15.たった一人の
出産はラルラの自室で行われた。診療所に行けば、生まれた子が十二神人だと分かった時点で取り上げられ、マ神に伝えられて殺されてしまう可能性が高い。ラルラの死後、二人を引き取ってくれるという夫婦とスイアを居間で待たせ、ルーアスはラルラの出産に立ち会った。
ラルラが重たい絶叫を何度かあげたあと、赤子が生まれた。十二神人の証である全身に青く光る紋様をまとい、その子は産声をあげた。
胸が震えた。ひとつの命が生まれた感動よりも、ずっと深く濃い感情が湧きあがる。
この子が、世界を変えるかもしれない――期待。
「……ルーア……ス」
ラルラが額に浮かべた汗をそのまま、ルーアスに手を伸ばしていた。息が浅く、顔が青ざめている。ルーアスが赤子を渡すと、ラルラが顔をぐちゃぐちゃにして笑った。
「ありがとう、ありがとう、産まれてきてくれて」
泣き叫ぶ赤子の声を聞いて、部屋にスイアと夫婦が入ってきた。スイアはベッドに駆け寄り、涙を浮かべながらラルラの名を呼んだ。
産まれたばかりの赤子に見向きもせず、「おかあさん」と呼び続けるスイアにはすべてが分かっていたのだろう。遠くへ行ってしまった母親を探して泣きわめく獣のようだった。
ラルラから赤子を受け取る。力なくラルラが目を閉じた。
「いやだ! おかあさん!」
スイアがラルラの手を握る。どれだけ力強く握っても、ラルラは握りかえしてこなかった。
「しあわせに……なってね」
「おかあさんっ!」
「……また……ね」
するりとラルラの手がシーツの上に落ちる。嗚咽をあげて泣くスイアの背中をこれから新しい母となる女性がやさしくなでた。
「ルーアスくん」
悲しい色を瞳に宿し、男性が話しかけてきた。ルーアスは涙を流しながら、ラルラの死に顔を見つめていた。胸に抱いた赤子だけがこの場にそぐわないほどの大きな産声をあげている。俺は産まれたんだと、全身で叫んでいるようだった。
「スイアくんとこの子は……ぼくたちが責任をもって……」
「嫌です」
「は」
ラルラの死に顔を見つめたまま、ルーアスは答えた。
「スイアとこの子は俺が育てます」
十二神人を産んだ母親はマ神への反逆罪として、殺されてもなお、見せしめとして街中を馬で引きずり回される。十日引きずり回された後の死体は本当にこれは人間であったのかどうか疑ってしまうほどだ。
ルーアスは人知れずラルラの死体を夜の河原でそっと燃やした。家に置いてくるわけにもいかず、連れてきたスイアは炎に包まれた愛する母をみつめ、静かに泣いていた。静かに泣くしかなかったのだろう。もう声は枯れて、ただとめどない涙だけが流れている。
耳元に温かい息がかかる。ルーアスに背負われた生まれて間もない赤ん坊の、波打ち際のような穏やかな寝顔が炎に照らされた。
この子が世界を変えるかもしれないとすべてを託してラルラは死んだ。マ神を滅ぼし、正義を全うできる世の中になることを望んだのはラルラではない。ルーアスだ。
ラルラは幸せに生きるはずだった。マ神が治めるこの世界でも愛する人をみつけて、子供を産んで何の問題もなく生きていくはずだった。
けれど、マ神が人間の知らないところで、何か企んでいるかもしれないと根拠のないルーアスの妄想を信じて死んでいった。
「……姉さんを殺したのは、俺だ……」
鱗が剥がれ落ちていくように、涙がぽろぽろ落ちた。スイアは炎をみつめていて気付いていない。背中の赤ん坊はぐっすり寝ている。
ユリアが命がけでのこした子供たちを、他人に任せる気には到底なれない。
夢も矜持も未来も捨てて、この子たちの親になろう。
今まで積み上げたものすべてを棄てる。
たやすいことだ。
ユリアは命さえ捨てた。
自分の居ない未来のために。
どこまでも愛情深い人。たった一人の家族。
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