第2話

 昼放課。憂鬱な気分で廊下を歩き、階段に差し掛かると、そこに


「ひよこ!」


 私の頭のうえから女の子が降ってきた。まるで天使のように落ちてくる女の子に私は咄嗟に手を差し伸べる。


「うきゃあ」

「大丈夫か」


 女の子を背から、がっしりと抱きとめると、私は尻もちをつく。女の子は無事だった。ほっとして私はそっと顔を覗き込む。その子は、おかっぱ頭で目はくりくりだった。顔をこちらに向ける姿が首を傾ける鳥のようだった。


──うわ。ちっさい。可愛い。雛鳥みたい。


 可愛らしい女の子はニコリと笑う。

ああ、和む。


「ありがとうよ。イケメンの兄ちゃん」


──ん。


「ちょいと、よそ見してたもんでよ。足を滑らせてしもぅたんだわ」


──んん?


「あれま。足を挫いてまったか」


 彼女は立ち上がると足をトントンとさせて眉をしかめた。


──えっと。どこの方言かしら。


 そう思ったが、それよりもこのままにはしておけない。私は、おもむろに小さな彼女の膝裏に腕を通してお姫様抱っこした。


「うわぁ」


 すると女の子は悲鳴をあげた。女の子の有無を言わさず、私は保健室へと連れて行った。


──うん。ほっとけないもの。


 人情溢れるオカマたちに育てられて、困った人には手を差し向ける、が、家訓だったので、ここで見捨てるのはどうしても許せなかった。


心は凍てついても、人情は捨ててない。


──それに


 気づいたのだ。彼女の腰にはぷらぷら揺れる黄色い物が目に止まった。それはひよこの形をしたポシェットがぶら下がっていたのだ。


──これ! 私が作った物だわ。


 間違いない。トレードマークにひよこの首にスミレの花がある。私が作ってオークションに出品した物だ。


「ひよこ。大丈夫! わっ。影森さま」


 友達らしき人が駆けつけて、付き添い、私を見るなり驚いていた。


──さまって……。


 彼女を抱えたまま保健室に入ると先生は不在だった。気の利いた付き添いの子は慌てて「私。先生探して来ます」と言うと保健室を出ていった。

 私は彼女を軽々と椅子に座らせる。彼女は頬を染めてすまなそうにした。


「重ね重ね。すまんのぅ」


──んん。やっぱりこの子、言葉遣いが。


 なんたか、ウズウズして、私は思いきって聞いてみた。


「変わった喋り方だな」

「どえりゃあ、田舎の曾祖母ひいばあちゃんに育ててもらったもんでよぅ。喋り方が移ってしまったんだわ。聞きにくいかもしれないけど、堪忍してちょーよ」


──なんだろう。親近感が沸くわ。ええ、私もよ。このオカマ言葉が本当は素なのぅ。ああ、言いたい。


「あの」


 私は口を開いて言うと、彼女は、きょとんとした顔で私を見つめてきた。うっと私は怯む。


──無理だわ言えない。


「足、痛そうだな」

「大丈夫だで、気にせんとって」


 って言うか、それ以外にも聞きたい。その腰にあるポシェットどうしたのって? 


 彼女を抱きかかえながら、何度も目の端にずっとポシェットが焼き付いていた。


 ずっと。ねぇ、それどうしたの? っと聞きたかったのに、私はこんなことを言ってしまった。


「──あんたの名前って、ひよこ、って名なのか、変わってるな」


──ちぃがーう違う。名前なんて聞いてどうするのよ。


 彼女は気にした風もなく


「私は日高ひだか日和ひより。あだ名が、ひよこなんだわ」


 っと言いニコリと笑った。


──かっ。可愛い。小動物みたい。


 なにを隠そう。私は可愛い物が大好きなのだ。縫いぐるみ、文房具、小物。学校には持ってきてないけど、ハンカチなんて鳥柄ばかり。雀、シマエナガ、ひよこ。


ぷりぷりまん丸で可愛い、日和ちゃん。まるで、ちゅんちゅく首を傾げる小鳥の様。


「ひよこがあだ名か。それでその……。ひよこのポシェット持ってるんだな」


 さりげに聞いてみた。


「それもあるんだがよ。出品者の作品が好みなんだわ」


 じーん。


──やだ。涙でそう。


 私の趣味は鞄作りで、特に丸い形のがま口を好んで作っている。

パカって開く形が可愛いのよ。


ひよこ形にしたり猫の形にしたり。自由自在。きっかけはお店で売ってる小物が自分好みじゃなかったから。


もともと布収集癖もあって大量の布もあり、布を消費しようと鞄を作り出したのが始まり。一部の布は私のコレクションとして取ってある。


 そんな訳で鞄を作り出したのだけど、気がついたら作り過ぎてしまい、ならばオークションに出品することにした。出品名はスミレ。


「スミレさんの作る作品は素敵でなぁ。私、の作品よぅ検索してチェックしてるんだがな。家には他の鞄もあるんよ」


 私は嬉しさで手が震えた。


──ああ、言いたい。それは私が作ったの。でも駄目だ。私はだもの。


 この学校ではクールで無口な一匹狼を演じている。男が夜な夜なパタンナー型紙を考え、鞄を作ってるなんて、絶対に幻滅されるじゃない。この様子では日和はスミレを女と勘違いしてる。


──駄目。言えっこないわ。


 私が頭を抱えていると、日和は大事そうにポシェットを見つめ呟いた。


「私にもスミレさんみたいに、鞄を作れるんかのぅ」

「えっ」


 私は驚く。


「あの」


 声を掛けようとしたその時。ガラリと扉が開き保険の先生が入ってきた。テキパキと先生は日和の足の状態を確認して、大した事ないと湿布を貼って治療は終了。

 私は呆然とした。


──作るって言わなかった。日和ちゃん?

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