第13話 退魔師と霊能者の違いとは
霊能者の条件は二つある。
一つ目は霊が見えること、二つ目は霊能力が扱えること。これらの条件を満たせば、そいつは自動的に霊能者として扱われる。
霊が見えるだけで霊能力がないなら、それは霊感があるだけの一般人に過ぎない。もちろん逆もまた然りで、霊能力を行使できるものの霊を見ることができないなら一般人だ。
ではこの霊能力とはなにか? と言ったら、そのまんま霊力を操る術を指す。そして霊力というのは、いわば魂版の筋肉みたいなものだ。
生物は筋肉を使って物を動かしたり声を発したりする。同じように魂――霊体は霊力で様々な事象を引き起こす。炎や氷を出すような魔法じみたものから、念動力のような対象にふれることなく物体を動かすものまで種々雑多だ。
得手不得手はあるが、霊能者は例外なくこういった超常の力を持つ。
「じゃあ退魔師っていうのは?」
「退魔師協会に所属してるやつ……って答えになるな。別に怪物退治をしているとは限らないが、なんらかの霊能力を持ってて協会に所属してれば退魔師だ。一応、六級未満の見習いだって退魔師と呼ばれるし」
「等級なんてあるの?」
そりゃあるさ、と俺は肩をすくめた。
「六級から一級まで。六級が従僕クラスと同等、一級は侯爵クラス以上をひとまとめだな。一級以上も細かく分けろよって話もあるんだけど、まぁこの分類で困んないし、たぶんずっとこのまま」
「おおー、漫画みたいなのじゃ!」
ましろは目を輝かせる。
「はい、旦那さま。あーん」
そして彼女は、俺に卵焼きを食べさせようとしてきた……ましろはお弁当を広げ、なんの躊躇もなく箸を取り、俺にあーんをしてくる。
一方――俺はためらいながらも、ましろのあーんに応じて食べていた。
「相変わらずめちゃくちゃうまいなぁ。ましろの料理はほんと最高だ」
「んふふー、いっぱい愛情を込めたからなのじゃ!」
ましろは楽しげにしっぽをふりふりさせている――あのしっぽ、もふもふしてもいいのだろうか? だが俺は冷静な心で自重する。
そう、こんな誘惑に負けるような軟弱な心は持ち合わせていないのだ。
「従僕クラスとか侯爵クラスってなに?」
ましろの手料理に舌鼓を打ちつつ、俺は委員長の問いに答えていく――なんか委員長の声、冷たくない? 心なしか表情も不機嫌そうなんだけど?
「精霊たちの階級だよ。一番上の三帝から始まって、大王、王、大公、公爵、侯爵、伯爵、騎士、総裁、主人、従僕って具合に階級社会になってるんだよ」
「子爵や男爵はないのかのう?」
「いわゆる五爵制じゃないみたいでな。一番下の従僕クラスと互角なら六級退魔師に認定される」
「互角じゃと同格相手に一対一は厳しそうじゃな……複数で挑むこと前提なのかの?」
「いや、普通は従僕クラスの敵とやり合うなら五級以上が出張るよ。六級の相手は従僕未満の雑霊。これも強弱あるから強い雑霊相手だと普通の霊能者なんかは苦戦するらしいけど、六級なら無理なく相手取れるはず」
「その言いようじゃと、霊能者より退魔師のほうが格上みたいじゃな?」
ましろが自分もお弁当を頬張りながら首をかしげる。かわいい。
「実際、そのとおりだよ。腕のいい霊能者ならスカウトされるし、仮に拒否しても強引に登録されるからな」
「えっ? 強制なの?」
不機嫌そうに腕を組んでいた委員長が驚いた顔をする。
「まぁほら、委員長はよく知ってる――というかさっき見ただろうけど、霊能力ってやろうと思えば他人の精神操作とかもできるから。一定以上の霊力あるやつには力差あってもまったく効かなくなるんだけど、一般人相手だと脅威なんだよな」
「え!? 認識阻害とか妖力込めても通じぬのか?」
ましろがびっくりして目をまんまるにしている。
「ああ、やっぱ勘違いしてたのか」
俺はスーパーでのやり取りを思い出す。あのとき、ましろは認識阻害の術をより強いものに変えれば大丈夫だと思っているような節があった。
「つってもスカウトされない程度の霊能者はもちろん六級退魔師にも通るから、たいていは問題ないんだけどなー。ただ」
と、俺は相変わらず不機嫌そうな委員長に目を向ける。
「一部耐性持ちの一般人には効かないし、五級以上も無理。それ以上の相手を騙そうってんなら変化の術とかで物理的にごまかす方向に行かないとダメなんだ」
「むぅ……つまりわしの場合、変化で耳やしっぽを消さねばならぬのか。変化って個人的にむずむずするから嫌いなんじゃが」
耳としっぽないのも違和感あるしのう、とましろは愚痴る。
「ちょっとまって。ましろちゃんって妖怪――妖狐なんだよね? 本来の姿は狐じゃないの?」
「わしはこの姿が本来の姿じゃぞ? 狐じゃなくて人間形態ケモミミしっぽ付きじゃ!」
えっへん! とましろは自慢げに胸を反らす――動きに応じて、ましろの双丘がばるんばるん……! いやガン見するな俺! 委員長が冷たい目で――いや、その前からずっと冷たい目してるなこの人……。
「ましろの両親か先祖か、どっちかはわからんけど人間形態で子供を産んだんだろう。狐の体で生めば子も狐になるけど、人の姿で生めば子も人間になる」
「へぇ、そういう仕組なんだ? じゃあ鏑木くんとましろちゃんが子供作ったらどうなるの? ケモミミとしっぽ」
「え……!? 子供……!? 俺とましろの!?」
「なんでそこで動揺するの?」
委員長は冷たく言った。
「私がこうやって空腹を抱えているさなか、目の前でお弁当を『あーん』とかやるようなバカップルっぷりを見せつけておいて……!」
後半あたりから明らかに怒りがにじんできていた。
「あ、腹減ってたのか」
俺はようやく思い至った。
「そうだけどォ!? お昼休みっていうか自分らはお弁当食べてるじゃん! なんでそこに疑問を持つわけ!?」
「いやすまん。俺、飲まず食わずでも死なないし平気だから」
「むむ、わしも配慮が足らんかったのじゃ。食事って娯楽の一種じゃから抜いても実は支障ないしのう」
「なんかさっきからちょくちょく人間やめてるような発言が聞こえる!」
「えっと――とりあえず、わしのお弁当おすそ分けするかの? ほれ、たくさんあるのじゃ!」
ましろがごまかすように笑って、鮭弁当をひとつ差し出すと、
「私もお弁当持ってきてんだよ! 教室に放ったらかしにされてるけどォ!」
「あ、そうか。じゃあ」
と、俺は失せ物探しの応用で委員長の弁当を探知。
念動力でカバンから弁当を取り出し、そのまま空中を飛ばして屋上まで運んだ。委員長は唖然とした顔で、空中に浮く眼前の弁当箱を見ている。
「あれ? 違ったか? それ委員長の――」
「私のお弁当箱に超常現象起きてる!」
「ああ、俺が念動力で飛ばしたから――」
「霊能力っていうか超能力じゃん!」
両手で受け取りながら、委員長はツッコミを入れた。
「あ、ちょっと待つのじゃ」
と、ましろが術をかける。
委員長は怪訝な顔をした――はた目には何も起きていないように見えたからだろう。彼女は疑問に思いながらも、弁当箱のフタを開けた。すると、
「え? なにこれ……?」
まるで作りたての料理のような匂いが飛び出してきた。ほんのりと湯気も出ている。
「お詫びじゃ。せっかくだから温めておいたのじゃ!」
「もう、なんていうか、もう……!」
委員長はしぼり出すように言った。
「霊能力ってなんでもありじゃん……! っていうか私の思ってた霊能力とだいぶ違う……! もっと怪物と戦う系のあれを想像していた……!」
よくわからないが、期待を裏切ってしまったらしい。
「ま、まぁとりあえずお弁当も来たところだし、ほら食べようぜ委員長! なっ?」
俺はごまかすように言った。
「うん……もう気にしないことにする」
何かをあきらめた表情で委員長は告げた。
「それで、えーと――なんの話してたんだっけ?」
お弁当騒動で微妙に話の流れを忘れてしまったぞ。
委員長はため息混じりに座ろうとして、躊躇した。あ、敷物かな? 今度は察した。そして俺が動く前に、ましろが気を利かせて葉っぱをゴザに変える。
「和風テイストなレジャーシート……」
委員長はぼやくように言いつつ、靴を脱いでゴザの上に座った。お弁当を食べはじめる。
「で、えーと――」
「わしと旦那さまの赤ちゃんの話……じゃな」
ましろもゴザの上に座りつつ、顔を赤らめた。
「普通に作ったら、息子は父親似、娘は母親似になるのう。ただ、変化の術を使って子作りすれば変更することも可能じゃし……」
旦那さま、どうしよう? という目で俺を見てくる! なんかすっげー期待に満ちあふれた目で! なんすかコレ? どう回答するのが正解なの!?
「ああ、思い出した。霊能者は退魔師になることを強制されるとかそういう話だったわ」
委員長がぶった斬った。
「あのさぁ、そのへんの夫婦の営みについては、ふたりきりのときにやってくれる?」
「委員長、すげー不機嫌そう!」
「強制的に屋上に連行されて! 熱中症で倒れそうになった挙げ句! 空きっ腹でバカップルの『あーん』見せつけられたり! 『あなた、子供はどうしましょう?』みたいな夫婦のノロケ話うを聞かされたら! 誰でも機嫌悪くなると思うよ私はね!」
「あっ、はい。すみません……。いや夫婦じゃないんだけど!?」
「普通に考えたら夫婦にしか見えないから!」
マジか……! 委員長は大仰にため息をつく。
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