で叫んでいるようだった。
何度ポセイドンに罵倒されても、蹴り飛ばされても、立ち上がってきた。瞳の奥にぎらりと光る負けん気を宿したシトはどこにもいない。
今、ポセイドンの目の前にいるのは、自分の弱さに打ちひしがれた、ただの十四歳の子供だった。
感情が、波のように押し寄せる。黙ったままでは、いつしか波に溺れてしまいそうだ。海の神が情けない。
「……シト。お前がどんな決断をしても、私はお前についていくからな」
シトは顔をあげようとしない。
「だって、私はお前の……」
二人を囲う海はいつも静かだ。風もなく、肌をそっと撫でる波が穏やかに生まれては消えるだけ。
どうしてだろうか。今だけは嵐の中の荒れる海に巻き込まれていたかった。
騒がしい波音に紛れて、胸のわだかまりすべてをシトに話せたかもしれないのに。
本当の気持ちを話すには、あまりにもこの場所は、静かで、寂しすぎる。
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