第4話 はじめてのスーパー

 結局、俺が認識阻害を追加で使う形になった。ましろの衣服はもちろん、美貌も目立つので意識させないように細工しておく。


 で、そのましろは今、スーパーの店内で子供のようにはしゃいでいた。特にカートを押すのを面白がって、意味もなくグルグルと生鮮食品の売り場を徘徊していた。


 種々雑多な商品のほうにも目移りするかと思ったが、こちらは意外と冷静だった。


「これだけ並べられておると壮観じゃのう」


「もうちょっと驚くかと思ったけど」


「なんじゃ、わしを田舎のお上りさんとでも思ったか? わしも今年で十六じゃぞ? 花も恥らう乙女じゃ。左様なことに心動かされ――」


「さっきまでカートでめっちゃはしゃいでたじゃん」


「あ、あれは実際に押すのは初めてだったから仕方ないのじゃ……!」


 ましろは恥ずかしそうに頬を染めた。


「一応、スーパーの商品自体は行商人さん経由で何度も見たことあるしのう。うちでもそれなりに浮世のものは馴染みがあるのじゃ。ただ……」


 ましろは急に自分のやっていることが恥ずかしくなったようで、俺にカートを押しつけてきた。彼女は拗ねたようにぷいと横を向く。


「来たのは初めてじゃし、こういうものがあるのは話に聞いて知っておったが……自分で買い物するのはやったことなかったのじゃ」


 俺はカートを押したまま、ましろの隣に並んだ。


「楽しいならいいじゃないか。別に俺は子供っぽいなんて言わないし」


「それは思っておるということではないか!」


 ほら、と俺は苦笑いでカートをましろに示した。ましろはちょっと躊躇した様子を見せる。が、やがてうれしそうな笑みを浮かべて、またカートを押しはじめた。


「それにしても本当に色々なものが揃っておるのう。こうして見ると、行商人さんが持ってきてくれた品は本当にごく一部なんじゃなー」


「その行商人さんって――」


 言いかけたとき、不意に着信音が鳴った。スマホではない。俺は通信用の御札おふだを手もとに引き寄せた――普段は自宅に置きっぱなしなのだ。


 ぶっちゃけスマホでいいだろ感もあるが、昔からの馴染みで退魔師は御札で通話する。もちろんメリットがないわけじゃない。まず圏外がないし、充電も不要だ。ついでになくしてもすぐ手もとに引き寄せられる。


 今、スーパーにいる俺のところまで自宅から引き寄せたように。


『修一』


 と御札から祖母の声がした。


「ばあちゃん、なんか用?」


『新しくかわいい女の子が来たんだろう? 顔を見せに来な』


「ああ、さすがに気づいて――」


 ん? いや待て……今なんて言った?


「なんで女の子ってわかる? 妖力の規模と隠匿術で、誰か手練の妖怪と接触したことはわかっても、それがかわいい女の子だとはわからないはず……」


『かわいいってェとこは否定しないんだね』


「実際かわいいからな。いや違う、聞きたいのはそこじゃ――」


 なおも追求しようとした途端、通話が切れた……おいコレ、絶対なんか知ってるだろ。俺が御札を見つめていると、ちょんちょんとましろが俺の肩を指先で叩いた。


 顔を向けると、ましろはドヤ顔で通信用の御札を両手で持って見せつけてきた。


「わしも持ってるのじゃ!」


「そりゃまぁ退魔師なら――いや、ましろは退魔師じゃないのか」


 協会に所属しているわけじゃないからな。あくまでも普通の霊能者――いや妖怪か。


「旦那さまとおそろいなら退魔師になるのもやぶさかでないのじゃー。でもそれはそれとして!」


 てい! とましろはうれしそうに俺の御札と自分の御札をくっつけた。


「やったー! 母さま以外の連絡先がようやくできたのじゃ!」


「なんか悲しい物言いに聞こえる!」


 いや実際はボッチだったわけではなく、単に山奥で暮らしていただけ――いや、あんまり意味変わらんのかコレ……?


「で、旦那さまのお祖母さまからの連絡かのう? 話からするに」


「ああ、ましろが来たから顔を見せに来いってさ」


「おおー! ご家族に挨拶じゃな! がんばって好印象の嫁と思ってもらわねばのう!」


 ましろはしっぽを揺らしながら、くるくるとまわってみせる。


「別に会ったことあるわけじゃないんだよな? なんかばあちゃん、知ってるふうだったけど」


「ん? 自慢ではないが、わしの交友関係はとてもせまいぞ?」


「本当に自慢できることじゃないな……じゃあ、心当たりもないのか」


「旦那さまのお祖母さまと会ったなら、わしが忘れるはずがないのう。そもそもわしの知り合いは母さまと行商人のたぬきのお姉さん、あとは旦那さまくらいなのじゃ!」


「マジで少ねぇ!」


 むぅ、とましろは唇を尖らせる。


「なんじゃ? 旦那さまはそんなにたくさんのお友達に囲まれておるのかの? 確か家のテーブルに置きっぱなしだったスマホにはどれほどの連絡先があるんじゃ?」


「すみません、俺も家族くらいしか連絡先ないです……つーかよく見てんな!? そこまで観察力あるなら置きっぱなしな時点で察してください!」


 スマホはちょっとした調べ物をするときはとても便利な道具なんだ。がっつりゲームとか動画とか見るときはパソコン使えばいいし……。


「スマホ使いこなしてないあたり、現代に全然適応できてない人みたいだな……一応現役の男子高校生のはずなんだが」


「んー、別によいのではないか? わしらは浮世離れしておるのじゃし、なんでもかんでも浮世に適応すればよいというものでもあるまい」


 んー! とましろは精一杯背伸びをして、俺をよしよしと慰めてくれる。彼女の身長だと、手のひらで俺の頭を撫でるには難儀するようだ。


「ありがとな。でも店内では恥ずかしいから、人前では……」


「わしは気にせんが」


「俺が気にするんですわ!」


 むぅ、仕方ないのう、とましろは残念そうだ。


「まぁ二人きりならしてよいという言質はとったし、それでよしとするかのう!」


 ましろは胸を張った。大きな乳房が――いやいやしれっと言質とられてる!?


〔え? いや待ってくれ……。つまり、これから二人きりのときは――ましろと遠慮なくふれ合えるってことで……〕


 そんなの……めっちゃうれしいじゃないか!


「いや、うれしがったらダメなんだよ!」


 俺は思わず店内で叫んでしまった。なんだなんだと周囲の視線が集まって、とても恥ずかしかった。

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