第12話 鏑木くんがわかんないなら私にわかるわけないじゃん
どうにか委員長を落ち着かせた俺は、委員長自身の霊感について聞き出していた。
「幽霊は子供の頃から見えていて、特に修行経験はなし。悪霊やら妖怪やらに襲われた経験もなし。家族親類はみんな霊感なし……か」
俺は手帖に委員長のデータを書き留める。
「退魔師というか、霊能者の知り合いとかもいない? 近所に妖怪が住んでるとか」
「そもそもあなたたちのような存在を今日はじめて知ったんだけど……」
「妖怪やら退魔師やらと遭遇したこと自体なかったのか。まぁ退魔師が接触してりゃさすがに情報があるだろうしな。霊力もちょっと多いだけで一般人レベルだし……」
珍しいことは珍しいが、いないわけではない。
「霊力って普通の人も持ってるの?」
委員長は怪訝な顔で訊く。
「死んだら誰でも幽霊になるし、生物なら必ず持ってるよ。まぁ霊力とか妖力とか魔力とか……法力、験力、神通力、呼び方違うだけで全部同じものだしな」
「え? 違いってないの?」
「妖怪なんかだと」
ジーッと委員長を見つめるましろに俺は目を向けた――ちょっとにらんでる? なんで? 委員長のほうも汗だくで、荒い息をついている。
やめさせたほうがいいのか? でも実は俺の知らない因縁があったりするなら……止めるのはまずい、か?
「妖力って呼ぶな。魔法使いは当然魔力呼びだし、僧侶だと法力とか験力とか……あとはオーラとか気とか? 別に違うものを指して言ってるわけじゃない。種族とか流儀とかで呼び方が変わってるだけ」
「へぇ……そうなんだ……」
委員長は額の汗をぬぐった。俺は横目でましろを気にしつつ、
「あー、委員長? なんか体調悪そうだが、だいじょう――」
「今日の気温ご存じィ!? 三十三度ですけど!? 熱中症アラート出てるの見てないの!? っていうかさァ! なんでガンガン日に当たってる校舎の屋上にいるのに、そんな涼しい顔してるの!? それも霊力の力ってやつ!?」
「ああ、暑かったのか……つーか、霊力の力って頭痛が痛いみたいな――」
「どうでもいいよ! ほんとに! 倒れそう!」
せめて日陰に……! とふらふら歩きかける委員長のため、俺は屋上の気温を調節した。空気を冷やし、温度を二十五度くらいに、ついでに湿度も五十パーセントくらいにしておく。
「へっ……?」
委員長は戸惑った様子で立ち止まり、辺りを見回したあと、ハーっと息をついた。
「なにこれ便利ー。こんなのあるならすぐに使ってよ。というか自分たちだけこれ使ってたから平気だったんだね」
もう、ひっどいなー、と委員長は顔をしかめる。
「いや俺らは使ってないよ。これくらいの気温――というか、別に炎であぶられても平気だし」
「ほんとに人間!? 霊能者ってみんなバケモノなの!?」
「バケモノ呼びはひどい――いや、神さま扱いされるパターンも昔はあったらしいけど」
「やっぱり人間離れしてるじゃない……。それで」
委員長は渋い顔のまま、ましろに目を向ける。
「なんで――えっと、ましろちゃんって言ったよね? この子、なんで私のことさっきからにらんでくるの……?」
「ふっ、わしも甘く見られたものじゃのう」
ましろは不敵に笑ってみせる。
「わしの目は決して節穴ではないのじゃ! お主がライバルであろうこと、すでに見抜いておるぞ!」
「えっ? なんの話?」
「とぼけるでない! 委員長、お主……旦那さまに惚れておるな!」
「惚れてないけど」
「あれー!?」
即否定された! 委員長の表情は完全に、何いってんだこいつ? みたいな困惑を表している。
「なんでそう思ったの? ぶっちゃけ鏑木くんって全然教室に顔を出さないから、からみがまったくないし……言っちゃあなんだけど好きになる要素なくない?」
「なんじゃお前ぇ! 旦那さまの何が気に食わないんじゃ!」
ましろは俺を抱き寄せて抗議した――はぁぁぁやわらかい胸の感触がぁぁぁ! ましろさん、当たってるんですけどぉ!?
「き、気に食わないって……そりゃ好みは人それぞれだけど、別にめちゃくちゃイケメンってわけでもないし――少なくとも、ましろちゃんレベルのウルトラ美少女と釣り合う顔ではないよね? いや、ましろちゃんと釣り合う男って誰? って訊かれたら回答に困っちゃうけどさ」
めっちゃ追撃してくる! 委員長は自分の顎に手を置きながら、冷徹な瞳を俺に向けてきた。まるで美術品の鑑定をするときのような、品定めの目だ。
「そりゃ恰好悪くはないし、クラス――というか、学年でもトップテンに入れていいくらいの見た目してるとは思うよ私も。でもさ、それってあくまでも『学校』っていうせまい範囲のなかでのイケメンなのであって、別に芸能人とかモデルとかとして通用するレベルの顔かな? って訊かれたら――」
「なんでじゃ! めっちゃ恰好いいじゃろ! この世に旦那さまより恰好いい男なんて存在しないじゃろうが!」
それはさすがに言いすぎだと俺でもわかる。委員長も、ええ……みたいな顔してる。
「恋は盲目ってことかな。まぁ、とにかく私は鏑木くんのこと好きじゃないし、仮に付き合ってって言われても断るよ? そもそも人となりがわかんないし、クラスメイトだけど、マジで知らない人だからねこの人」
告白していないし、するつもりもなかったのに、なぜかフラれてる……。なんで?
「ぐぬぅ……! なんてひどい連中なのじゃ! 旦那さま、今すぐこんなところに通うのはやめるべきじゃ! 旦那さまの魅力がわからん阿呆どもと一緒にいたら旦那さままでダメになってしまうのじゃ!」
「いやだからその人、全然教室に顔を見せないんだって」
通ってないよ実質、と委員長は右手を振る。
「ええい! 細かいことはいいのじゃ! 可哀想な旦那さま! 見る目のない女どもに囲まれて、さぞかしつらかったじゃろう? こんな旦那さまの魅力がわからない連中なんぞ放っておいて、わしの愛妻弁当で心を癒やすのじゃ!」
ましろは収納術でしまっていた弁当箱を大量に出した。え? 多すぎない……? なんか十以上あるんですけど? 俺、そんな大食いキャラとして認識されるような要素あったっけ? いや確かにおかわりはしてたが。
俺の疑問に気づいたのだろう。ましろは少しばかり恥ずかしそうに、そしてごまかすように笑って、
「あ、えっと……じ、実はわし、お弁当って作ったことなくて――色々試作してたら数が増えてしまったのじゃ……。あ! さ、最初は厳選しようと思ったんじゃよ? でも、どうせなら全部旦那さまに味わってほしくて――」
ましろは両手の指をこすり合わせながら、上目遣いに俺を見る。まばたきのたびに視線をそらすが、俺の反応が気になるらしく結局は俺に目を向ける。いじらしい仕草がめっちゃかわええ……!
「よし! 全部味わうぜ! 任せろぉ!」
俺は握りこぶしで応じた。ましろはパッと顔を輝かせて、
「ありがとうなのじゃ! やっぱり旦那さまは優しいのじゃ!」
とびっきりの笑みを見せる。いやー、かわいらしい笑顔ですね。素晴らしい!
「あ、そうじゃ旦那さま。実はこのお弁当箱、ネットで見たのをテキトーに作ってしまったんじゃが……」
ましろは葉っぱを取り出して、空っぽのお弁当箱に変化させてみせる。
「お弁当作るの初めてじゃったから時間的に買いに行く余裕がなくて……」
「私的利用なら神経質にならなくても平気だけど――」
俺は弁当箱を手に取りながら答える――ネットで見たなら、間違いなくどこかのメーカー品だろう。
「まぁがんばって商品開発したものだろうし、一応この手の市販品は『ちゃんとお金を出して買っときましょうね』的な話にはなってるかな。いやまぁいちいち買うの面倒だからって自前でコピって済ませてるやつ多いし、ぶっちゃけ気に病む必要ないんだけどさ」
なんならそれを取り決めてる退魔師協会幹部が「面倒だしまぁいいか!」でたまにやってたりする。上がそんなだから誰も従わねぇんだよ!
「気になるならあとで――同じの売ってるとは限らないけど、市販の弁当箱をきちんと購入するってことで」
「んー、そういうものかのかのう? 退魔師協会はガソリンとか純金とか色々作って売っとると聞いたから、セーフかアウトかわからなかったのじゃ」
「ああ、他人に売っぱらうのはさすがにダメだな。協会の許可がいるし、そもそも既製品のコピーはトラブっちまう可能性が高いから――」
「え、ちょ、ちょっとまって」
委員長が口をはさんできた。
「それ幻術じゃなくて本物なの? 時間経過で葉っぱに戻る――とかじゃなくて?」
「わしが葉っぱにしようと術をかければ戻るぞ?」
ましろが弁当箱を葉っぱに戻してみせる。
「逆に言うと、ましろ――というか、誰かが術をかけない限りは葉っぱにならないんだよな。いや葉っぱじゃなくて別のものに変えるくらいサクッとできるけど」
「ええ……マジで? というかガソリンとか純金とか売ってるって」
委員長は唖然とした顔で訊いてくる。
「なんか退魔師? って、こう……妖怪退治とか、そういうのでお金もらってるんじゃないの? 怪物退治のお礼に――みたいな」
「今どき謝礼もらえるケースなんてそうそうないぞ。なんなら退魔師じゃなくて霊能者とかのほうが多いんじゃないか?」
お祓いアピールみたいな。
「まって! そもそも霊能者と退魔師の違いってなに!?」
「おおっ、よく考えたらわしも知らんかったのじゃ」
「なんでましろちゃんも知らないの!? 夫婦なんでしょ!?」
「違います! 夫婦じゃありません!」
「なんで鏑木くんが慌ててるの?」
委員長が困惑顔で俺を見た。ましろが俺の腕に抱きついてくる。
「まだ夫婦ではないだけなのじゃ! でも必ず夫婦になってみせるのじゃ!」
「まだ結婚してないってこと?」
「カップルじゃないんです! 信じてください!」
「いやもうなんなの!? 距離感的に付き合ってるんじゃないの!? どういう関係!?」
「えっと、どういう関係なんですかね……?」
「鏑木くんがわかんないなら私にわかるわけないじゃん!」
「それは、まったくそのとおりなのですが……」
というか、やっぱり夫婦とか恋人関係に見えるのか……。俺はましろの誘惑に抗えているか、だいぶ不安になってきた(今さら)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます