第5話 孫に味方しない祖母
祖母の住まいは、スーパーからだいぶ離れた――というか俺の家の近くにあった。
平日に一本しかない路線維持目的のバス停を通りすぎた先……林と原っぱに囲まれた場所に、ぽつんと小さな駄菓子屋がある。祖母の住まいだ。二階建てで、一階部分が店になっている。
客はいない。近くに小学校はあるが、人払いの結界が張られているうえに、小さな看板があるだけでガラス戸も閉まっている。営業しているように見えないのだ。
「お、おおー?」
と、ましろも困惑したような顔で駄菓子屋を見上げている。
「ばあちゃん、入るぞ」
俺はガラス戸を開けた――休みのように見えるが、鍵はかかっていないのだ。
「来たね」
店内は雑多――とは程遠い。駄菓子屋といったらお菓子やらおもちゃやらであふれているようなイメージ(偏見)なのだが、この店は陳列棚に商品が置いてあるだけで、しかも陳列棚が小さく少ないのだ。
来る前はあんなにはしゃいでいたましろも、すっかり戸惑っている。店内を見回して、いぶかしげな顔だ。しっぽも頭の狐耳も、しょげかえったように垂れ下がっている。
「旦那さま」
と、ましろは後ろから抱きつくように俺の肩に手を置く――なんかすげぇやわらけぇ感触が背中に当たってるんですけど!? あと、ふわっと甘い香りが……!
〔いかん! 意識を持っていかれる!〕
「どうしたんだい、かわいいましろ」
俺は平静をよそおって訊いた――いや、よそおえてるかコレ?
「なんかちょっと思ってたのと違うのじゃ」
こっそりと内緒話をするように、彼女はささやく。
「現実の駄菓子屋さんはこんな感じなのかのう?」
「この店が特殊なだけだよ。いや、駄菓子屋って減ってるらしいから、俺も詳しくは知らないけどさ」
でもさすがに肝心の駄菓子があんまりない店って普通じゃないと思う。
「かまやァしないよ、ここァ別に本職でやってるわけじゃァないからね」
奥に目をやる。レジの真横に祖母が腰かけていた。
「それに、あんまり大量に仕入れたッて処分に困るだけだろう?」
「困るっていうか、いっつも退魔師のガキどもにただでくれてやってるじゃん」
「仕方ないだろ? 駄菓子ってェのはね、賞味期限があるんだよ。腐って捨てるよりゃァよっぽどいいじゃないか」
そう言って、ばあちゃんは立ち上がってましろの前まで来た。ましろは見上げる形だ、ばあちゃんのほうが十センチくらい背が高いから。
ましろは深々とお辞儀をして挨拶をした。
「はじめまして、お祖母さま。白峯ましろと申します。お孫さんの修一さんと結婚するために参りました」
「ほォ……思った以上にしっかりモンだねェ。修一の祖母やってる鏑木由美子だよ」
と、ばあちゃんは頭を下げる――御年六十になるというのに、体つきはがっしりしていて腰も曲がってない。しわが増えて、髪も白髪がだいぶ多くなっているが、それでも活力を感じさせる見た目だった。
〔つーか、あらためて見るとましろと髪色似てるのにだいぶ違うな……〕
ましろもばあちゃんも白い髪という点では共通している。だが、ましろのほうが明らかにつやめきとなめらかさが違うのだ。いや、ばあちゃんも年の割に若々しい感じだし、別に総白髪ってわけでもないんだけど。
「そりゃァ若い女のほうがきれいに決まってんだろ? 六十のババアより下だッてんなら、そっちのほうが問題だよ」
〔思考を読まれた!?〕
ばあちゃんは腕組みして、俺に鋭い目を向けてくる。
「あんたの考えてることくらい、よォくわかるよ。きれいな嫁さんもらえてよかったじゃァないか。あたしもこれで安心だよ」
「いやいや! 前から言ってるだろ!? 俺は誰とも結婚する気は――!」
「なァに寝ぼけたこと言ってんだい? んなこと言ってると、あんたの『輝く空の雷鳴』ッてェ二つ名が泣くよ?」
「……それ、恥ずかしいからやめてくれよ。なんでそんな二つ名わざわざ作ったんだよ……」
「あたしの『乾いた海の砂塵』よりゃァだいぶマシだと思うけどねェ。文句なら退魔師協会に直接言いな。あいつらが作ってんだからさ」
「お、おおー!」
ましろが急に歓声を上げた。目をキラキラと輝かせている。
「な、なんじゃそれ! かっこいいのじゃ!」
「嘘だろ食いつくのかよ!? おいちょっとばあちゃん!」
俺はすがるように言った。
「どうすんだよ、なんかましろが気に入っちゃったじゃん!」
「いいじゃないかァ。嫁に気に入られるなんて結構なことだよ。まァ、実際二つ名をたまわるッてのは名誉なことなんだけどねェ。ネーミングはともかく」
「そりゃ一級退魔師じゃないと名乗れないわけだから……」
「おおー! すごいのじゃ旦那さま! さすがなのじゃ! つまり、旦那さまが強くて恰好いいということをみんなが知っている証明なわけじゃな!」
「い、いや……そんな、はしゃぎまくるようなことでは……」
だが、ましろはまるで聞いていない。すごいのじゃ、すごいのじゃ、とくるくる跳ね回って、しっぽもぶんぶん揺れている。ついでに胸もばるんばるん――いや、そこは考えなくていいんだよ! 目ぇそらせ俺! 全然そらせないけど!
〔でも反応かわいいなぁ〕
こんなに喜んでもらえるなら、『輝く空の雷鳴』とかいうちょっと恰好つけすぎて中二病みたいなことになってるネーミングも――いや、やっぱよくねぇわ。
『輝く空の雷鳴』鏑木修一だ! とか絶対名乗りたくない。
俺は身震いした。その場面を想像しただけで寒気がする。
「と、ところでばあちゃん。なんかましろについて知ってるふうだったけど――」
「ん? ああ、まァ紹介したのァあたしだからね」
「は?」
「正確に言ッちまえば」
と祖母は口の端を吊り上げて不敵に笑った。
「孫を翻意させる『いい女』として、昔に助けた白狐の子なんてどうだい? ッて言っただけなんだけどねェ。ほら、あんたもだいぶ頑なだったろう? 結婚する気ないとか言ッちまっててさァ……で、協会のほうがえらくやきもきしててねェ。とッとと世継ぎをこさえてほしいッてんで、あたしがいっそ人間じゃなくて白狐の子なんかどうだいッて推薦したッてェわけさ」
「いやどういうことだよ!?」
「どうもこうもあるかい」
ばあちゃんはため息をついた。
「あたしに曾孫を抱かせない気かい!? かー! なんてェひどい孫なんだろうねェ! あたしゃァ悲しくッて泣きそうだよ!」
「いや曾孫だったら妹たちや弟がたぶん……っつーかそれ以前にあの二人、不老長生の術会得してるから、たぶんまだ子供作る気……」
「あたしゃァあんたの曾孫が見たいんだよ!」
ばあちゃんはグイグイと迫ってきて、俺に指を突きつける。
「あんたの子が見たくッて、あたしゃァまだ死んだ亭主のとこに行ってないんだ! いつも言ってるだろう? あんたの系譜が見たいんだよ、あたしは! サイアーラインが繋がってるとこを見せとくれ!」
「サイアーラインって……人を競馬の種馬みたいに」
「あんたに種馬やるほどの度胸なんてェないだろうに、何を言ってんだかねェ、この子は……。一人でさえあれこれ苦悩しちまうようなやつが、何人も娶ったり子種バラまいたりなんてできゃァしないだろう?」
「それはさすがに無理だけど……」
あちこちに自分の子供がいます、しかも母親違います……とか、ちょっと俺の心が耐えられそうにない。無理ある無理ある。
「いや、それはともかく――ばあちゃん、ましろのことずっと知ってたのか?」
「ずっとッてェわけじゃないさ」
ばあちゃんは肩をすくめる。
「ただ、貴重な白狐の系譜だからねェ……。そもそも発見したのはあんただろう? そりゃァ見つけて報告しちまえば、協会だって保護せざるを得ないよ。以前はこの子の母親が一人でこっそり買い物してたらしいけど、今じゃァ協会所属の『専属行商人』が浮世のモンを持ってってるのさ」
だからまァ一応情報は耳に入ってたよ、とばあちゃんは事もなげに言う。
「それで俺の話をましろに?」
「聞いた話じゃァ、あんたの妻になるためにがんばってるッて言うじゃないか。白狐ならきっと美人だろうし、あんたを籠絡するにゃァぴったりだろう? 実際、効果はあったみたいだからねェ」
ばあちゃんはニヤニヤ笑う。
「ま、自分の強運に感謝するんだねェ。たまたま山で迷ってただけの女の子を助けただけで、こォーんな美人の娘ッ子が嫁に来てくれたんだよ? こんな幸運、普通はないねェ」
俺は言葉につまった。確かに、冷静に考えるとあり得ないくらいの幸運だ。
修行がてら出かけた山で、ちょっと遠出して道に迷ってただけの女の子を助けたら、爆乳の超絶美少女になって「お嫁さんになってあげる!」と押しかけてきてくれるなんて、そんな幸運を授かる男が世の中にどれだけいるか――
「ま、とにかくそういうわけだから、はよ子供こさえな。母父としての活躍だって期待してんだからねェ」
ばあちゃんはしみじみと言った。
「贅沢なこたァ言わないよ。せめてサンデーサイレンスくらいに繁栄してくれればあたしも満足するからさ。孫娘にシーザリオ的な子がいりゃァ完璧だねェ」
「だから競馬にたとえ――って色々贅沢すぎるわ! 子供どころか孫や曾孫世代ですら大活躍させろってか!? どんだけ強欲なんだよ!?」
「ノーザンダンサーと言わないだけ謙虚だとあたしは思ってるけどねェ」
「期待が重すぎる! いやそもそも結婚する気ねぇから俺は!」
しかし、ばあちゃんは俺を無視した。ましろの肩に手を置いて、
「こんなどうしようもない孫だけど、頼んでいいかい?」
「任せてほしいのじゃ! たくさん生めばよいのじゃな!」
グッと拳を握りしめて、ましろは力強く宣言した。うーん……この場に俺の味方はいないみたいですね。
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