第8話 学校に行けばいつもどおりだとでも思ったか?

 結局、ましろも反省したのか、それとも俺の言葉で不安が取りのぞかれたのか、あるいはその両方か……ともかく、そのあとはおおむね普通の同居人といった距離感で過ごした。


 とりあえず、ましろには空き部屋を使ってもらい、俺は未使用の掛け布団をひっぱり出して渡した。


 ありがたいことに、この家は最初からベッドやら家具やら色々とそなえつけられていたから、困ることはなかった。


 ちなみに食器とか調理器具なんかも最初からあった。


 案外、最初は誰か別の人が使う予定だったのに急遽空きができてしまい、そこに俺がすべり込んだのかもしれない。


〔まぁ俺はフライパンくらいしか使わなかったけどな!〕


 念のため、寝るとき自室に結界を張ったのだが、これはさすがにましろの失笑を買った。


「いくらなんでも出会って初日に忍び込んだりはせぬぞ? まぁ」


 と、ましろは顔を赤らめて、口元を手で隠しながら、


「旦那さまのほうから来てくれるなら、わしは大喜びでご奉仕するのじゃ」


「俺もそこまで節操なしじゃないからぁ!」


 というわけで、平和な夜を過ごしたのだった――え? 女の子とひとつ屋根の下で眠れたのかって? ばかやろう、俺は鍛えてるからな。一年くらいなら不眠不休でもなんの問題もなく行動できるんだよ。


 そんなわけで、俺は安息の地をもとめて学校へと旅立った。


 睡眠はどうでもいいけど、これ以上ましろと一緒に過ごすと本気で「うぉぉぉ決意なんか知らねー! 俺はましろと結婚するんだぁー!」になりかねないので、急がなければ……。


 そういえば出かけるとき、ましろが顔を赤らめて、もじもじしながら上目遣いに俺を見ていた。しかも、


「えっと……その、旦那さま?」


 と色っぽく(俺主観)ささやいたが、結局そのまま何も言わずに見送ってくれた。もしかしてなんだけど――行ってきますのキス的なものが求められていたのだろうか? え!? マジで!? ましろとキスできたってこと!?


〔……いや、よそう。きっと俺の勘違いだ〕


 勘違いだってことにしておかないと勘違いしちゃうからね(過呼吸気味)。


 さて、このへんで俺の動揺は十分に伝わったと思う。これまでいっさい語っていなかったが、実は俺……手ぶらで学校に向かってるんだよね、今。


 いや別にいつものように謎空間――正確には収納術でカバンをしまっているわけじゃないんだ。普通に忘れてきたんだ。でも取りに戻るのも恰好悪いじゃん? 御札おふだみたいに引き寄せることもできないし、しょうがないんでこのまま向かいます。


 なぁに、俺はまともに授業聞いてないから別にいいんだよ(問題発言)。


 というか退魔師の本分は勉強ではない。学校に通っているのも、どちらかといえば警備や巡回としての意味合いであって、別に浮世での資格がほしいわけではないのだ。


 俺は気を落ち着けるために息をつく。そして右足に力を入れて一気に飛び上がった。比喩ではない。俺は実際に飛行して一気に高校まで行った。


 なにせ辺鄙な場所だから普通に遠い。


 ……なんで不便な場所に家やら施設やらを作りたがるんだろうか。


 浮世の人間が考えることはよくわからない。俺は林やら空き地やらに囲まれ、家屋も少なく、さらに周辺に商業施設などさっぱりない学校の屋上に降り立った。


 着地と同時に外履きを上履きに変える。そして片足で軽く床を叩き、さらに術を発動させた――俺が教室にいる、という幻術だ。


 授業に出ないとはいえ、せっかく来たのだから出席ぐらいはとっておきたい。ついでにまじめに授業を受けているていで。


〔さてと……〕


 俺は屋上のど真ん中に向かい、手を打ち鳴らした。すると、風景が一瞬ぐにゃりと歪んで、二メートル四方のジオラマが現れる。立体地図みたいなものだ。


 この町を中心に、周辺の市町村も含めた様子が忠実に再現されている。霊能力によって、人ならざるものを監視するために作られたものだ。


 ところどころ、ジオラマには赤い色の霊気と青い色の霊気がもやのようにただよっている。


 場所によるが、駅を中心とした人の多い場所は青色と赤色が混ざり合っている。そして人の少ない――正確には開発が進んでいない辺鄙な場所ほど赤い色の霊気が多く点在する。


 といっても、逆にまったく人のいない山や森などは青い色が多い。赤色は見かけず、あっても薄い。


「さて、どうすっかなー……」


 俺はそうぼやいて、ジオラマをながめた。これは結界……悪霊のたぐいを封じ込めて、悪さができないようにするための調整装置を兼ねている。


 本当は昨日、家でどうやって調整するか考えるつもりだったのだが、ましろが来たので後回し(というか完全に忘れてた)になっていたのだ。


「とりあえず黄色はなし、と」


 俺はジオラマをつぶさに観察してチェックした。


 赤は悪霊のたぐいを意味する。一方、青はそれ以外のすべて――つまり、ましろのような妖怪から幻獣、妖精、精霊、果ては祀られる神や西側で天使や悪魔と呼ばれている存在にいたるまで、この世界の人ならざるものをすべてひっくるめている。


 黄色は特殊だ。「月のケモノ」と呼ばれる化け物の出現を意味する。こいつらはこの世界の存在ではない。別世界、あるいは別次元から現れる怪物。


 黄色については見かけ次第――というか発生の予兆があった時点でアラートが出るようになっているが、ともかく即座に殲滅しなければならない。危険すぎるからだ。やつらは人はもちろん、この世界のものならなんでも食べる。


 それこそ悪霊を含めた、人ならざるものだろうとおかまいなしに喰らう。といっても、そう頻繁に出くわすものではないから緊急性は高くない。


 むしろ早急に対応策を講じねばならないのは赤……つまり悪霊のたぐいだ。


 こいつらが別枠なのは、例外なく人に危害を加える存在だからだ。


 後者の、つまり悪霊以外の人ならざるものは、敵とは限らない。もちろん敵対的なやつもいるが、それは人間でいう犯罪者みたいなものだ。


 必ず人を害すると決まったわけではないし、だいたい人に友好的だったり、逆に無関心だったりする連中のほうが多い。むしろそういうやつが普通だ。


 一方で、悪霊のほうは例外なく人を害する。だからこそ調整が難しい。


 結界は単に封じ込めているだけだから、悪霊そのものは無事だ。人間なら一〇〇年もすれば寿命で死ぬが、悪霊に寿命はない。


 したがって、結界で封じ込めつづけたところで倒すことはできない。問題の先送りだ。しかも場合によっちゃ倒しても復活するんだから厄介極まりない。


 とはいえ、片っ端から俺が始末するのもまずいのだ。


 見境なく全部つぶすと、今度は新人……に限らず、退魔師全体が実戦経験を積めなくなってしまう。


 悪霊がまったく活動できないと退魔師が弱体化する。逆にあまりにもゆるゆるだと強力な悪霊が野放しになってしまい、退魔師はもちろん一般市民にも危険がおよぶ。


 つまり、ほどよく悪霊が活動できるくらいに制限するのがベストなのだ。


 今、町にいる退魔師の数、能力、対処できる悪霊の強さなど……もろもろを考えて、きちんと調整しなければならない。もちろん、戦う場所も考える。


 まぁ犯罪者と同じで白昼堂々、人の多い繁華街で仕掛けたがる悪霊は普通いない。人気のない路地裏……あるいは俺の借りている家や今いる高校みたいに、ほどよく人がいない場所が好まれる。


 むろん、まったく人がいない山奥とかには悪霊もそうそう行かない。獲物自体がいないからだ。


 結界の強弱で悪霊の移動ルート、滞在場所を誘導する。たとえば赤くなっている箇所の結界を少しずつ強固にすると、どうなるか。


 そこにいると閉じ込められて動けなくなるから、悪霊は大急ぎで移動する。そうやってターゲットを望んだポイントに動かすのだ。


 あるいは封じていた悪霊を解き放つ。


 いきなり解除だと不自然すぎて罠を疑われる可能性があるから、いかにも結界にほころびができたかのようによそおって脱出させる。


 そして、いかにも今逃げられたことに気づいたかのごとく結界でふたたび捕らえようとする。


 当然、悪霊は捕まってたまるものかと必死に逃げる。そうすることで、やはり悪霊を指定のポイントまで誘導するのだ。


「どうやって処理するかなー」


 俺は各退魔師のスケジュールやら戦闘履歴やらをまとめた資料を片手にうなった。あんま連戦つづきでも実力が発揮できないし……いや、でもいざってときのことを考えれると、終わりの見えない連戦の経験も必要、か?


「昨日ばあちゃんに相談できてればなぁ……」


 経験の浅い俺は、この手の管理がどうにも不得手でまいってしまう。いわゆる「いい塩梅」ってやつがよくわからないのだ。


 俺はジオラマの一部を拡大して、もう少し細かく赤い霊気を確認したり、誰もいない山や森に悪霊がひそんでいないかを注意深く観察した。


 そうしているうちに、ましろの接近を感知する。


 最初は出かけたのか? と気にしなかったが――なんか俺のいる高校に向かってきてない? これ……。


 いやちょっと待て何しに来たんだ学校に来れば下校までは安泰だと思っていたのにいったいどういうことなんだよマジでただでさえこっちは苦手な仕事で頭痛いってのにちょっとこれはまずいんじゃないのぉ!?


〔落ち着け、俺……〕


 まだ俺のところに来ると決まったわけじゃない。たまたまお店がこっちの方角にあるだけかもしれない……いやこのへんに店とかねーよ! なんもねぇぞ!?


 なんて動揺してたら、下がめちゃくちゃ騒がしくなっていた。はい、そうですね。もう、ましろさんいらっしゃってますね……。行かないとだめですねコレは……。

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