第15話 巨乳のために霊能力を得ようとする女
「お金にはあまり魅力を感じておらんようじゃし、美容とかどうじゃ? 女の子ならやっぱり気になるじゃろう?」
「それは確かに気になるけ――いやまって! もしかしてだけど――!」
委員長はすさまじい衝撃を受けた顔で、
「やっぱりましろちゃんの美貌って霊能力なの!? 鏑木くんも肌とか髪とか異様にきれいだし!」
「俺は特になにもしてないけど」
「旦那さまの場合はあふれ出る霊力が勝手に肉体を美しく保っているパターンじゃな!」
ましろが誇らしげに語る。しかし委員長が気になっているのはそこではないらしい。彼女はためらいがちに、そして途切れ途切れにこう切り出した。
「あの……じゃあ、む、胸も……?」
「んん? 胸?」
ましろは首をかしげた。委員長は勢い込む。
「だって……! ましろちゃん、めちゃくちゃ胸大きいでしょ!? なんか、その……すごい! 女の私から見てもなにそれどうなってんの? 大きすぎない? って思わず目が行くくらいにすごい!」
「わしの胸は母さま譲りの天然物じゃぞ?」
委員長が崩れ落ちた。KOされたボクサーのようだ。ましろは気にすることなく、
「しかし旦那さまは大きい胸が好きじゃからな! 旦那さまが望むなら、もっともっともーっと大きくするのじゃ!」
「ってことはやっぱり霊力を使ったら巨乳――いえ、爆乳になれるってこと!?」
復活した委員長、めっちゃ食いついてる……。金とかブランド物のコピーとかにはいっさい興味を示さなかったのに……。胸に関してだけはめちゃくちゃ食いついてる……。
「わしの開発したオリジナルじゃ! もともと霊力を活性化することで、お肌や髪がつややかになるのは知られておったが――わしは変化の術を応用し、実際にスタイルを変えてのける術を編み出したのじゃ! そう! すべては旦那さま好みの体になるために!」
ましろは俺に向き直る。
「再会したら、より旦那さま好みの体つきに変えようと考えておったのじゃ! そんなわけで旦那さま! リクエストがあったら好きに言ってよいぞ! もっと胸を大きくしたりお尻も大きくしたり、わりと自由自在なのじゃ!」
「わざわざいじらなくても、素の状態でものすごく魅力的だろ。というか、変化の術による一時的な変身だけで十分だと思うんだけど」
「いやいや! 実際にスタイルが変わっているのと、一時的な変身ではやっぱり違うじゃろう? ほれ、旦那さまももっとこう……わしの胸をめちゃくちゃふくらませてみたいとか、色々な願望をぶつけていいんじゃぞ?」
「俺、わりとノーマルなほうだと思うんでぇ! というか仮にそういう嗜好持っててもこういう場では絶対に言わねぇから!」
しかし、ただでさえ大きいましろの胸をさらに大きく、か……。それはそれで結構ありじゃ――いやいやいや! 何考えてんだ俺! しっかりしろぉ!
「と、とにかく……!」
と、委員長が割って入ってきた。彼女はごくりと生唾を飲みこむ。
「で、できるってことでいいのね?」
「うむ。とはいえ、この術はなかなかの高難度を誇るのじゃ。会得するには、まず変化の術を覚えなければならぬしのう。相当な修練が必要になるが――」
「やる! やってみせる! 私はこの小さな胸を変えてみせる!」
委員長は力強く拳を握りしめた。ましろは怪訝な顔をする。
「別に委員長、小さくはないじゃろ? 職員用の玄関で透視を使い、集まった女子生徒や女性教員のスタイルをチェックしたが、委員長の胸は普通サイズだったのじゃ。少なくともあの場では平均的であったぞ?」
「ちょ――! 霊能力ってそういうこともできるの!?」
委員長は慌てた様子で体を腕で隠し、非難するような目を俺に向ける。
「いやいや俺はそんな術使えないぞ!?」
「これもわしが開発したオリジナルじゃからな!」
鼻高々といった様子でましろが言う。
「なんでましろちゃんが開発してるの!? こういうのって普通、男の子が作るものじゃない!?」
「ライバルとなりうるおなごの体型をチェックするのは必須じゃろう?
ましろは得意げに『孫子』を引用するのだった――ましろにとっては、まごうことなき恋愛バトルなのか……。なにひとつバトル起きてないけど。
「それで委員長、なんで胸を大きくしたいんじゃ? 誰ぞ好きな男でもおるのか? ハッ! ま、まさかやはり旦那さまを――! あの発言はわしを油断させるため……!?」
「いや違うから」
食い気味に否定した。
「そうじゃなくて、その――」
委員長はいったん口を閉じ、言いづらそうにうなる。やがて葛藤を振り払うように、
「まぁ、大した理由じゃないんだけどさ……うちの家族、みんな巨乳なんだよね」
と、実に苦々しく告げるのだった。
「んん? どういうことじゃ?」
「だからさぁ! 私だけ! なぜか! 胸が! 大きくなってないのよ!」
委員長は鬼の形相で訴える。
「なんで!? なんで私だけ!? いや家族だけならいいよ! たまたまみんな大きかっただけで――いややっぱ納得できないわ! なんで中学に入ったばっかの妹にすら負けてるのおかしいでしょ!? 遺伝子仕事してよォ!」
お、おお……? と、ましろは委員長のあまりの威勢に困惑した様子だ。
「親戚の集まりでさえそう! なんでみんな揃いも揃って大きいわけ!? 母方は巨乳で、父方が貧乳っていうならまだ納得できるよ! ああ、私はお父さんの血が濃いんだなぁ……って! なんでどっちもデカいんだよ! 父方母方どっちも見事に巨乳爆乳しかいないじゃん! 一族で私だけノーマルサイズ! 圧倒的普通……! おかしいでしょーが!」
「いや、それ俺らに言われても……」
俺はましろを抱き寄せてかばいつつ、控えめに反論した。
「わかってるよ! でもやっぱムカつくのは止められないんだわ! 家族の会話でさ、『葵は私に似なくて本当によかったわ』とか『お姉ちゃんいいなぁ。わたしもあんまり大きくならなくていいのに』とか『葵ちゃんはかわいいブラ選び放題だよー』とか言われると、なんか、こう……! 癪に障る! なんだろう、ものすごく! っていうか父親に似てても血筋的に巨乳なはずなんだよなァ!?」
「えーと――煽られてムカつくとか、そういう話?」
すると、委員長はまるでゴミでも見るような冷酷な目を俺に向けた。
「は? 何いってんの? お母さんもお姉ちゃんも
「煽られてないけど腹は立つのか……」
困惑混じりに言うと、委員長は怒りの形相で俺に詰め寄った。
「鏑木くんだってあるでしょ!? それともないの!? 相手が悪意もなーんもなく、普ッ通に善意で! 本心から言ってることが逆にめちゃくちゃ気に食わないって経験! 私のも完ッ璧にコレ! むしろ悪意とかいっさいないから余計にイラッと来るやーつ!」
委員長は今までのストレスをすべて吐き出すかのように表情を歪ませた。
「私だけさァ! なんかのけ者にされてる感! いやわかってるよコレ! 私の被害妄想で別にそういうつもりいっさいないって! でもなんかねェ……! なんかさァ! 私だけ会話に入れない感! 私だけ場違い感あるの! 家族なのに! 私だけお父さん側にいるんだよねェ! 娘なんだけど! 会話に入れない男側に! それがこう――理不尽感あってすごくイヤ! すごくムカつくんだよね! 遺伝子が仕事さえしてくれたらこんな気持ちにならなくて済むのにさァ! なんで私だけサボっちゃってるわけ!? 巨乳遺伝子くん、もうちょっとまじめに業務してくれていいんだよ!? ほら私もがんばってるからさァ! 大豆とかエクササイズとかマッサージとかさァ!」
ハァ……! と委員長はヒートアップした体を冷ますように息をついた。
「よくわからんが……」
と、ましろは言った。
「熱意は伝わったのじゃ! つまりとにかく、どうしても胸を大きくしたい! バストアップさせたい! そういうことじゃな!?」
「そう! だから私は日夜がんばってるの! 人知れず! でも全ッ然効果ないわけ! そこに! そこに――! ついに光明が! 一筋の光が! ねェこれなら行けるって思っていいんだよねェ? 信じていいの、ましろちゃん! 私は信じてついて行っちゃっていいのォ!?」
「うむ! 最悪、修得できなかったらわしが術をさらに改良して、他人にも施術できるようにするのじゃ!」
でもまずは自分でがんばるのじゃぞ! と、ましろは言った。
「まかせて! 私は今までずっとがんばってきたんだから! 生半可な覚悟じゃないってことだけは断言できる! 私は絶対にやり遂げてみせる! 巨乳! いえ、一族一の爆乳を手に入れてみせる! そして私も『いやー、胸大きいとほんと不便だよねー。肩凝るし、服もブラもさー』って言ってみせる!」
委員長は右手をかかげた――いやこれほんとに大丈夫か? その場のテンションに呑まれて、自分でもわけわかんない謎行動してないか?
〔うーん……頭冷えたら「なぜ私はあんな行動を……」とか後悔してそうだな〕
委員長、と俺は呼びかけた。
「一度悪霊がどういうものか、体験してから決めても遅くないと思うぞ? 別に戦闘職以外の道もあるとはいえ、悪霊の存在は確実に身近なものになるからな」
「なに、テストってこと?」
委員長はぐるりと俺に向き直り、挑戦的な笑みを浮かべる。
「上等じゃない! 悪霊だろうがなんだろうが――私の覇道は絶対に邪魔させない!」
ダメそう……俺はそう思った。委員長には悪いが。
「じゃ、放課後ちょっとばあちゃんの駄菓子屋まで来てくれ。案内するから」
駄菓子屋? と委員長は眉をひそめる。
「俺の祖母がやってるんだよ。俺と違って、退魔師としての適性を見極めるのもうまいし、委員長の潜在能力のほどもわかる。それに霊能力の修行をするなら協会には報告というか、挨拶は必要だ」
「鏑木くんのお祖母さんが会長さんなの?」
「まさか」
俺は笑って手を横に振った。
「あくまでもこのあたりの元締めってだけで、退魔師協会を率いているのは別の人だよ」
ばあちゃん自体はそれなりに重要な地位にいて、なんなら俺も上層部に顔が利くが、だからって退魔師協会の大幹部なんてポジションでは断じてない。
「そこそこ距離があるけど時間的に大丈夫か?」
「まぁ別に用事があるわけじゃないし、行けるでしょ」
というわけで放課後、委員長にはばあちゃんの駄菓子屋まで来てもらう運びとなった。ちょうど予鈴がなったので、昼休みが終わる。
「んじゃ俺はちょっと準備があるから、委員長は授業が終わったら会おうか」
「ってやっぱり授業には出ないんかい!」
「出てもいいけど」
俺はジオラマを出現させながら言った。委員長は飛びのいて、え? なにこれ? と目を丸くしている。
「結界の管理とかあるから、うっかり悪霊が人を襲ってもいいなら……まぁ、たまにはまじめに出席するか? 正直、授業についていけない気がするが」
「出席するなやめろォ! 絶対に人を襲わないよう徹底管理でェ! 安全第一でお願いします!」
あとどうやって戻りゃいいの!? と委員長からクレームが入る――そういえば屋上って施錠されてて基本的に入れないんだった……ましろが委員長を抱きかかえて廊下まで送り、彼女は自分の教室に戻っていく。
「ましろはどうする?」
「もちろん、せっかく来たのじゃから旦那さまの仕事っぷりを拝見させてもらうのじゃ」
「って言っても正直、今はやることないけどなぁ……。ばあちゃんに相談しようと思ってたとこだし。っと、そうだ」
これは忘れずにやっておかないと、と俺は結界を調整し、さらに通信用の
そうして、午後の授業が終わったところで自転車を小脇にした委員長と合流した。
「乗っちゃっていいぞ。俺もましろもそこそこ速く走るから」
道案内がてら、俺が駆け出すと後ろから慌てた委員長の声が響く。
「ちょ――! 速い速い! ついていけないから! もっとゆっくりお願いします!」
そんなわけで、俺とましろは速度をほどよくゆるめつつ道路を駆けた。途中、信号で何度か捕まりつつ、俺たちは駄菓子屋の近く――路線維持目的の一日一本しかないバス停のそばまでやって来た。
そこで、ましろが怪訝な顔で急停止する。無人のバス停を見て、
「旦那さま?」
と、ましろはかわいらしく小首をかしげた――委員長が消えたからだ。
「ああ――いいんだよ」
俺はましろを安心させるように微笑んで、それから振り返って言った。
「ちゃんと始末しておけよ」
靴音を響かせて、少年がひとり、俺のかたわらにやって来た。彼は緊張した面持ちで――委員長の消えたバス停を見つめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます