第28話 母親はラスボス思想
今回の騒動はひとまず終戦となった。
後始末については待機していた退魔師協会がなだれ込んできて、テキパキと終わらせていく。関係者――というか隠れ里の住民を次々と拘束し、連れて行っている。
「お疲れ様なのじゃ、旦那さま」
ましろが俺をねぎらってくれる。が、俺は力なく地面にあぐらをかき、肩を落としてうなだれていた。原因はもちろん……こいつらだ。
「もう! 今回もシュウくんは変身してくれなかったー! はぁ……今回は大チャンスだと思ったのになー」
「仕方ないさ、ミホっち! いつか修一だってわかってくれるよ!」
「わかってたまるかぁ!」
俺は叫ぶと同時に、ばあちゃんがこっそり撤収しようとしているのが見えた。
「おい、ばあちゃん! あんたの娘だろ! なにしれっと俺に押しつけて逃げようとしてんだよ!」
「しっ! あんたの母親だろう! あたしャ知らないねェ!」
だが、逃げ切る前に、おふくろは魔法少女パワーで回り込んだ!
「あ、もう! ママも逃げないでよー! ほら、ママ用の変身アイテム! ちゃーんと持ってきてあるんだから――!」
ふん! と、ばあちゃんは本気の砂塵を噴出して逃げ出す。強烈な砂の竜巻が――
「って、ばあちゃん! 少しは手加減しろよ! どんだけ嫌なんだ!」
俺は大急ぎで立ち上がる。
台風のような超巨大な砂塵の竜巻を一刀両断にした……ばあちゃんの気持ちはわかるけど、なんで味方にこんな大技を放ってんだ俺は……。
そして砂が晴れたとき、当然のようにばあちゃんの姿は消えていた。
「ほんと早業だな」
もう離脱してやがるし。俺もさっさと逃げればよかった……! いやでも、さすがにましろを置いてけぼりにするわけには……!
「え……ちょっとまって、これ、なにが起きたの……?」
委員長がフリーズ状態からようやく回復したらしく、呆然とした口調でつぶやいている。
「うむ、すまぬのう。どうやらわしの巻き添えを食らわせてしまったようじゃ」
ましろがやって来て謝る。
「ま、ましろちゃん!? っていうかここどこ!? おうち帰れるの私!?」
「心配せずとも旦那さまがすべて終わらせてくれたのじゃ。約束どおり、ちゃんと家まで送っていくから心配せずともよいぞ!」
「ほ、ほんと!? よ、よかったぁ……」
委員長は心底安堵した顔で息をついた。
一方、俺のほうはまたしても緊張の一瞬が来ていた。なぜって? ましろの母親がそこにいるからだよ!
「あっ、すみません! すぐ解きます!」
俺はましろの母親の拘束を叮嚀に、そして綿貫さんのほうはついでだったので雑に叩き斬って解除した。
「ちょっとー! 先輩退魔師の扱いが雑じゃない?」
「なんで捕まってんですか、綿貫さん。俺よりベテランでしょうに」
「退魔師業界じゃまだまだ新米だよ。修一くんよりキャリアが十年くらい長いってだけで先輩扱いしないでほしいかなー」
「自分から先輩退魔師とか言っといて!」
ともかく、俺はましろの母親と向き直る。
「あの、はじめまして。鏑木修一です」
ましろの母は、優しげな微笑を浮かべた。
「昔よりもっと成長してるね。我が娘ながら、本当にいい男を捕まえたものだわ」
「あ、母さま。その件なのじゃが、わし実はまだ旦那さまのこと落とせてなくて――」
「いや落とされてるよ」
俺が言うと、ましろは目を丸くした。
「そんな驚くことないだろ? そりゃ――めちゃくちゃかわいい女の子に迫られて、落ちないやつとかいないだろうし……」
「ど、どういう心境の変化じゃ? 旦那さま……わりと頑なだったような」
「単純に、ましろがさらわれたと聞いて――頭に血が上って突撃してたからだよ。自分で自分をごまかせなくなってきた」
実際、あそこまで激情にかられといて「なんとも思ってないです」「ただの友人です」は無理がある……。さすがに認めざるを得ない。
「俺はましろに惚れてる……ぶっちゃけさ、出会った時点でかわいい子だなって内心思ってたし、あの時点で……本当のところ好きだったのかもしれない」
「え? じゃ、じゃあ再会した時点でわしをかわいいと――」
「違う」
ましろはきょとんとした。
「最初に、十歳のころ会ったときからだよ」
へ……? と、ましろは呆けた表情をしたあと、顔を真っ赤に染める。
「ましろの話だと、なんかクールな感じになってたけどさ……あのとき、俺かなりテンション上がってたんだよ。めちゃくちゃかわいい女の子をさっそうと助けて、運命の出会いみたいだ! って感じでさ。『また会えないかな』とか、しばらく考えてた」
「え、じゃ、じゃあ――」
ましろは俺に詰め寄った。
「なんで再会したとき、あんなに頑なだったんじゃー!? 運命の再会ならもっと喜ぶもんじゃろう!?」
「そこに突っかかんの!? いやだって――あのときは、誰かと結婚するわけには行かないと思ってたから……」
「そこじゃ!」
ましろは俺を指差し、じっと顔を見上げてくる。
「なんでいきなり翻意したんじゃ? そもそもなんで結婚したくなかったんじゃ?」
「それは……」
『単に惚れた女ァ守る自信がなかったッてだけだよ。大した理由じゃァないさ』
ばあちゃんの声だ。見ると、地面に砂が渦巻いて、そこから音声が流れてきていた。
「帰ったんじゃなかったのかよ?」
『もちろん駄菓子屋に帰ってるよ。当然じゃァないか。魔法少女なんてたまったもんじゃァないからねェ。ただ、面白そうだから口出しはしとこうと思ってさ』
「いい性格してるよ、ほんと」
「で、お祖母さま……自信がなかったとはどういう意味じゃ?」
『そのまんまの意味だよ! あたしの亭主は昔、大晦の月のケモノとやり合って相打ちになっててねェ……うちの流儀は鏑木流兵法だけど、昔ァ月狩りの太刀なんて言ったもんさ。月のケモノとの戦いは、一族の宿命みたいなもんなんだよ』
「じゃあ、旦那さまはわしを巻き込まないために?」
『そんな殊勝なもんかい! 単に惚れた女を守り切るだけの自信がなかっただけさ。なによりあたしの亭主みたいに、自分ひとり逝っちまって妻に悲しい思いをさせちまうんじゃァないか……ッて妙なところで気ィ使ってただけだよ』
そうだろ修一! と、ばあちゃんに言われるが、俺としては答えづらい。
「別にそれだけじゃないけどさ。ただ、今回みたいな事件があったから、もうましろは俺とは無関係に安全じゃないんだと思って――」
『ああ、安全性ッてェ点に関しちゃァ、確かにそのとおりだろうねェ。白狐を使えば強力な月のケモノが召喚できるとわかった以上、その子ァもう当事者だ。どんな難しい術だろうが、できるとわかった以上は解析され研究されるのが定めだからねェ』
「いつか、わしのような白狐がたくさんさらわれて、召喚の触媒にされる日が来るのかのう?」
ましろが神妙な顔をして言った。ばあちゃんは愉快そうに笑う。
『ハッハ! まァ、そうなるのは相応に時間が経ってからさ。難度によって実用化の年数は激変するしねェ。ただ、ずっと誰も使えないままッてこたァないだろうよ。いつかは誰かが使えるようになる。そいつァもう確定事項さ』
「わしではなく、わしの子や孫、子孫が白狐なら……」
『そうだねェ。確実に厄介事に巻き込まれるだろうよ。だからこそ、修一もようやく腹ァくくったッてェわけさ。あんた自身が研究目当てでさらわれるリスクだって当然あるんだ。自分と関わらないほうが安全だ、なんて馬鹿げた妄想を一蹴するにゃァ十分すぎるほどの事実だよ』
ま、もっとも――と、ばあちゃんは意地悪く言った。にやけたツラが目の前に浮かぶほどの声だ。
『どうせ修一は耐えらんなかったろうよ。もしあんたが修一以外の男に嫁ぐ、付き合うッてェなったら、間違いなく躊躇ゼロで略奪してたろうさ。なんなら相手の男を殺しかけて問題を起こすだろうしねェ』
「さすがにそんなことやらねーよ!?」
『いいや、あんたはやるよ!』
ばあちゃんの声は確信に満ちていた。
『あたしの亭主がそうだったからねェ』
「俺はじいちゃんじゃねーぞ?」
『ああ、あんたはあの人と違って理性的だ。誰彼かまわず突っかかるってこたァないだろうさ。でも修一……ちょいと想像してみな? あんた、ましろちゃんが他の男に抱かれてるとこ想像して――相手の男をただで済ますのかい?』
「いやまぁ殺すけど」
「殺すの!?」
そばで聞いていた委員長が突っ込んだ。
「ちょっとましろちゃん!? なんか鏑木くん思ってたよりヤベェやつなんだけど!?」
「旦那さま、そんなにわしのこと取られたくないんじゃな!」
目を輝かせるましろ。
「あ、これ似た者夫婦ね……」
委員長は呆れ顔だ。ばあちゃんは呵々大笑した。
『そういうことさ! どうせ一目惚れしてたんだから、さっさと自分の気持ちを認めて娶っちまえばよかったものを。まったく……えらく時間がかかったもんだよ』
「『時間が』って言うけど――ましろが来て二日目だぞ!? 昨日再会して即『結婚しようぜ!』はさすがに……!」
『どうせ決まったことなんだから早いほうがいいじゃないかい。もとから不満なんてなかったろうに。あんた好みの美人に育ったじゃァないか』
「そりゃそうだし、だからこそあっさり落とされたわけだけども……! でもなんていうか――スピードがさ、もう少しじっくり関係を進めていくべきじゃね? 的な……」
『浮世離れしてるあたしらが、なんで浮世の常識に縛られるんだい』
変なとこでこだわりが強いね……と、ばあちゃんはため息混じりだ。
「わしは気にしないのじゃ!」
ましろが優しい笑みを見せる。
「合わせる必要のない浮世の常識に、ある程度は歩調を合わせようとするところも旦那さまのいいところだと思うのじゃ」
『まァ夫婦のあり方なんてェのは人それぞれだ。あんたらが納得してるッてんなら別にあたしが文句をつける筋合いはないけどねェ……』
でも修一……と、ばあちゃんは真剣な声で言った。ふざけた調子のない、警告の音声だ。
『妻が許してくれるからッてェあんまり甘えるんじゃァないよ? 不満ッてやつァ日頃の鬱憤としてたまっていって、あるとき爆発するもんだからねェ。ちゃんと嫁の要望も聞いてあげるんだよ?』
「わかってるよ、一応……」
『一応じゃァダメなんだよ! 肝に銘じておきなァ!』
「は、はい! わかりました!」
俺は慌てて答えた――先達からのありがたいアドバイスだ。
〔ばあちゃん……意外とじいちゃんに不満たまってたりしたのか?〕
ましろに不満たらたらになられてはたまらない。叶えられる要望はできるだけ叶えよう、と俺は心に誓った。
『さてと……それじゃァそこのイカれた娘が余計なことをしでかす前に帰ってきな』
「だからあんたの娘じゃん! 母親ならなんとかしてくれよ!」
『無茶言うんじゃァないよ! あたしにまで魔法少女に変身しろなんてェ迫ってくるヤバい女だよ!? あたしがどうにかできるわけないだろう!? 三十六計逃げるに如かずッてェやつだよ! 触らぬ神に祟りなし! さ!』
「そこはすこぶる同感だけど――」
そういやあの女は!? と俺が周囲を見回せば、委員長をじろじろとながめて深々とため息をついていた。
「うーん、素材はいいのに魔法少女としての資質に欠ける……これじゃ変身できない!」
そう言って、おふくろは力強く拳を握りしめた。
「やっぱり、素質のない人でも変身できるように改良しなきゃ、だね! 人類魔法少女化計画のためにも!」
「なに恐ろしいこと企画してんだよこいつぅ!?」
「えー!? なにが不満なの!? もうシュウくん、考えてみて? すべての人間が美しい少女、それもスーパーパワーを持った美少女になれるんだよ? つまり!」
おふくろは人差し指を立てて、自慢げに胸を揺らす――乳揺れさせないと気が済まないのか?
「みんな老いることも病気になることもなくなるんだよ! 素晴らしいよね! 八苦のうち、老苦と病苦は完全消滅! 病気や老化から解放されれば死苦もだいぶやわらぐよ! 絶対に死なないわけじゃないけど!」
かわいくウインクしおった!
「なにしれっと全人類を不老不死にしようとしてんだ!? ラスボス思想やめろ!」
「なーんで反対するのかなー? ま、いっか! 初めてのことはみんな慎重になるものだからね! でも! あたしは決してあきらめないのだ!」
かわいくポージングを決めるおふくろ――ヤベェ、これ放置していいやつなのか不安になってきた……! なんで母親の行動に不穏な未来を感じなきゃいけないんだ?
『修一、不安はわかるがねェ……退魔師協会だって無能じゃァない。ひとまずこの子らの問題についてはあっちに丸投げしときな! 適材適所ッてェやつさ! うまいこと御してくれることを期待しようじゃァないか!』
「全然安心できねーけど、これ以上は俺の心が持たなそうだからマジで帰るわ」
俺はましろと、ましろの母親に手を差し出した。だが、ましろは躊躇なく手――というか腕に抱きついてきたが、母親のほうは首を横に振った。
「私は遠慮しておく。さすがに新婚の娘夫婦のところに厄介になるわけには行かないからね。とりあえず綿貫のところにでも世話になっとく」
「おっ? さすがに移住を決意ですか?」
綿貫がからかうように言うと、母親は肩をすくめた。
「独り立ちした娘に迷惑をかけるような事態になったら、さすがにね……。もともとあの場所に住んでたのは、ましろが白狐狙いの馬鹿どもを返り討ちできるぐらい強くなるまでの避難所の意味合いが強かったし……」
ちょっと強くなりすぎたけど、と母親はうれしそうに笑う。
「退魔師協会のお世話にでもなるよ。ちょうど人手が必要そうでしょ?」
と、彼女は俺のおふくろを見ながら言うのだった――うん、それはそう。
「この人の暴走を止めるのは骨なんで、助かりますけどね」
綿貫さんが苦笑する。
「まっ、そういうわけなんで、修一くんは気にせず行っちゃって。結婚おめでとう。私は結婚どころか未だに恋人すらいないけどね?」
「最後の一言いります?」
「いる」
と、綿貫さんは断言する。俺は微苦笑した。それから、
「娘さんは必ず幸せにします」
と、ましろの母親に宣言する。そして俺はましろと翔太、サラマンダー、さらに委員長を連れて転移した。
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