第162話  シンプソンダンジョン終息戦・西口①

〈シンプソンダンジョン西口〉


 氾濫が始まってから十五分ぐらい経った西口は現在、かなり優勢な状況だ。


「『行け行け!!』」

「『あまり突っ込み過ぎるなよ!』」

「『いいか! 通常モンスターでも最低でも五人一組で掛かれ!』」


 氾濫しているモンスターが上層と中層の通常モンスターと階層ボスなのと、数の有利なのが要因である。


「『今のところ、此方が押しているから安心か』」

「『そうですね。幸い、下層のモンスターの氾濫はまだ確認されていません』」

「『いきなりの氾濫で驚きましたが、あのお二人のおかげでなんとかなりましたね』」

「『けれど、想定してたより数は多いです。いつでも出れるよう我々も準備をしましょう』」


 西口の後方指令部の待機場では、協会の幹部職や高ランク探索者たちが、状況を見ながら待機している。

 まだ上層や中層のモンスターだけなため、前線に出ているのはD〜Bのランクの探索者だ。

 そして、その待機場の端には桐島やその他日本の探索者たも居る。


「これなら暫く私の出番は無さそうだな」

「そうですね。私たち『光の癒し』のメンバーたちも思ったよりも負担が少ないです」

「まぁ、白岩さんがこちらに戦力を集中させたからな。余裕があるだろう。……そんな事より天月さん」

「なんですか? 桐島さん」

「龍也君は何処に行ったか知りませんか?」

「…………石井君なら、あそこに居ます」

「…………はぁ〜」


 桐島は相良の指の差した方向を見ると、日本探索者の集団の中に、アサルトライフルや手榴弾などを使って戦う龍也の姿があった。


「オラオラオラオラーー!! 蜂の巣だーーーー!! …全員下がれ! 手榴弾を投げる!」


 バァーーン!!


「今だ! 突っ込め!!」

「「「「「「オウ!!」」」」」」


 戦いになるとヒャッハーしてしまうのは、海老名の時が例外だった訳ではなく、通常みたいだ。

 周りの探索者集団も、殆どは海老名の時に龍也の指揮で戦っていた者達で龍也の事を信用している為、龍也を受け入れている。


「まったく……達也君は」

「まぁ、士気も上がってるので良いのでは」


 桐島と相良の二人は困った様に龍也を見る。


「…………ところでアトラさん」

「はい。なんでしょうか、桐島様」

「さっきの白岩さんの伝言は本当かね?」

「はい。マスターは間違いないとおしゃっていました」


 桐島は氾濫が始まった少し後にアトラから聞いた真白の伝言が忘れられずにいた。


————————


『————アトラ。それと後で少し話しがある』


 それは、真白が西口での戦闘を終えた所まで溯る。

 戦闘を終えた真白はレオと別れ、西口の待機場まで戻っている時の事だった。


「アトラ、私が貴女を保険で西口の部隊に加えた理由は解るわね」

「はい、マスター。もしもの事態の保険だと」


 アトラは自分の役目をしっかりと理解している。だから、真白がこの後に言う事がなんとなく分かる。


「本当は貴女が戦う様な事になってほしくないけど、…残念だけど、貴女の出番は間違いなくある」


 真白は断言した。

 それは、アトラが戦わなければならないくらいの事態が起こると言う事だ。


「理由を訊いてもよろしいでしょうか、マスター」

「うん。まず、モンスターは私たち探索者の強い魔力や魔力の密集している所に寄って来る事は話したわね」

「はい」

「今、西口が氾濫したけど、他の入口は氾濫してないでしょ」

「はい」

「ここからは私の仮説になるけど、恐らく今のモンスターたちは西口に密集している探索者たちの魔力に反応して氾濫してきたんだと思う」

「つまり、西口にほぼ全ての人員を集めた事が原因と言う事でしょうか」


 アトラの言う事に真白は頷く。


「だから、予想よりもかなりの数のモンスターが氾濫して来ると思う。これは私の見立てがあまかったせい」

「マスターは悪くありません。予測出来る事ではありませんから」


 真白は自分の見立てがあまかった事を悔やむが、アトラは否定した。

 アトラの言う通り、こんなの予測出来るはずが無い。


「そうかもだけど、結果的には私の見立てがあまかったんだよ。……けど、多分だけど、他の入口の方はその分負担が減ると思う。もしそうなら、レオさんの負担が減って良かったよ」


 真白は起きてしまった事に対して引きずらず、むしろ前向きになっている。

 過去の事より未来の事、起こってしまった事をどう解決するかを真白は既に考えている。


「そして、アトラはこの事を会長さん達に伝えて欲しい。私は直ぐに東口に向かうから。…こっちが片付いたらそっちに行く。というか、私が行く前に救援が来るよ」

「そうなのですか?」

「うん。かなりヤバい奴だけど、私が一番信用出来る忠臣だから。多分、私が着く前に全て終わる」

「そうですか」


 真白は自分が着く前に不滅巨人が向かって終わらせるだろうと思っている。


「だからアトラ、負担かけるかもしれないけど、任せてもいい?」

「私はマスターのメイドです。なんなりとお申し付け下さい」


————————


 と、そんな事があり、今に至る。


「今の所、何とも無さそうだが」

「しかし、氾濫して来るモンスターの数は多いですよ。最初に約70,000ちかくのモンスターが出てきたのは驚きましたよ」


 西口は他の三つよりも氾濫して来たモンスターの数は多いみたいだ。

 これで、真白の仮説はほぼ間違いなく正しいだろう。



 ドーーーーーン!!



「「「「「『!!??』」」」」」


 突如、大きな音が響く。

 新たにモンスターが氾濫し始めた。


「『おい、嘘だろ』」

「『マジかよ、アレ!』」

「『下層の階層ボスだけじゃなくてレイドボスも居るぞ!!』」


 氾濫して来たモンスターは、下層の通常モンスターだけでなく、階層ボスとレイドボスの姿も見えた。


「どうやら、白岩さんの仮説が当たったみたいだな」

「そうですね」


 桐島と相良は驚きはしたが、真白の言葉などは信用している。その為、慌てる事はなく、冷静で居る。


「『桐島殿! どうやら、先程貴方が仰っていた白岩殿の伝言は正しかった様です』」

「はい。その様です、テイラー総会長」

「『白岩殿の仮説には説得力のある情報が多かった為、その前提で動いてましたから。お陰で現場の混乱は少ないです』」


 真白の仮説は既に幹部や部隊長クラスの探索者には伝達済みである。

 全員高ランクで尚且つ優秀な探索者な為、混乱は少なく、殆どの探索者は落ち着いて戦闘が出来ている。


「『…それで、アトラ殿。事態が急変した訳だが、流石に我々では、この数の下層モンスターを対処するのは負担が大きくなります。最悪犠牲が出るかもしれません。たいへん申し訳ありませんが、お力をお貸し下さい』」


 テイラーはアトラに頭を下げる。

 それは、見ているだけで、犠牲者を出したく無いという思いが伝わるくらいの態度だった。


「了解しました。元より、マスターからそう命じられております。それに、マスターはああ見えて優しい方なので、犠牲者が出る事を望みません」


 アトラはテイラーの申し受けを受ける。


「では、桐島様、天月様。私は行って参ります」

「ああ、よろしく頼む」

「アトラさん、気をつけてね」


 そして、アトラは桐島と相良に見送られ、戦場に向かうのだった。

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