第14話 悪霊はどんどん増えていく
「で、えーっと、つまり――精神操作で、エロマンガみたいなことが起こるってことでいいの? 催眠もの的な……」
「エロマンガって……」
「な、なによ!? だって洗脳っていうか、催眠的なことも普通にできるわけでしょ!? 強い霊能者には効かないみたいだけど! じゃあそういうことじゃん!」
「いや、さすがにそんな安直な事例は少ないというか……どっちかというとお家乗っ取りとか、企業や政治家への洗脳だったりが多いらしいけどな。俺はよく知らんけど」
「知らないの?」
「そっちは専門外だからさ。まぁ委員長みたいな事例もあるにゃあるって話だけど、意外と少ないって聞くな。そもそも他人を洗脳できるっていっても、別に自由自在に操れるほど強力なものでもないしなー」
俺はましろの弁当を食べながら言った。となりのましろが、あーん、とかわいいお口を開けている。え!? ど、どうすれば……! と内心で動揺しつつ、俺はましろにあーんする欲望を抑えきれなかった……!
ましろは小ぶりのいなり寿司をおいしそうに食べ、俺と目を合わせると――うれしそうに微笑んで、ありがとうなのじゃ旦那さま、と頬を染めるのだった。
〔やってよかった……!〕
俺は心の底からそう思った。
「洗脳って具体的にはどういうものなの?」
委員長が冷たい表情をしながら話の続きをうながしてくる。冷静に考えると……人前であーんとかするものじゃないのか?(今さら)
「えぇとだな――あくまでも思考・認識の誘導であって、たとえば殺人とか忌避感の強い行動を取らせるのは難しいんだよ。だからエロマンガ的なのはないというか……どっちかというと、男女の関係になるのにやぶさかでない相手のハードルを下げる、みたいな使い方ならあるな。実行したら掟破りで粛清対象だけど」
「粛清って……」
委員長は自分の弁当を頬張りながら呆れ顔をする。
「意外とヤバい組織だったりするの? まぁとにかく、それで退魔師協会が霊能者を管理してるわけ?」
「全員じゃないけどな。力の弱い霊能者なんかは放置されてて退魔師の存在自体よく知らなかったりするそうだし……ただ、一定以上の力を持った強い霊能者はそれなりに危険だから、とりあえず退魔師として協会に所属させておくみたいな?」
管轄外なので、俺は細かい事情や規定には疎く、あんまり断言はできないのだった。
退魔師にスカウトするほどじゃないけど、そこそこ力持ってる霊能者には六級が対応するんだっけ?
「ふーん、じゃあ私や家族が被害に遭う可能性は低いと見ていいのかな?」
「なんだそれ心配してたのか?」
「『なんだ』って、当たり前じゃないの」
こいつら……と委員長はちょっとばかりイラッとしているようだ。
「ああ、いや、確かに言い方が悪かったな」
知識がなければ、そりゃ警戒して当然だろう。
「でも委員長は耐性あるみたいだからそもそも効かないし、こう言っちゃなんだけど現実の犯罪に巻き込まれるリスクのほうがよっぽど高いと思うぞ。当たり前だけど霊能者はすごく少ないし、認識阻害や記憶の改変はそれなりに高度な術だから」
退魔師協会が放置する程度の霊能者で使えるやつはまずいない。
「じゃあ鏑木くんがさっきやったみたいなのはできないの? なんかいっせいにましろちゃんへの関心なくしてたじゃん。記憶とか認識とか、パパっと書き換えてるんじゃないの?」
「あれだって結構複雑な手順踏んでるぞ?」
単純に、ましろのことを忘れろ、と命じても効果がないのだ。
「まず『直接見た』を『テレビ・スマホで見た』に置き換えて、目の前のましろをよく似た別人とすり替える。そのうえで『似てるしかわいいけど画面のあの子ほどじゃないな。自分の好みからも外れてるし』と、かわいさをダウングレード」
ましろの美貌自体はごまかしようがないからな。
「さらに『みんな集まって騒いでるけど見世物みたいで悪いよな』という感情を刺激し、『そういえば大急ぎであれやらなきゃいけないんだった』とそれぞれ急用を思いつかせて解散させてるんだよ」
「そんなことしてたの……?」
「だからまぁ心配しなくても大丈夫だ。他人の意識を操作するってのはそんな単純な芸当じゃない」
俺がそう言うと、委員長はホッとした様子で息をついた。
「ちなみに委員長は霊能者になる気はないのかの?」
もぐもぐとお弁当を咀嚼しながらましろが訊いた。
「え? 私?」
「耐性持ちじゃし、霊力も一般人より多いのじゃろう? 生まれつき霊感もあるのじゃ。退魔師は人手不足と聞いておるが」
ましろが目をぱちくりさせて、弁当をかき込む俺を見る。
「確かになり手が減ってて――って話はあるな。悪霊はどんどん増えまくってるし」
「え? なんで?」
委員長がおかずを口にしながら、いぶかしげに訊く。
「そりゃ人口が激増してるからだよ」
諸説あるが、紀元元年の世界人口は二億から三億人程度だったと言われている。
千年経っても人口は微増程度で、十六世紀になってようやく五億人、そして十億人に達したのが一八〇〇年以降、一九〇〇年には十六億、二〇〇〇年には六十億超えだ。
「悪霊の多くは人間霊だ。動物霊なんかもいるけど、基本は人間。もちろん全部が全部、悪霊になるわけじゃない。むしろ悪霊にならない幽霊のほうが圧倒的に多い」
俺は弁当を食い終えて、ごちそうさま、と手を合わせる。そして一足先に食べ終えてごちそうさまをしたましろに、おいしかった、ありがとな、と礼を伝える。
えへへ……はにかんだ笑みで、ましろは猫のように(彼女は白狐だが)俺に体をすりよせる。うーん、マジでかわええ……。
俺はましろを抱き寄せて、頭を撫でるのだった。至福の時間――ハッ……! 俺は委員長の視線に気づいた。彼女は歯ぎしりするように弁当を咀嚼している。
まるで「なに話の途中で二人の世界に入ってるんだよ……コレ絶対付き合ってるじゃん……何がカップルじゃないだよ……つーか彼氏いない女の前でこんな堂々イチャつく普通……? 人の心……」と言っているかのようだ。
いや実際に口に出してるな、これ? すごい小声だけど。
「え、えーとだな……たとえ比率が少なくても、数億と数十億じゃ文字どおり桁がひとつ違うだろう? 悪霊になるのが数百人にひとりだったとしても、桁がひとつ増えてしまうわけだ。おまけに悪霊は寿命もないからな!」
そう、人間と違ってこれが厄介なのだ。
「当たり前のように数百年、数千年単位で生きてるのがいるわけだ。しかも倒したところでそのうち復活する場合もあるってんだから……。あいつら、すでに死んでるから殺しても死なないんだよ」
古い悪霊に新しい悪霊が加わって、どんどん数を増していく仕組みだ。
「人口爆発以降は悪霊の数もものすごいことになってるらしいのう」
「戦争止まる程度にはヤベェ数になってるな」
「え!? 戦争ってなに!?」
委員長が仰天した顔で声を上げる。
「浮世には関係ないよ。ただ東西っていうか……まぁ神さま同士の縄張り争いみたいなのがあっただけ。今は休戦状態だし、正直悪霊が増えすぎててそれどころじゃないから大丈夫だよ」
「じゃあ妖怪とか吸血鬼とかは? 退魔師って、そういうのと戦ってるイメージだったんだけど」
「ましろを見ればわかるように」
と、俺がましろを見れば、彼女は得意げに胸を反らす。ばるんばる……いかん! 危うくまた意識を持っていかれるところだった! そう何度も同じ手は食わない!
「妖怪とか吸血鬼なんかもいるよ」
「なんでやり遂げた顔してるの?」
俺は委員長を無視してつづけた。
「人間に敵対するとは限らんし、友好的だったり無関心だったりが主流だな。敵対的なのもいるけど、人間で言う犯罪者みたいなもんで少数派」
「じゃあ主に悪霊退治か……」
うーん、と箸を置いた委員長が悩ましげに首をひねる。
「別に悪霊と戦うとは限らないぞ? そもそも委員長が退魔師レベルにまで成長できるかどうかがまずわからないしな。普通の霊能者レベルなら――まぁ雑霊くらいなら問題なく相手にできる、か?」
「それ、襲われる確率ってどんなもんなの?」
「交通事故と同じか、それよりちょっと高いくらいじゃないか?」
「思ったより高くない? 事故る確率より上なの……?」
弁当を片づけながら、委員長は遠い目をした。
「一応退魔師が管理してるけど、別に全領域カバーできてるってわけでもないからなぁ。あと悪霊は毎日増えてるし、土地の広さは変わらないから悪霊同士が出会うことも多いんだよ。昔はほとんど会わなかったらしいけど。だから今は悪霊同士で協力したり、切磋琢磨して強くなっちゃったり、あと海外に行ったり来日したりもあるな」
「なにそれ!?」
「あー、聞いたことあるのじゃ」
ましろがパンと両手を鳴らした。
「昔と違って移動手段が豊富にあるから悪霊の行動範囲も広がってて、いわゆる地縛霊みたいなのは少数派らしいのう。飛行機、電車、車なんかに相乗りして移動しとるとか」
グローバル化ってやつじゃな、とましろは笑った。
「嫌なグローバル化なんだけどそれェ! 笑ってていいの!?」
委員長の言葉に、俺は肩をすくめる。
「いやあんまり笑い事じゃないんだが……だからって急に退魔師が増えるわけでもないからな。地道に後進を育成したり、不老長生の術を会得させたりして退魔師の数を少しずつ増やしていく以外に対処法が――」
「なんか不老長生とか、またヤバい単語がしれっと聞こえてるんですけど……?」
「いわゆる死にたくても死ねない不死身じゃなくて、単に老いないだけだからそんなヤバいものじゃないぞ。殺せばサクッと死ぬし」
「殺せば死ぬ、ってその認識がすでに大丈夫なの!? 感が……」
げっそりした様子で委員長は言った。
「そもそも私、戦いとかできないと思うんだけど――」
遠慮がちな様子の委員長に、ましろが力強く笑いかけた。
「誰でも最初は初心者じゃ。基礎から鍛えていけばよい!」
「暗に戦えないと主張してる人間にむかって!」
「いやだから、絶対に戦いに従事するとは限らないんだって」
俺が補足した。
「さっきちらっと言ったけど、退魔師協会は純金をはじめとした鉱物資源とか、ガソリン、灯油、木材、生地、食料、肥料、飼料とか――最近だと電気なんかも作って売っぱらって金儲けしてるし」
「電気まで? え? それって霊力で?」
「当たり前じゃないか」
俺は手のひらにバチバチと電気を発生させてみせた。
「こういう霊力変換で資金を調達するのも仕事のうちだし――いやまぁ生粋の退魔師生まれだと、そこまで浮世の金っていらないんだけど。娯楽とか嗜好品くらい?」
「そうなの?」
「基本的な衣食住は霊力変換で作れるし、なんならブランド物の服とかアクセサリーとかすらコピれるからな……」
「さっき倫理的にダメって言ってたやつじゃな?」
ましろが難しい顔をする。
「話を聞くに、建前のうえではダメじゃが……あまりまじめに守っとらんようじゃのう」
「ちょいと使うぐらいなら別にいいだろ、で済まされるパターン多いしな」
俺はひらひらと手を振って笑った。
「ま、そういうわけで退魔師出身は生活費があまりかからない。でも一般家庭出身だと金は結構魅力的に映るみたいでな。だからそういう仕事も普通にあるし、そもそも結婚して子供を生んでくれるだけでも結構ありがたいんだ」
親が戦えなくても子や孫が戦えるパターンは普通にある。なにより才能にあふれた天才児が生まれる可能性だってゼロじゃない。
「ただ、確率的にある程度は実力がないとやっていけないのも事実だから……最低限の力は身につけてもらう感じになるかね」
「つまり修行じゃな!」
「なんか……いつの間にか私の修行が確定事項になってない?」
委員長は呆然とした顔だ。
「さすがに無理強いはせんけれど――」
「あ、そうじゃ! だったら修行のメリットを考えてみたらどうじゃ?」
ましろが人差し指を立てた。
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