5.気になる手紙



ある夜、いつものように稽古を終え(ルーアスの勝利)風呂から上がると、ルーアスが真剣な顔で手紙を読んでいた。

シトに気付くと、慌てて手紙を傍に置いていた本の下に隠す。珍しく動揺している。


「なにそれ、もしかしてラブレター?」


わざとからかう口調で聞けば、ルーアスはご機嫌にうなずいた。


「ああ、そうだよ。ロザリーさんの一人娘のアイビスさんから」


アイビスは島一番の美人といわれている。


「ほんとかよ! アイビスさん、おっさん好きなのか……」

「ははは、人の趣味嗜好は自由だろう」


椅子に座り、テーブルにならぶ夕食をみて、よだれが出そうになった。

今日の夕食は、シトの大好物のムサカだ。表面がところどころ水たまりのように丸く濃く焼けたチーズを割ると、湯気が出てきた。


ぎっしり詰まったひき肉と口の中に広がるトマトの酸味。ほんのり感じる赤ワインの大人の味が舌で溶ける。

美味しいと言葉にするのも忘れて、ムサカを貪り食う。正面に座っているルーアスがにっこり笑ってシトを見ていた。

ふと、テーブルの端にムサカが半分残った皿が置いてあることに気付く。


それが誰のものなのか、すぐに分かった。


スイアだ。


スイアがシトとルーアスと食卓を囲むことはない。シトとルーアスが稽古をしている間に、こっそり部屋から出てきて夕食をさっさと食べてしまう。稽古が無いときは夜中に食べているのか、朝起きたらお皿の中身が少し減っている。いつもルーアスは残飯をゴミ箱に捨て、ひどく寂しそうにスイアの皿を洗っていた。


シトの視線に気づいたのか、ルーアスがスイアの皿を隠すように流し台に持って行ってしまう。


「……大丈夫。スイアのことは私が何とかする」


自分自身に言い聞かせるような言い方が気になった。

しかし、シトが何か言おうと口を開こうとするよりも先に、ルーアスがシトの使っている皿より一回り大きな皿を差し出してきた。そこには湯気の立つできたてのムサカがある。


「これ、君の神様の分。いつも綺麗に食べてくれるから作り甲斐があるよ」

「……この量をあっさり食べちゃうんだもんなあ。神ってみんな大食いなのかな」


見た目はシトとより少し幼く見えるのに、あの少女の胃袋はシトより、ルーアスよりもいろいろなものがよく入る。神は見た目も胃袋も老けないんだろうか。


「本当は直接お礼を言いたいんだけど、私は会えないし、姿も見えないから。いつも綺麗に食べてくれてありがとうって代わりに伝えといてくれ」

「言わなくても伝わってると思うけど」


少女はシトの中にいる。ルーアスの優しさもシトと同じように身近で感じているだろう。ルーアスは小さく笑うと、ぽんとシトの頭に手を置いた。


「それで? シトはいつになったら私を倒してくれるのかな」

「あ、明日! 明日こそ!」

「それ昨日も聞いたなあ」

「う……」

「楽しみにしているよ。シトが私を倒す日がくることを」


ルーアスの笑顔に心が切りつけられるようだった。


ほとんど毎日稽古をしても、一向に成長している気がしない。稽古の終わりはいつも地面に転がって何ら変わらない平和な空を見つめていた。


――センスがないとしか。


あの日言われた言葉がよみがえる。

ルーアスに勝てない。神法もまともに使えない。

こんな出来損ないはカルディア隊に入っても少女の言う通りお荷物になって死ぬか、マ神にさっさと殺されるかのどちらかだ。


嫌だ。そんなのは耐えられない。


シトは素早くムサカをかきこむことで、自分の中に浮かんだ絶望の匂いを無理やり消した。


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