11.真実
「シト!!」
気付かなかった。内側で聞こえた少女の声も、ルーアスの叫び声も。
背中の中心から脳天、手足の先まで激しい痛みが駆け抜けた。
背中が燃えるように熱い。自力で立つ力を奪われて、その場に倒れ込んだ。激痛のあとにおとずれる痺れのせいで指一つ動かせない。
何が起きた。
状況を理解する前に、目の前に突きつけられた鋭い切っ先。
「おとなしくしろ」
視線だけで見上げた。鉛色の服を着た兵士。
すぐに分かった。こいつらは、マ神の――。
バレたんだ。十二神人であることが。
どうして。
耳元で電流の弾ける音がした。別の兵士が持っているのは、長い柄の先に尖った石がついている武器。その周りを青い火花がじゃれるように光っていた。
ぞろぞろと集まってくる兵士がシトを取り囲む。シトは刃を向けている兵士を思いきり睨みつけた。
「お前らが……あんなひどいことを!」
許さない。許せない。
みなぎってきた負の感情で、起き上がろうと地面に腕をついた。兵士たちが怯えたように後ずさる。もう一度吠えてやろうと顔をあげた時、再び背中で火花が散った。
「あああああああああああっっ!!」
地面に顔面から落ちる。全身が焦がされていくような痛み。
おとなしくなったシトを確認して、兵士が一歩近づいてきた。
「シト!」
兵士ともみ合っているルーアスが叫ぶ。シトの元に駆け寄ろうとしても、兵士たちに邪魔をされて思うように動けていない。
「シト! 今、助けてやる!」
「おじ……さん……」
「おいこいつ、
「普通の人間なら二回刺せば確実に気を失うんだがな。十二神の力で抵抗されたら面倒だ。手足くらい切り落としておくか」
一人の兵士がシトの右腕めがけて剣を振り上げた。
力が入らない。身体に痛みだけが蠢いている。自分の腕に下ろされる切っ先から目をそらした。
その時だった。
「やめろ」
声が聞こえて、剣が腕に触れる寸前でぴたりと止まる。取り囲んでいた兵士の奥から現れたのはマ神リモゥだった。
兵士が道を開け、リモゥが妖艶な笑みを浮かべながら、シトの前にやってきた。兵士の一人が無理やりシトの身体を起こし、背後に腕を回して締め付けてきた。痛みで顔をゆがめる。
「可哀想に。随分と弱ってるじゃないか」
「申し訳ありません。て、抵抗の意志があったので念のため……」
刹那、バキィっと砕ける音が響いた。リモゥが先ほどシトの腕を切り落とそうとした兵士の腹を殴ったのだ。リモゥの腕は兵士の腹を貫通していた。
「……あ……ぁ……」
「神を殺す者が神を恐れてどうする。貴様のような弱い奴は私には必要ない」
兵士が倒れる。
痛みで動かなかったはずのシトの指が震えた。唇が震え、瞳に涙がたまる。
痛みを恐怖が塗り替えていく。
「殺してはいけないよ。ただ殺すだけじゃまた逃げられるだけだ。その気になれば、神は容易に人間を棄てるからね。生かしたままアジトに連れ帰るんだ」
「はっ!」
リモゥはシトにほほ笑んだ後、ゆっくり振り返った。兵士に捕らえられ、動きを封じられたルーアスを見つめる。
「……まだ生きていたんだね。どこぞで野垂れ死んだのかと思っていたよ」
「お前こそ、自分の欲を満たすためだけの横暴を性懲りもなく続けているんだろ」
「貴様っ!」
ルーアスの首に兵士が剣を突きつけた。それをリモゥが制止する。
「構わないよ。私とこいつは古い仲なんだ。どうだ、少し話をしないかい」
「お前と話すことなど何もない。シトを放せ。でなければ殺す」
「……そうか。話す気はないか。残念だ。なあ?」
リモゥが振り返り、シトの背後に呼びかけた。
そうして現れた人物にルーアスが瞳を大きく見開く。
「……スイア?」
スイアと灰色の瞳の男が歩いてきた。スイアは長い前髪の隙間からシトとルーアスをみた。
そして。
「あはっ、はははははあっ、はっはは、あ、あはっはっはっはははっ」
こらえきれず、壊れたおもちゃのように笑い出すスイア。
「兄ちゃん……?」
状況が理解できない。
どうしてスイアがリモゥたちと共にいるのだろうか。
どうして捕らわれているシトとルーアスをみて笑っているのだろうか。
どうして、どうして。
説明を求めるようにスイアをみていると、隣にいる灰色の男と目が合った。男はシトをみると顔をしかめ、白いハンカチで口元を覆う。
「けがらわしい……厄災め」
突き飛ばされたような衝撃だった。たしかに、自分自身に向けられた言葉。
ずっと恐れていた。十二神人であることがばれて、大好きな島の人に、嫌いだと言われること。
嫌いだ、消えろ、死ね。
言葉の弾丸は、電気をあびせられるより、手足を切り落とされるよりも酷く惨く、シトの心を痛めつけるだろう。
スイアはルーアスの前に立つと、白い歯をみせて笑った。
「僕だよ。シトが十二神人だって教えたのは」
「……なんで、そんなこと……」
「なんでだって? 普通のことだろ? こいつは厄災なんだ。厄災は滅ぶべきだ。世界を守ることに貢献したんだよ」
「……」
「あんたよく言ってただろ。正義のために生きることが大事だって」
「……」
「僕は正義を全うしたんだよ」
「違うっ!!」
ルーアスが恐ろしい形相でスイアを睨みつけた。捕らわれていなかったら飛び掛かっていきそうな勢いだった。スイアがびくりと肩を震わせる。
「お前は……っ、家族を棄てた!! そんな奴が正義を口にするな!」
「……家族だって、そう思ってんのは、あんただけだろっ!」
スイアが思いきりルーアスの顔面を殴った。潰れるような音が静かな夜に響く。抵抗できないルーアスをスイアが夢中で殴りつける。血が辺りに飛び散った。
「やめ……やめろ、やめ……っ」
恐怖か、痛みか。声が上手く出ない。
ルーアスが殺される。スイアに。今、目の前で。
「僕はっ、ずっとシトを殺したかったっ! ようやく、ようやくこの時がきたんだっ! 僕のすべてを奪ったシトのっ、すべてを奪えるっ!」
倒れたルーアスの顔面をスイアが踏みつける。顔中が血だらけだ。
スイアが息を弾ませながら、シトの方を振り返った。青白い肌に血がついている。瞳は白く濁って、興奮しているのか瞳孔が開いていた。不気味だった。
「なあ、きっとこれが、最期だよな? 僕とお前の」
目が逸らせない。
「最期にお前にとっておきの秘密を教えといてやる」
聞いてはいけない。脳の奥で警鐘がなるのに、聞きたいと鼓膜がうずく。
だめだ。だめだ。聞いてはいけない。
「やめ……るんだ、スイア……」
「お前の母親は」
「スイアっ……!!」
「お前を産んだせいで死んだ。お前が殺した」
「……」
たった一言で、これまでの思い出がてのひらから零れ落ちていくようだった。
鼻先に冷たいものが当たったかと思えば、足並みを合わせるように数滴しずくが落ち、それはすぐにどしゃぶりの雨になって、シトたちを濡らした。
轟音の雨の中で、スイアだけが楽しそうに笑っていた。
「はあああ、やっと言えた。やっと、お前に絶望を浴びせられた。お前は今から死ぬんだ、絶望の中で。幸せな記憶なんか全部忘れて」
スイアがシトに歩み寄り、顔を覗き込んできた。
「そのくらい当然だよな? だって、お前は僕からすべてを奪ったんだから。僕もお前からすべて奪ったっていいよな?」
「……俺が、産まれたから……母さんが……」
「お前の大好きな叔父さんも、お前を育てるために夢を諦めて軍人を辞めた。それなのに、お前は毎日幸せそうに生きてる。奪われたものの悲しみを考えもせず」
身体にあたるのは、雨か、スイアの言葉か。
頬を伝う雫は、雨か、涙か。
母親の命を奪って生きて、スイアの親を奪って生きて、ルーアスの夢を奪って生きた。
なんだよ、それ。笑わせるな。
大切な人の、大切なものを奪って。
もうとっくに、厄災として生きてきてたんじゃないか。
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