第17話 修一の悪霊退治※葵(委員長)
「えっ!? なに!?」
安堵から一転して、ふたたび恐怖が葵の心を侵食していた。
気がつくと、クラクションのような音を鳴らして、バスが――ただし、先ほどの大型バスではなく小さなミニバスが――迫って来ていた。
「サラマンダー!」
少年が叫ぶと同時に、炎の壁がミニバスの突進を防いだ。
が――完全に勢いを殺しきれなかったのか、それとも怪我による制御ミスか、乱暴な移動方法だったのか、ともかく葵たちもまとめてふっ飛ばされた。
地面に叩きつけられる! と思った瞬間、片腕になった少年が葵の体を抱き寄せて着地してくれた。ミニキャラ幼女が威嚇するようにバスに炎の球を飛ばしている。
バスは回避するように蛇行して炎の直撃を避けた。
少年は刀を自分のもとへと引き寄せ、左手で持つ。そうして――ゆっくりと近づいてくる日傘の女と対峙した。
〔え……? 倒したんじゃないの?〕
と、葵が疑問に思った瞬間、日傘の女が帽子のつばを軽く上げた。骸骨ではなかった。きれいな、最初にイメージしたとおりの美しい顔がそこにはあった。
だが、上品さは欠片もない。口を大きく開け、凶悪な笑みを浮かべている。自分の策が見事にハマって笑いが止まらない……そう言わんばかりの哄笑が吹き出していた。
少年が斬り込もうとした途端、彼は足を取られて転んだ。
見れば、足首をゴツい手につかまれている。先ほどまでは影も形もなかった禿頭の大男が、ぬうっと地面から――それこそ幽鬼のように這い出してきた。
少年は立ち上がろうとする。
しかし日傘の女が頭を踏みつけ、足蹴にしたことで地面に縫いつけられてしまう。地面が陥没するような強烈な蹴りだった。
ミニキャラ幼女が助けに入ろうと手のひらを向ける。炎を放つ気だ。だが日傘の女のほうが速い。彼女はまたたく間に日傘を閉じて、投げてみせたのだ。
ミニキャラ幼女はかろうじて炎で直撃を避けるが――日傘にはロープが巻きつけられてあった。日傘はまるで生き物のように動いて幼女を拘束し、女のもとへと引き寄せる。
さらに、いつの間にかミニバスが元通りの大型バスに変化していた。日傘の女が下卑た顔を向け、喉の奥を鳴らしながらニィっと笑う。
バスは楽しげなクラクションを響かせながら、葵にむかって高速で突っ込んでくる。運転席にいる男は、恍惚とした笑みで獲物である葵を見つめていた――
〔え、あ、これ……死ぬ?〕
逃げなければ、と思うが、金縛りにあったように体が動かない。
葵は地面にぺたんと座り込んだまま、力なく、呆然と、バスが衝突してくる瞬間を待っていた。が、直前になって、まるで幻聴のように、
「うーん、これはさすがにもう無理か」
という、実に脳天気な修一の声が聞こえた。
いや、幻聴ではなかった。ふと、となりを見ると修一がいて、彼はいともたやすく――できて当然だと言わんばかりに突っ込んでくる大型バスを片手で止めた。
まるで岩壁かなにかに衝突したかのようなすさまじい音を立てて、バスの車体が砕け散る。それでもなお、タイヤは前進しようと空転するが、修一は手づかみにしたバスを易々と持ち上げた。
唐突な閃光があたりを照らす。あまりのまばゆさに、葵は思わず目を閉じた。
そして、すぐさま轟音が――雷鳴が鳴り響いた。目を開けると、バスは跡形もなく消し飛んでいる。
修一は無造作に歩く。足蹴にされている少年のところへ、日傘の女と禿頭の大男がいる場所へと。ゆうゆうとした足取りで、まるで散歩でもしているようだ。
日傘の女と禿頭の大男、どちらも呆然とした様子だったが……女のほうはいち早く自分を取り戻したらしい。すさまじい叫声を上げて、肉体をふくれ上がらせる。
体全体が膨張し、女の背丈は三メートルを超えた。筋肉が盛り上がって、そのシルエットは人間というよりも巨大なクマを思わせる。日傘も形を変えた、巨大な斧に。
完全にバケモノとなった女は、雄叫びを撒き散らしながら修一に巨大な斧を振り下ろす。
やられる! と葵は思ったが、粉々に砕け散ったのは斧のほうだった。
見れば、修一は軽く左手を上げている――拳で砕いたのか? と葵が疑問を思う間もなく、バケモノの腹に修一の拳がめり込んでいた。
目を離していないはずなのに、いつの間にか移動して攻撃を食らわせていたのだ。
バチッ、という音がして、拳から青白い電撃が巻き起こる。バケモノは悲鳴を上げることさえできずに、肉体を消し飛ばされていた。
修一は禿頭の男に目を向ける――相手は唖然とした顔で大口を開けていた。
が、修一と目が合うと、痛々しい悲鳴を上げてすぐさま逃げ出した――途端、その背に槍が突き刺さった。雷そのものでできているのか、槍が雷を帯びているのかさえ判然としない。
葵の目には、何が起きたのかまったくわからなかったのだ。
男が反転して逃げ出したと思ったら、もうその背には槍が刺さっている。いつ投げたのか、そもそもいつ槍を出したのかさえ、葵の目には映らなかった。
男は一瞬で雷に包まれて、女と同じように消し飛んだ。文字どおり、跡形もなく。もはや男がいた痕跡すらまったく残っていなかった。
「こっぴどくやられてしまったのう」
のんきそうなましろの声が聞こえる。ハッとして目を向ければ、少年を見下ろしていた。例のミニキャラ幼女が、ましろに泣きついている。
「しんじゃう! しんじゃう! たすけてください!」
はやくはやく! おねがいします! と幼女は泣きながら急かす。
「おお、安心するのじゃ。ちゃんと治療するからのう」
少年の腕からはどくどくと血が流れ出て、赤い水たまりを作っていた。さっきまで出血はなかったはず。意識がなくなったことで止血できなくなったのだろうか……葵はぼんやりとそう思った。
ましろの指先が少年の後頭部をちょんと叩く。すると淡い光が少年の体を包み込み、あっという間に腕が生えた。ミニキャラ幼女がパッと顔を輝かせる。
「ほれ、お主も」
と、ましろが言うと、幼女の体も光に包まれて小さな擦り傷やらがきれいに治る。ピクリと少年の体が反応し、彼は起き上がった。
少年は小さく浅い呼吸を何度か繰り返したあと、近寄ってきた修一とそのかたわらに移動したましろにむけて、土下座でもするように深々と頭を下げる。
「お助けいただき、ありがとうございます――とんだ失態をお見せしました」
「頭上げろって、ほら」
失敗は誰にでもある、と言いながら、修一は少年の手を取り立ち上がらせる。
「さすがに従僕クラス三体はキツかったか」
「二体だと誤認してしまいました」
「そうだな。一体は結界の維持をしつつ隠密していた。お前が侵入しようとしていることを感知して、すぐさま作戦を変更、内部に招き入れたんだろう。最初は手こずったのに、途中からすんなり入れただろう?」
「あれは招き入れられていたんですね。そして、僕は敵を倒したと勘違いしてしまった……」
「からくりはわかったか? なぜ敵が復活できたか……」
少年はちょっとばかり考える素振りをした。
「たぶん……バスも日傘の女も、途中で入れ替わってますね? 一番わかりやすいのが日傘の女、そちらの」
と、少年は葵に目を向けた。
「委員長さんの腕をつかんだあたりで、霊体のほうは脱出し、骸骨の使い魔と入れ替わっていた。バスのほうも、本体は運転手で――突っ込んできたときには、すでに車内から脱出していた。そして僕らの攻撃をあえて食らって、やられたふりをして……不意打ちを仕掛けた」
「正解だ」
修一は満足げな顔をする。ぽんぽんと少年の頭を撫でる。
「そこまでわかってりゃ話は早い。次はどうすればいいか、わかるな?」
「隔離結界に侵入した際の違和感に気づくこと、倒したのが本体かどうかをきちんと確認すること、そして……敵が隠れひそんでいる可能性を考えて、ちゃんと探知を行なうこと、です。目の前の敵を倒しただけで安心してはいけない」
「よし! それをきっちりこなせれば、今回の敵もあっさり倒せたぞ。お前とサラマンダーのコンビなら、従僕クラスの悪霊でも難なく倒せる。実力は十分に備えてるからな。あとは実戦経験を積んでいけばいい」
そうすりゃ五級昇格も目前だ、と修一は笑った。
はい、と控えめながらも、少年はうれしそうな顔をする。葵がそっと、少しばかり遠慮がちに右手を上げた。
「あのさ……なんか、盛り上がってるところ悪いんだけど、つまり……コレってどういう状況なの……? なに? なにが起きてんの?」
「ん? いやほら、悪霊との戦いがどういうものかを体験するついでに、新米退魔師に実戦経験を積ませようと思ってな。正直、ちょっと難易度設定を誤った感もあるんだが……」
やっぱばあちゃんに相談しとけばよかったなー、と修一は首をひねる。
「いや行けると思ったんだけどさ、最初は。でも冷静に考えたら、さすがに修行半年ちょいでこれはいくら天才少年でも厳しかったかー、とちょっと反省――」
「マッチポンプじゃん! 助けてくれてありがとう、って言おうと思ったけど鏑木くんが意図して起こした事件! っていうか見てたんなら早く助けてあげなさいよォ!? この子、腕ふっ飛ばされてましたけどォ!? というか私への弁解いっさいなしなの!? かなりのホラー体験したはずなんだけど私ィ!」
「え? いやまぁ、確かに委員長にとっては思いのほかハードだったかもしれんけど……でも一応まだ逆転の目はあるかなと思って」
「僕を信じてくれたんです。期待に応えられなかったのは僕なので……」
少年は申しわけなさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、怖かったですよね。あそこで普通に倒せていれば、そんなホラー体験なんてしなくてもよかったのに」
「え? あ、い、いや……別に君が悪いわけじゃ……。その、助けてくれて、すごくカッコよかったし……あ、ありがとう」
委員長は顔を赤らめ、恥ずかしそうに少年を見る。ミニキャラ幼女が衝撃を受けた顔で固まり、ついで威嚇するように葵をにらみつける。
「おっ? おっ? 旦那さま旦那さま」
と、ましろが目をキラキラと輝かせる。
「これは来てるのかの? 来てるのかの?」
「相手、小学六年生なんだけどなー」
女子高生がいいのか? 浮世的に……と、修一がぼやくように言うので、葵は思わずイラ立って指差ししながら断言してしまった。
「別に愛に年齢とか関係ないでしょ!?」
あ……と委員長は言ってから、気まずげに目をそらした。
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