第3話 お買い物デートにむけて出発進行

 勢いよく家から出たところで、ましろが「あっ」と言って立ち止まった。見ると、ましろの地団駄で破壊された玄関ポーチが見えた。


「だ、旦那さま……そ、そのぉ――」


 ましろが神妙な、しゅんとした顔で俺を見てくる。しっぽも、ケモミミも、力なくしおれていた。


「別に気にしなくていいよ、ほら」


 と、俺は霊力を込めて、あっさりとポーチを修復する。粉々に砕けていたタイルがきれいに直る。まるで新品同然だ。


「おおー、すごいのう」


「ま、一級退魔師だし、このくらいはな」


「んん? 一級退魔師だと得意なのかの?」


 ましろは不思議そうに首をかしげた。


「あれ、知らなかった?」


「行商人さんは、『退魔師は主に悪霊退治がお仕事』って言ってたのじゃ。悪霊とか悪い妖怪も退治するとか……あ、わしは悪い妖怪ではないのじゃ! 退治しないでほしいのじゃ!」


 ましろはぴょんぴょんと飛び跳ねながら訴える。今さらすぎじゃね? かわいいからいいけど。


「つーか人を害さないなら倒さないぞ退魔師は」


 俺は苦笑いで答えた。最近はもっぱら悪霊ばっかりだが、基本的に退魔師の敵は人間を害する怪物たちだ。ましろのように、特に何もしてこない相手は倒さない――


〔いや、俺にめっちゃ色々してくるし、俺の心はめっちゃ影響されてるけど!〕


 あれ? もしかして、ましろって悪い妖怪なのでは? まぁ一般的には絶対に怪物扱いされないけど。俺に対してだけ特効じゃないですか、もー!


「えーと……話戻すけどさ、そういう悪霊――怪物どもと戦うとき、たまに周囲の建物とか道路とかがぶっ壊れることがよくあるんだよ」


 といっても、たいていは結界内に隔離するからそうそう影響は出ない。悪霊にいたっては自分有利なフィールドを作り出し、そこに引きずり込むタイプも多いし。


〔ただ、絶対に被害が出ないわけでもないんだよなぁ〕


 隔離する前に大暴れされると大被害だし、中には結界ごと破砕して、現実空間で暴れないと気が済まないタイプもいる。


「だからこういう芸当もできたほうが便利なんだよ。地味に建物だけじゃなくて、服とか電化製品の修理とかもできるし」


 意外とつぶしが効く能力なのだ。覚えておいて損はない。


「ほえー、便利なんじゃなー」


 ましろは感心したように言った。


「まぁとにかく行こうぜ。つーかかなり離れてるから、急がないと日が暮れるぞ」


 なんせ最寄りのスーパーまで徒歩で三十分近くかかるのだ。ちなみにコンビニも似たような立地で二キロくらい離れている。


〔めっちゃ不便だよなぁ……さすが呪われた地〕


 あるいは見捨てられた土地か。駅前は開発されているのに、この周辺だけはぽっかりと穴が空いたように商店がなく、ただただ住宅があちこちに建ち並ぶ――それも住宅街と呼べるほどの密度はなく、かといって田舎というほどまばらでもない。


 なんとも中途半端だ。


「うむ。では出発進行なのじゃ!」


 ましろは山育ちなせいか、そのへんに疑問はないらしい。彼女は元気よく進行方向を指さした――そっちじゃないけどね、店あるの。


「ほら、こっち」


 と言って俺はさっと駆け出した。ましろもついてくる。人通りはないが、車はそれなりに通っている。俺たちは車の後を追うように歩道を走った。


 見咎められそうだが、ふたりとも認識阻害の術を発動させていたから気にするものは誰もいない。


 スーパーまで来ると、さすがに人通りが増えてくる。といっても車で来る者が大半だから、歩行者の数は大して見当たらない。近くにはコンビニやらドラッグストアやらもある。


「おおー! ここが浮世のスーパー!」


 広々とした駐車場のど真ん中で、ましろは目をキラキラと輝かせていた。


「めっちゃ邪魔だからこっち来ようか」


 俺はましろを手招きした。ましろはタタタッとリズミカルに駆けて、店の入口までやって来る。自動ドア越しに見える店内をはしゃいだ様子で物珍しげに見て、時折子供のように店を指さしながら俺を見た。


 そんなほほえましい様子をながめながら、俺は思った。


〔この服……ヤバくね?〕


 なんか、慣れてきちゃって店まで連れてきちゃったけど……わりと半裸に近い格好では? いや半裸っていうか、巫女服っぽい水着? いや下着?


〔そもそも巫女服の時点でめっちゃ目立つじゃん……〕


 いや、巫女さんだってお買い物くらいすると思うよ? でも巫女服着てスーパー行くか、普通? 着替えない? ましろの場合はそれに加えてめちゃくちゃ露出激しいんだが?


〔ただでさえとんでもない爆乳美少女……しかもケモミミしっぽ付き〕


 いや、わかっている。ましろは認識阻害の術を使っているのだ。一般人にはごく普通の恰好として受け入れられるだろう。誰も違和感は持たない。


 これはカメラなどで撮影されていても同じだ。ましろの姿を目にした途端――それがどれほど奇態な姿であろうと、ごく当たり前の日常的な光景として認識してしまう。


〔だが、霊感のある人間なら?〕


 退魔師はもちろん、そこらの霊能者でもわかるだろう。ましろの術はそれほど強力なものではない。ちょっとした霊感持ちなら、すぐに「なんだコイツ?」と二度見すること請け合いだ。


「あのさ、ましろ……ちょっと着替えないか? その服は……」


「んぅ? 別に気にすることはないじゃろう? 旦那さまもさっきからチラチラと見てくるではないか。ほれほれ、ホントは見たいんじゃろう? この布で隠された――」


「いや別に見てねーし! つーかチラ見せさせようとするなぁ! 店の前やぞ!」


 ましろは布地をぴらっと指先でつまんでみせる。あとちょっとで、乳房の先端の――いやいやダメだ! ここは天下の往来! ましろには浮世の常識を教えねば!


「そういうのは家で二人っきりのときにやるんだ! 俺以外に見せちゃダメ!」


「帰ったら見せろ、と……?」


 旦那さま、意外と大胆なのじゃ、会って初日なのに……とましろは顔を赤らめる。


〔ぬぁぁぁぁしまったぁぁぁ!〕


 痛恨のミス! 言葉のチョイスを誤った!


「いや違う! その、あれだよ! 人前では肌をさらさないようにしましょう的な、浮世の常識なんだよ!」


「むぅ、そういうものかのう」


 ましろは服から指を離した。


「それにしても……自分以外には見せたくないのじゃな、当たり前じゃが。これはもっと露出を抑えた服を作るべきかのう」


「なんか結果オーライになってる! いやなってないか!」


 結局、今はこの恰好で入店せざるを得ないしなぁ……。さすがに今から家に帰るとか、ましろだけ店外で待機してろ、というわけにもいかない。


〔まぁ駅前まで行けば服も買えるけど……〕


「この服、結構会心の出来で気に入っておったんじゃがの」


「ああ、確かにましろに似合っててすげぇいいぞ、それ。正直着替えろってちょっともったいない気が……」


「じゃあ認識阻害の術を改良して、もっと強力なやつに変えるのじゃ!」


「墓穴ほった!」


 せっかくのましろの決意が俺の一言で台無しに……!


 結局その日以降もましろは、そのまま露出満載の巫女服(っぽい装い)をし続けるのだった。

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