第27話 そこじゃねぇんだわ
〔いったいなぜこんなことになってしまったのか……〕
ましろたちが駄菓子屋を出ていって、しばらく経ってからのことだ。俺は強大な霊力の出現を予感した。
ばあちゃんに結界やら退魔師の育成やらについて、あれこれ相談しているときのことだった。突然、強い霊力の気配を感じたのだ。
なにかが来る――! そんな予感。
即座に、俺は出現予測地点に向けて微弱な電流を放つ。
〔ましろたちの背後に出現する気か……!〕
一瞬、怒りで我を忘れそうになるが、まだ敵かどうかはわからない――いや、いきなりうしろをとっている時点で、どう考えても友好的ではないが、確定したわけではない。
〔長距離転移ならズレが生じるのはよくあることだ〕
だが、出てきた相手はましろにむかって術を放ちやがった……!
〔敵確定!〕
ましろに危害を加えようとはいい度胸だ! 俺は駄菓子屋から飛び出すと、すぐさま現場に急行――したが一手遅かった。
俺が隔離結界に入る直前、中にいる全員が瞬間移動した。
〔バティンによる転移!〕
俺は落雷のごとく転移ポイントに着地して、移動の痕跡を探る。偽装しているようだが、舐められたものだ。
〔この程度でごまかせると本気で思ったのか……!?〕
俺はふたたび微弱な電流を放つ。
ただし、今度は全方向に向けて、だ。電流が伸びる場所すべてが俺の探知範囲だ。たとえ地球の裏側に行こうと居場所はわかる!
「行き先ァどこだい?」
砂塵とともに駆けつけたばあちゃんが、俺に訊く。
俺は無言で、自らの肉体を雷と化して移動してみせた。直線距離でおよそ一〇〇〇キロ。
〔意外と近い場所にいたな〕
さすがに地球の反対側まで逃げられていたら、それなりに見つけるのに手間取った。だが近所(日本列島のどこか)にいるなら話は別だ。苦もなく見つけられる。
ものの数秒で、俺はましろたちがいる隠れ里まで突撃した。
事前に精査したとおり、召喚精霊だけでなく月のケモノの分け御霊までいた。
〔どういう理窟だ?〕
気にはなったが、今はどうでもいい。こいつらを始末したあとで訊けば済む話だ。俺は雷を束ねて槍を作り上げると、結界破壊と同時に雷槍を叩き込む。
月のケモノと精霊を串刺しにし、さらに槍そのものが電撃を発して肉体を黒焦げにする。が――さすがに分霊アダド(バアル・ゼブル)と晦、大晦級の月のケモノは仕留めきれない。
俺は大晦の頭を足場にする。
「おい、なに人の女さらってんだよ……!」
あ、勢いで俺の女って宣言しちゃった。まぁいいか。
「いい度胸してるな、お前ら」
とにかく込み上げてくる怒りを抑えられない。俺のましろをさらおうなんていい度胸だ。
俺は雷を凝縮させて刀を作ると、暴れ出した月のケモノを始末する。
足をつぶし、胴体を輪切りにし、首を斬り落とし――強烈な雷撃で跡形もなく消し飛ばす。だが、大晦だけは仕留めきれずに復活した。
〔さすがに頑丈だな〕
俺は大晦をにらみつけつつ、刃を振るう。何度も斬り刻み、雷撃を浴びせる。だが月光を浴びた大晦の再生力はこちらが思っていた以上だった。
なかなか仕留められない。
だが確実に削れている。このままなぶり殺しもいいが、面倒なので一気にケリをつけたい――と思うが、あまり大規模な大技を使うと周囲に被害が出る。
隠れ里には結構な数の人間がいたし、建物やら壊すことになるし……どうしたものかと思っていたら、ましろがきれいにガードしてくれていた。
俺の斬撃、雷撃で被害が及ばないように、妖術を使って障壁を作り、場合によっては人を移動させて、うまいこと怪我人が出ないよう、隠れ里が壊れないように立ち回ってくれている。
「ふふん! 夫を支えるのは妻の役目じゃからな!」
俺の戦いに割り込まず、ましろはサポートに徹していた。
〔ありがたい〕
これなら一気にケリをつけられる――が、せっかくのましろとの共闘だ。もう少し一緒に戦っても……などと思っていたら、ばあちゃんから警告が来た。
「修一! さっさと片づけな! でないとあんたにとって恐ろしいことが起きるよ!」
「はぁ!? 恐ろしいことってなにが――」
答えかけた俺は、即座にそれが来たことを知った。屋根の上に――いる! 来てやがる! なんで!? よりによってこのタイミングで!
俺の口から自然と悲鳴が飛び出てくる。
「ど、どうしたのじゃ旦那さま?」
ぎょっとしたましろが、俺に近寄ってきた。
「く、来るな、ましろ! すぐに逃げないと――!」
俺はましろの手を取って退避しようとするが、
「心配しなくても大丈夫だよ、シュウくん!」
と、ふりふり服を着た(見た目は立派な)魔法少女が言った。
「そのとおりさ! 心配せずとも、僕たちが来たからにはもう安心だ!」
もう一人の(見た目は立派な)魔法少女も口をはさんだ。そうして、実に見事な連携で大晦のケモノに襲いかかると、またたく間に拘束してみせた。
「お前らが来たから安心できねーんだよ!」
俺がキレ気味に言うと、ふたりとも大笑いしやがった。
「もう、シュウくんはほーんと素直じゃないんだから!」
「思春期男子は難しいのさ! まして好きな女の子の前とあってはね!」
「んなわけあるかぁ! 思春期だろうが惚れた女の前だろうが関係ねぇよこんなもん! むしろあってたまるかぁ!」
「落ち着くのじゃ、旦那さま」
ましろが俺に抱きついて、よしよしと頭を撫でてくれる。
「いったいどうしたのじゃ? あのふたり――」
ましろは目をすがめる。
「どことなく旦那さまに似ておるし、妹さんかのう? かわいらしい装いではないか」
「……妹、だったらどれだけよかったか――!」
俺はしぼり出すように言った。
「あのふたりは――」
だが俺が説明する前に、あのふたり普通に自己紹介しやがった……! 恥の概念がないのか……?
「どうもー! ましろちゃん、はっじめましてー! シュウくんのママやってます!
「僕は修一のパパやってる
「やめろぉ!」
俺は泣きたくなってきた……。どうして、こんな、こんなことに……!
「旦那さまの……ご両親?」
ほら見ろ! ましろすらめっちゃ困惑してるじゃん!
「やめろよそれぇ! もう、本当にもう……! なんでその恰好でよりにもよって出てくるんだよ! 頭おかしいのか!?」
「ダメだよシュウくん! 油断大敵なんだよ?」
「そのとおりさ、修一! 敵は大晦! 万全を期して――!」
「俺のメンタルがガッタガタになってるよ! 普通にこの場の最高戦力が動揺で震えてきてるわ!」
「心配することないよ、シュウくん!」
そんなときこそこれ! と、おふくろ(あんまり認めたくない)は俺にファンシーなデザインのステッキをぶん投げてきやがった。
「さぁ変身よ!」
「するかぁ!」
俺はステッキを地面に叩きつけた――くそがぁ……! 全然壊れねぇ……!
「んもぅ、シュウくんったら相変わらず恥ずかしがり屋さんなんだからー! ちゃんとナオちゃんを見習ってよー!」
「修一! 君も一度、魔法少女に変身してみればわかる! あふれ出るパワー! 普段とは比較にならないほどの素晴らしい力が――」
「だからなんだよ!? なにが悲しゅうてTSして戦わなきゃならんのだ!?」
「え、TSって……女体化しておるのか?」
完全にましろがぎょっとしておられる……!
「そうだよ! 親父ぃ! 男としてのプライドはないのか!?」
「ふむ……なるほどね? ミホっち、どうやら修一は女装魔法少女のほうがよかったみたいだよ?」
「えー? シュウくんって結構マニアックな趣味――」
「人の発言を曲解するなぁ!? そこじゃねぇんだわ!」
俺の不満は! と、俺は二人を指差す!
「まずおふくろ! あんた年を考えろよ! なんで四児の母親が! 高校生の息子がいる四十歳の女が悪びれもなく魔法少女に変身できるんだおかしいだろ!? 普通はもっと恥ずかしがるもんだろうが! せめて正体を隠せ! 隠そうとしろ!」
「まわりに知られてはいけない……! つまり、ましろちゃん相手に正体バレイベントをしてみたかった……ってこと!?」
「違うわぁ!」
俺は絶叫した。
「そして親父ぃ! 百歩! いや一億歩ゆずっておふくろのほうは、まぁいいよ! パワーアップするのは事実だし! 昔からそういうスタイルですってんなら……まぁ、納得するよ嫌だけどな! でも親父はもっと拒否しろよ! 嫌がれや! なに喜々として変身してんだよ!?」
「修一、魔法少女の力は素晴らしいぞ!」
「うるせー! 引きずり込もうとするなぁ!」
あああ……! こいつらが近くに来ているとわかっていたら! まわりの被害なんざ知るかで速攻で片づけたのに! もうちょっとましろと共闘してたい、なんて欲をかいたばっかりに……! なんてことだ!
「もー、しょうがないなー、シュウくんは!」
じゃあましろちゃん! と、おふくろはましろにむかってファンシーなステッキを投げつけてきやがった……!
「さぁ変身よ!」
え……? と、ましろは当然のように困り果てた顔でステッキを片手に俺を見る。
「なんでましろの分があんだよ!? あんたのそれ! 血縁者とか限定じゃないのか!?」
「ふっふっふー! びっくりした? あたしの能力はね、日々成長しているのだ!」
おふくろは自慢げに胸を張る――母親の乳揺れを見た息子がどう思うか、わかるか? 自重してくんねぇかな、だよ!
「ミホっちは日々の研鑽を怠らないのさ! 彼女はついに! 素質ある者なら誰でも変身できるよう、さらなる改良を施したんだ!」
魔法少女が世界を制す日も近い! と、親父まで胸を張る――父親の乳揺れを見た息子がどう思うか、わかるか? 揺らすんじゃねぇよ、ぶち殺すぞ! だよ!
「ましろちゃん! あなたには才能がある! あたしにはわかるの! さぁ一緒に戦おう! 魔法少女として!」
「んー……魔法少女、正直興味ないといえば嘘になるが……」
「え、変身するのか!? ましろ!? マジでやるんか!?」
「あ、いや……旦那さまが嫌なら――!」
「いやいやいや! ましろがやりたいなら、俺に遠慮することはないぞ? そりゃあ……」
俺は自分の両親を見た。不老長生の術で若返っている……というより十代前半の姿を保っているから、俺より年下に見える。
「確かに複雑な心境だけど、それはあのふたりが俺の両親だからで……! 別にましろが気にすることはないんだ。ましろが魔法少女やってみたいなら俺は止めないよ。ただ」
「ただ?」
「俺は絶対に変身しないから。頼まれてもそれだけは絶対にしないし、魔法少女ユニットも組まない。そこだけははっきり宣言しておく」
「あー……うむ。そこはわしも同感じゃ。そもそも旦那さまが男でなくなるのは妻としても困るしのう」
「フフフ……甘いね、ましろちゃん」
親父が言った。
「僕は変身アイテムの力を応用し、変身を解いても女の子の状態を保っているんだ」
「なんで自慢げに言うんだよ親父? 自慢できることじゃねぇぞそれ?」
俺は冷たく言うが、親父はまったく気にしない。
「そして! 慣れれば女の子の姿のまま生やすことも可能なのさ!」
「なに変な方向にスキルツリー伸ばしてんだよ!? 会得するなそんな技ぁ!」
「むぅ……! それはつまり、ふたなりということかのう……!?」
え、ちょっとましろさん……? あなた普段どんなエロ本読んでたんです!?
「ましろちゃん、TSふたなりっ娘プレイは素晴らしいよー!」
体験したあたしが言うんだから間違いない! と、おふくろがまたしても胸を張った――なんで、俺は両親の性生活について聞かされているんだろう……?
「つーか子供の前でそんな話するなぁ! まさか弟妹たちの前でも同じようなこと言ってんじゃないだろうなおい!?」
「さすがにまだあの子たちには早いよー!」
「『まだ』って、いつかはするつもりかよ!? 絶対やめろぉ!」
などとやり取りしていたら――すさまじい咆哮とともに大晦が拘束を引きちぎって動き出そうとした。
「るせぇー! さっさとくたばっとけや! そもそもお前がしぶといのが悪いんだよ!」
俺は八つ当たりで全力全開の一撃を放つ。
振り下ろした刃は、大晦の体を真っ二つに斬り裂いた。強烈な雷撃が閃光となって辺りに広がっていく。大晦の体が黒焦げになっていくが、まだ終わらない。
ふくれ上がった霊力が、爆発前に収束するように集まる。二つに分かたれた大晦の体に凝縮されていく。
そして内側から破裂するように稲妻が吹き出して、隠れ里からその周辺地域に至るまですべてを雷撃が包み込んだ。
――ましろが、ばあちゃんが、そして……はなはだ不本意だが、両親が守ってくれなければ里もまわりの山々も消し飛んでいただろう。
結界があってなお、それをぶち破るほどの一撃だった。
「やりすぎだよ。まァ仕方ないがねェ」
ばあちゃんが呆れた調子で言う。みんなのおかげで、消し飛んだのは大晦だけで済んだ。ほかにはなんの被害もない。
最後は締まらなかったが……一応の決着だった。
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