第7話 脳裏に焼きついて離れない

 ましろの駄々っ子をなんとか鎮めて(ほかの娯楽とか色々勧めてごまかしただけだけど)、俺はひとっ風呂浴びてすっきりしようとしていた。


〔なんかすげー長い一日だったなぁ……〕


 いや、正確にはましろと出会ってからの数時間だ。濃密すぎる。少なくとも家に帰るまではいつもどおりの日常で、特にこれといった事件も起きていなかったのに。


〔家帰ったら即これだもんなぁ〕


 なんか勢いで家に上げちゃって、うっかりごはんまでごちそうになってるけど、めっちゃかわいい子だったし、俺は悪くないと思う(自己弁護)。


〔いやでもちょっと待ってくれ……ましろ、絶対泊まる気だよな?〕


 というか本人がお嫁に来たと宣言してて、しかもばあちゃんをはじめとした退魔師協会がらみだってんなら追い出したところで意味はないだろう。


〔ましろが素直に出ていくとは思えないけど、仮に出ていったところでばあちゃんの駄菓子屋で寝泊まりして通い妻みたいなことになるだけだ〕


 いやでもやっぱひとつ屋根の下はヤバくねーかな!?


 俺は迷った。とりあえずシャワー浴びようと思って蛇口に手をかけたものの、すぐに頭を抱えて座り込んでしまった。風呂場でシャワーすら浴びずに頭抱えてるやつってよく考えたらヤバくねーか?


 はぁ、と俺はため息をついた。風邪ひくし(ひかないけど)、さっさと温まるとするか。俺がそう思った途端、脱衣所で気配がした。ましろだ。


〔洗面所で手でも洗うのか?〕


 と思ったら衣擦れがする。え? この時間に洗濯すんの? いや、それとも単に着替えようと思っただけ? 今俺、入浴中なんですが!? 扉ひとつへだてた位置に俺がいるんですけど!?


〔フー……落ち着け。俺はこれまで幾度も修羅場をくぐり抜けてきた男〕


 ばあちゃんの地獄の修行だって鼻歌まじりにこなしてきた。そうして育まれた鉄の精神は、たとえ一六〇〇度の高熱にさらされようと決して溶けることはないのだ(※鉄の融点は一五三八度です)。


 とか動揺してたらあっさりと風呂場のドアが空いて、一糸まとわぬましろが入ってきた。タオルで隠してすらいない。威風堂々たる立ち姿。


 頭抱えて座り込んでいた俺は、ましろを下から見上げる形になって、歩くたびに揺れる大迫力の乳房やら、魅惑的でなまめかしいお腹から太ももにかけてのラインやら、なんかもう――もろもろ全部丸見えになってるんですけど。


〔ああー……、ましろって体毛全然ないんだなー〕


 剃ってるわけじゃなくて、これは天然物なんだろう。首から下はつるつるで、しっぽ以外はきれいにむだ毛がない。というか、ましろさん……? 足開いてるせいでですね、普通にあそこが丸見えに――!?


〔って冷静に観察してる場合じゃねー!?〕


 ところで、みんなは「きぇぇぃぃぅぅ!」という甲高い金属音みたいな声を聞いたことがあるかな?


 俺の悲鳴です。


 いや自分でもどっからそんな声出たんだよ、って感じだが、実際出たんだからしょうがない。俺は大急ぎで視線をもとに戻し――たら鏡があるんだよなぁ!?


 そりゃそうですよね! だってここ浴室ですからね!


〔デカい鏡にバッチリ映ってるよぉ! ましろの全裸がぁ!〕


 俺の金属音みたいな悲鳴はなおも続いた。と、ましろがスッと俺の背中に抱きついてきた。おかげで俺の体に隠され、ましろの体は見えなくなる。


 た、助かっ……てねぇんだよなぁ!?


〔ぬくもりがぁ! ましろのめっちゃやわらかくてデカい胸の感触がぁ! ってか胸だけじゃなくて全身やわらけぇ! 抱き心地すげぇ! いや抱かれ心地? 最高!〕


 俺は金縛りにあったかのごとく硬直した。


〔ぐぅ……! 石化の呪いでも食らってんのかってぐらい、まるっきり動けねぇぞ……!? これが白狐の力なのか……!? この俺が! 指一本動かすことすらできねぇ……!〕


 俺はなんとか落ち着こうとして、ましろに真意を問いただそうとした。


 だが、口から漏れ出たのは吐息なのか悲鳴なのかよくわからない音の連なりだった。


「旦那さま……その、ごめんなさい、なのじゃ」


 俺が理性とか精神とか色々なものと激闘しているさなか、ましろの神妙な声が浴室に響いた。


「わし、うれしくて舞い上がってしまっていたのじゃ……。本当はもっと仲良くするつもりだったのに、玄関こわしちゃったり、旦那さまの気持ちも考えずにえっちなこと聞き出そうとしたり、喧嘩ばっかりになってしまったのじゃ……」


 嫌いにならないでほしいのじゃ、とましろはささやくように言った。


「わし、本当に旦那さまに喜んでほしくて、でも落ち着いて考えてみたら結構失礼なことしてたかもって今さらになって後悔して――」


「あのぅ!? お話中、大変申しわけないんですけどもぉ!?」


 俺は必死に言った。


「話がですねぇ! 頭に全然入ってこないんでぇ! あとにしてもらってもよろしいでしょうかぁ!?」


 俺は完全に溶けた鉄の意志をふたたび冷やして固めて、なんとかましろを浴室から追い出したのだった――いや、あとで思い返すと自分でもとんでもない超絶技巧をやったもんだと思うよ。自分を褒めてあげたい。


 なんせ、ましろに指一本ふれることなく動かしたからね。


 霊力使って、念動力でドア開けて、ましろ引き剥がして浮かして脱衣所にポン! してまた扉を閉めてのけたからね。


〔並の男なら故意か過失かは問わず、胸のひとつでも揉んでいただろう〕


 だが俺は普通の男じゃない! 俺を舐めるなぁ! 俺の力をもってすれば! 裸の女の子ひとり、指一本ふれずに脱衣所へリターンさせるくらいわけねぇんだよ!


 俺は全力の結界を張ってましろが入ってこられないようにバリアしつつ、ようやく人心地ついた。落ち着くため、呼吸をととのえながら目を閉じると、ましろの全裸が頭に浮かぶ――くっきりと。


〔脳裏に焼きついててまったく忘れられない!〕


 普通にましろの裸を思い出してしまう。しかも画像じゃない。動画だ。ドアを開けた瞬間からましろが俺の背中にくっつくまでの映像が、めちゃくちゃ鮮明に思い起こせる!


「完全に俺の記憶にましろの全裸が刻み込まれちゃってる!」


 などと、わめいていたら脱衣所から不安げな少女の声が聞こえた。


「あっ……旦那さま、い、嫌だったかのう……? その、自信……あったんじゃが、わし」


「いやむしろ最高すぎて忘れられない! 俺は今日このときの記憶を絶対に忘れないと誓っていい! 死の瞬間まで絶対覚えてる!」


「いやあの、旦那さま……? 言ってくれれば、いつでも見せるのじゃが……わしの裸くらい」


 そんな今生の別れみたいな勢いで覚えておかなくても……と、ましろは若干呆れたような声音で答えた。


〔いつでも……!?〕


 なんという甘美な響きだろう? こんなに素晴らしい言葉がこの世に存在していたのだろうか? 俺は甘い匂いに誘われるミツバチのように、じゃあさっそくもう一回だけ……と言いそうになってしまった。


〔耐えろ俺ぇ! 今そういう場合じゃないからぁ!〕


「あのさ、ましろ。別に気にしなくていいんだよ」


 俺は心の平静さを保つために言った。なにか答えてないと心が持っていかれそうだ。


「玄関のことだって大丈夫だって言ったろ? あれくらいすぐ直せるんだ。どうということもない。それに嫌いになるなんて……あんなもん、ちょっとしたじゃれ合いみたいなもんだよ。俺は怒ってないし、嫌いにもならない。むしろ逆だよ」


 俺は笑った。


「普通にましろのこと好きになりそうでヤバい。マジでちょっと手加減してほしい」


 このままだと再会して一日と経たずに陥落しそう。


〔俺ってこんなに意志弱かったんか、ってわりと本気で衝撃受けてるよ?〕


「喧嘩なんて思ってない。確かにちょっと困ったけどさ、でもそれくらいでましろへの想いは何も変わらないよ」


 あれ? なんか告白みたいなことになってない? 好きになりかけてるとか言ってるけど、何ひとつごまかせてなくない?


〔いやそもそもごまかすも何も俺は落ちてないから!〕


 全くよぉ……俺は男だぜ? 栄えある日本男児だぞ? お前、それが自分好みの超絶爆乳美少女(しかもケモミミしっぽ!)に迫られて、最高の手料理で胃袋つかまれただけで落ちるわけねーだろ?


 チョロインじゃあるまいし――いや冷静に考えたら落ちてもおかしくないのか……?


 俺は風呂場で煩悩を振り払うために必死になって自問自答した。

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