第11話 ひとりだけ違和感に気づく委員長

 俺はダッシュで屋上から飛び降りて、窓の鍵を念動力で開けた。


 そして認識阻害の術を使って校内を走りまわり、一階へ突入する。ましろがいたのは職員用の玄関だ。購買のすぐそばにあるため、生徒が大勢集まっている――どうやら沈思黙考しているうちに昼休みが来てしまったらしい。


 ましろも幻術――正確には自分の恰好、つまり狐耳やしっぽ、それに異様に露出度の高い改造巫女服について、まわりの人間が違和感を持たないように意識をそらしている。なんなら少しばかり宙に浮いていてもまったく気にしないように。


〔だが、ましろの美貌はまったく隠せていない!〕


 仮に普通の服を着ていると認識させて、ケモミミしっぽが見えなかったとしても……ましろの人間離れした美しさ、愛らしさはそのままだ。


 案の定、生徒どころか教職員にいたるまで、このとんでもない美少女は誰なのかとざわついている。人が人を呼んで、次々と校内の生徒や教職員が増えていく。


「あっ、旦那さまー!」


 と、ましろは俺に笑顔で手を振ってきた。


 周囲は、え? 既婚者なの? と顔を見合わせて、すぐに旦那さまって誰だ? と辺りをきょろきょろと探しはじめる。


 もちろん俺の姿は捉えられない。認識阻害の術により背景の一部のような扱いになっているのだ。


〔いや――〕


 俺はすぐさま目線を動かして、ひとりだけ困惑した顔の女子生徒を見た。


〔確か同じクラスだったな〕


 黒髪ロングにメガネを掛けた、いかにも清楚な印象の女子生徒だ。


 彼女は困惑と疑問、そして驚きが入り混じったような複雑な表情を浮かべ、ぽかんと口を開けている。視線が何度もましろの狐耳やしっぽを行ったり来たりする。


 きわめつけは、「浮いてる……?」という一言だ。今までまったく気にしていなかったが、確定だ。


 この女子生徒……ましろの幻術がまったく効いていない。まさかクラスメイトに霊能者がいるとは。いや、と俺は内心で首を横に振る。


〔霊力は一般人よりちょっと多い程度――誤差の範囲内だ。これくらいなら普通の範疇、少なくとも幻術を無効化できるほどの霊力量じゃない。特異体質?〕


 そもそも霊能者なのか? 単に霊感があるだけ? それとも最近覚醒したばかりの新米霊能者……? どっちにせよ、このまま捨て置くわけにもいかないな。


「ましろ」


 と、俺は呼びかけると同時に指を鳴らした。すると、今まで群がっていた生徒・教職員が機械人形のようにピタリと騒ぐのをやめ、一瞬硬直する。


 そして、すぐさま再起動するようにぞろぞろと動き出した。皆、ましろのことなど気にかけている暇はないとばかりに急ぎ足に散っていく。


 もう、誰も俺たちのことを気にしていない……件の女子生徒以外は。


 彼女はみんなの様子に困惑しているようで、「え? ちょっとどうしたの?」と誰に話しかけるでもなく声を上げるが――もちろん応ずるものは誰もいない。


〔やっぱり効いてないな〕


 先天的な幻術への耐性持ち? なんらかの防御術を使っている様子はないが……。


「おっと、見破られてしまったのう」


 ましろは感心したように女子生徒に声をかけた。


「相応に強力な術を使っておったんじゃがのう、わしの力を無効化するとは実にあっぱれなのじゃ!」


「え、あ、はい……?」


 と、相手はよくわかっていない顔つきだ。ましろは俺に向き直ると、


「旦那さま、愛する妻がお弁当を作ってきてあげたのじゃ!」


 と、うれしそうに告げるのだった――めっちゃかわえぇぇぇ!


〔いや待て! そこじゃねぇ! 手作り弁当!? マジで!? 食えんの!?〕


 いやいやいや! 違う違う違う!


「ましろ、学校に来るのはまずいだろ? 目立ちすぎる……せめてこっそり」


「あ、その点については本当にごめんなさいなのじゃ」


 ましろはしょぼんとした顔で言った。ケモミミもしっぽも力なく垂れ下がっている。


「ひとりに見破られたとはいえ、幻術を行使してなおこんなに注目を集めるとは思わなかったのじゃ。しかし、何がおかしかったんじゃろうか?」


 ましろは不思議そうに首をかしげる。


「ちゃんと耳もしっぽも、それに服のほうもごまかせてたはずなんじゃが……」


「美貌はごまかせてないからな」


 俺は肩をすくめた。


「仕方ないんだよ。ましろほどの絶世の超絶美少女がいきなり来たら、そりゃ大騒ぎになっちまうんだ」


 絶世の超絶美少女……と、ましろは口ずさむように繰り返す。かわいい。


 すぐとなりで、「『絶世』に『超絶』ってつけてる人はじめて見た……」とかツッコミが入っているが、気にしてはならない。


「えっと、旦那さまも……わしをそんなふうに思っておるのかのう? その、かわいいと好評なのはお祖母さまのところで聞いておるが……」


 と、ましろは上目遣いに俺を見てくる! ほんのり頬が上気して、もじもじとちょっと恥ずかしそうに!


「今のましろ超かわいいよ。ましろよりかわいい女の子とか歴史上にひとりも存在しないよ!」


 俺は親指をグッと立てて断言した。となりで、「バカップル……」とかツッコミが入っているが、気にしては――


「いや違うって! カップルじゃないから!」


「え!? 嘘でしょ!? 旦那さまとか愛妻弁当とか言ってたじゃん! この距離感で付き合ってないの!?」


 なんか、ましろの幻術を見破ったときより驚いてない?


「と、とにかくだな! いつまでもここにいるわけにも行かないし、ちょっと屋上まで行くぞ。ほら、委員長も」


「おおっ! なんとなく思っておったが、やっぱり委員長なのか!」


 ましろが目をキラキラと輝かせる。


「ああ、あまりにも委員長みたいな見た目だから、みんな『委員長』って呼んでて誰も本名を知らないんだ」


尾根おねあおいですけどぉ!? 鏑木くん、同じクラスになって半年くらい経つよね!? 確かにみんな委員長って呼んでるけど名前は知ってるよ!?」


「俺は知らなかった」


「全然授業に出ないからでしょ! 全部サボってるじゃん! なぜかみんな気づかないけど、ずっと変な幻影みせてまったく教室に顔出さないし! なにしに学校来てるの!?」


「まぁそれはいいじゃん、授業とかダルいし。そもそも俺、勉強とか苦手でさ……。とにかく屋上行こう屋上。話はそれからだ」


「え? だからなんで屋上? え、シメられるの私?」


 俺が戸惑う委員長を米俵のようにかつぎ上げると、


「待つのじゃ旦那さま! 妻としては夫が自分以外の女を抱いているのは我慢がならないのじゃ!」


 と、ましろが待ったをかけた。待って待ってごめんなさいごめんなさい! とわめいていた委員長は驚いた様子で、


「いや抱かれてないよコレ!? かつがれてるよ完璧に!」


「じゃあはい」


 俺はましろにむかって委員長を投げた。ましろが委員長を抱きとめると、


「ちょっとー!? 人をボールみたいにー! なんで!? 秘密を知ったから!?」


 大騒ぎする委員長とともに、俺たちは学校の外へ出て屋上まで直行した。飛び上がるとき、委員長がジェットコースターに乗ったときみたいな悲鳴を上げているが……アトラクションだと思って我慢してくれ。


「私こんなアトラクション乗りたくない!」


 委員長は屋上に着くと、疲労困憊といった様子で両膝と両手をついて、荒くなった息をととのえていた。肩で息をし、今にも死にそうだ。


「あー……すまん、委員長。まさか屋上に登るだけでそんなに消耗するとは……」


「虚弱体質なのじゃな、委員長。わしも配慮が足らんかったのじゃ」


「ましろは悪くないって。クラスメイトの俺がちゃんと気遣うべきだったんだ」


 俺は慰めるようにましろの肩に手を置いた。が、ましろは不満そうな表情で、ん! と肩に置いた手を頭に載せ直した。撫でろ、ということらしい。


 俺が撫でまわすと、ましろは気持ちよさそうに目を閉じて笑みを浮かべるのだった。


〔ああーなんだこのかわいい生き物ー。天国って学校の屋上にあったんだなぁ〕


 そんなふうに俺が喜びにひたっていると、復活した委員長が怒声を張り上げた。


「人を無視してイチャつくなぁ! そもそも虚弱じゃないし私! 普通に屋上に連れてきなさいよ普通に! 死ぬかと思ったっていうかそもそも屋上は立入禁止ィ!」


「おおっ! 委員長っぽいのじゃ! 校則に厳しい!」


「いやどっちかっつーと風紀委員っぽいような」


「どっちでもいいんだよねェー! このバカップルどもォー!」


 立ち上がった委員長は呼吸をととのえながら、ビシッと俺を指さした。


「それで、いったいなんなの……? わざわざ屋上に連れてきて、秘密を知った私をどうするつもり!?」


「いや話す場所変えただけで別にどうもせんけど」


 委員長は虚を衝かれたように黙ったあと、


「じゃあ普通に連れてくればよかったでしょぉー!?」


 と涙目で言うのだった――そんなに嫌だったのか、あの移動方法……。

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