第18話 崇拝対象であって、恋愛対象にはならない男

 ひとまず、俺たちは当初の予定どおりばあちゃんの駄菓子屋までやって来た。


「改めまして、赤崎翔太あかさきしょうたです。こっちはパートナーのサラマンダー」


「あ、どうも……尾根葵です。委員長はあだ名なので、葵って呼んでください」


 はにかんだ笑みで、委員長は答えた。サラマンダーがめっちゃにらんでるな……。翔太の顔の高さに浮くサラマンダーに、委員長は微妙そうな顔を向ける。


「えっと、その――なんで、この子こんなに私に敵対的なのか、訊いてもいい……? というか、サラマンダーって確か火の精霊のことだよね? 名前はないの?」


「まだ、名前はないのです」


 サラマンダーは不本意そうな顔で答えた。声に不機嫌さがありありと込められている。


「でも! もうちょっとでわたしも、名前をもてますから!」


「んん? どういうこと?」


「サラマンダーのような精霊は、ある程度成長しないと名前を持てない風習なんです」


 翔太がサラマンダーを手で示しながら説明した。


「この子はまだ……人間でいえば赤ん坊のようなものなので。えっと、精霊の階級については知ってますか?」


「確か三帝とか大王とか……一番下が従僕クラスだっけ? この子は従僕クラスだからってこと?」


「もうすぐマスタークラスです!」


 とサラマンダーは不満げに言う。


「そうしたら――いえ、それでもまだ、おとなの女性にはなれませんけど」


「いわゆる四大精霊はちょっと特殊で」


 翔太が苦笑いを浮かべる。


「成長することで見た目が変わるんです。今は二頭身デフォルメのマスコットみたいなミニキャラサイズですけど、マスター……主人クラスになれば十歳くらいの女の子に、総裁クラスで大人の――といっても十代後半ですけど――女性の見た目に成長するそうです」


「十代後半で大人なんだ?」


「そりゃ浮世と違って昔基準だからな」


 俺が口をはさんだ。


「成人年齢が二十歳って定められたのは明治時代の話だから、一五〇年そこらの歴史しかない。昔基準なら十代後半は立派な成年だ」


「つまり、それ以上成長する意味がない、と精霊からは見なされているわけじゃな!」


 と、ましろが胸を張りながら言った。


「昔基準で一五〇年もさかのぼっちゃうあたり、退魔師の歴史ってすごい古いんだね……」


 若干げんなりした様子で委員長は言った。ましろが小首をかしげる。


「退魔師というより精霊の歴史といったほうが正しいように思うがのう? たかだか一〇〇年二〇〇年で激変する浮世の価値観やら常識やらを気にかけても仕方がない、ということなんじゃろうな」


「そういうと、めちゃくちゃ異種族って感じだけど――」


 委員長は遠慮がちにサラマンダーへ目を向ける。


「それと私が敵視されている理由がいまいち結びつかないというか……」


「なんじゃ委員長? 意外とにぶい――いや、馴染みがないのかのう? そりゃあこの子からすれば立派なライバルじゃ。言うまでもなく、自分の男に色目を使う女なんぞ気に食わんに決まっとるじゃろう? 至極当然の反応じゃ!」


 は……? と委員長は呆けた顔で目を見開く。サラマンダーが唇をとがらせる。


「ちがいます! わたしはショータさんがたくさんの女の子とおつきあいしても気にしません。むしろ積極的にハーレムをつくるべき、とかんがえています。すぐれた殿方は、おおくの女性をはべらせるものですからね」


「ええー!? いやいや、やっぱり独占したいじゃろ!?」


「そういう気持ちも理解はできますが、血をたやさぬことも大事なお役目でしょう? マシロノミコトは、ちょっと独占欲がつよすぎるとおもいます。オサメハジメノミコトの血をたやすのは、さすがにまずいかと……」


「む、むむぅ……! そ、それはわしがたくさん生めばよいじゃろう!? 大丈夫じゃ! 心配せずとも旦那さまの血は絶えん!」


 ましろは大きな胸に手を当てて宣言する。


「いやちょっとまって! なんかツッコミどころが色々ありすぎるんだけどォ!?」


 委員長が声を上げる。


「まず――まず、なに、マシロノミコトって? オサメハジメノミコトって誰のこと!? 鏑木くんの――いや、修一だから『おさめはじめ』……?」


「その呼び方はやめてほしんだけどなー」


 俺はぼやくように言った。


「普通に鏑木とか修一とか……もしくは翔太みたいにお師匠さま呼びとかさ」


「いえ、偉大なるかたに不敬ですから」


 サラマンダーはかたくなだった。


「どうかこのようによばせてくださいませ」


 ぺこり、と彼女は小さな体で一礼する。委員長は唖然とした顔で、


「ミコトって神さまとかの名前についてるアレ? え……? やっぱり実はふたりとも人間じゃなくて神さま的ななにかだったの?」


「なんで『やっぱり』なんじゃ?」


 ましろは眉をひそめる。


「旦那さまは純然たる人間じゃし、わしもただの妖怪じゃぞ? 少なくともやしろはもらってないのじゃ」


 そもそも祀っとる者なぞおらんじゃろう、とましろは微苦笑する。


「で、でもナンタラのミコト――って……! これ、アメノウズメノミコトとかスサノオノミコトとか、そういうのの『ミコト』でしょ!?」


「単にわしや旦那さまは力が強いから、そう呼ばれとるだけじゃろう?」


 ましろが俺を見上げる。俺は肩をすくめた。


「精霊は霊体――魂が放つ霊力の量や質なんかを敏感に察知するからな。強いやつは神さま扱いされることが多いんだよ」


「人間でも、ちゃんと見える人は神さま扱いしますけどね」


 翔太が笑った。


「僕にとってはお師匠さまも、その奥さまも、まごうことなき神さまです。とんでもない力の持ち主なのは見てわかりますから」


「やっぱ神さまじゃん!」


「いやだから神さまじゃないんだって」


 と、俺は苦笑いで否定するが、委員長は目を吊り上げる。


「でもなんか明らかに人間やめてることしてたよね!? なんでバスを普通に受け止めてるの? 一撃でよくわかんない怪物サクッと倒したり、雷みたいなのバチバチって……!」


「一番得意なんだよ、雷」


 俺は手のひらに小さな電撃を起こしてみせた。


「委員長が使えるかどうかはわかんないけど、霊能力を身につければ似たようなことはできるぞ? ほら、翔太だって炎を扱ってただろ? サラマンダーと一緒に」


 俺が二人に目を向けると、そうそれ! と委員長は俺を指さした。


「まぁこの際――いいよ! 鏑木くんとましろちゃんのことは! なんかすごい超パワー持ってるってことでとりあえず納得する! でも、さっきの……ライバルってなに!?」


 委員長はビシッとサラマンダーを指さした。


「ひとをゆびさすのは、お行儀がわるいですよ」


 サラマンダーは呆れ顔だ。


「たしかに、いまのわたしはぬいぐるみのようなサイズです。でも、さっきもいったようにマスタークラスになればショータさんとおなじくらいに成長します。プレジデントクラスなら、おとなのおねえさんですから!」


「いやそれはさっき聞いたけどォ! そうじゃなくてェ! あなた――あなた……精霊なんだよね? 人間じゃないんでしょ!?」


 サラマンダーは意外そうな顔で目を丸くする。翔太がいぶかしげに言った。


「そこが気になるんですか? 異類婚姻譚なんて珍しくもないと思いますし、第一お師匠さまと奥さまがそうじゃないですか」


「人間と妖怪のつがいですね」


 翔太とサラマンダーが俺とましろを見る。


「い、いや……別にまだ夫婦というわけでは……そもそも付き合っては――!」


「まだそんなこと言ってるんですか?」


 翔太がめちゃくちゃ哀れんだ目で俺を見てくる! 完全に可哀想なものを見る目! おいぃ、それがお師匠さまに対する視線かよぉ! 弟子にすら見捨てられるほど抵抗できてないのか俺ぇ!?


〔やべぇ……もう自信なくなってきた〕


 俺はましろの誘惑をきちんと振り払っている――はず、はずなんだ。


「色々な意味でお似合いだと僕は思いますよ。そもそも霊力的にお師匠さまと釣り合う人なんて誰もいないわけですから、自分と同格の相手がいいなぁ――なんて言ってたら永遠に結婚できないと思います」


 翔太は至極まじめな顔である。


「いや別に俺、霊力にこだわりがあるわけじゃ……!」


「それにオサメハジメノミコトに恋愛感情をぶつけられるのは、マシロノミコトくらいのものでしょう。ふつうは、あがめたてまつることしかできません」


 サラマンダーまで追撃を!


「うん。崇拝すべき対象であって恋愛する対象にはならないよね、お師匠さまは。できるのたぶん奥さまぐらいしかいない」


 二人してしみじみと語り合ってる……このお似合いカップルどもめ! ここぞとばかりに息ぴったりと合わせやがって! そんなところで絶妙なコンビネーション発揮しなくていいんだよ!

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