第121話  特訓②

 佳織が走り始めてそろそろ3周目に入る。

 素の身体能力だけとはいえ、普段から探索者として体を鍛えてる為ペース配分もよく今のところ順調に走っている。


「(……真白がさっき言ってた意味ってなんだろ?)」


 佳織は走りながら、真白の言った『ダンジョンだと思って走る』と言う言葉の意味を考えていた。


「(ダンジョンだと思って走る事って、何か意味があるのかな? ……でも、今は走るしかないか。…ただでさえ頭の可笑しい距離を走るんだし)」


 真白の言ったことは気になるが、今はとにかく走りきる事に集中しだした佳織。


「(ふぅー……そろそろ4周目か。……まだ先は長————)」


 バーン!


「うわー!! …痛っ! な、なに!!」


 佳織が4周目に入る直前、突如佳織の後ろが爆発した。然程大きな爆発ではなかったが、爆発の余波で佳織は前に軽く吹っ飛び転けた。


「いつまで休んでる。さっさと走れ!」


 佳織が声のする方を見ると、そこには腕を伸ばして掌を前に向ける真白の姿があった。


「真白! 今あんた、アタシに向かって魔法撃ったわよね!!」

「言ったはずだよ。今からここはダンジョンだと思えと。…ダンジョン内はいつモンスターの奇襲や攻撃が来てもおかしくないんだよ」

「えっ? っ!……そ、そういう意味かぁーーー!!」


 佳織は真白の先程言った意味をようやく理解した。つまり、真白は形はどうあれ、佳織を素の身体能力でダンジョンを走らせているのだ。けど、モンスターが出ないだけましだろう。


「佳織〜頑張りなさぁ〜い。…私はダンジョン内を走ったのよ。…地上なだけましでしょ」

「ク、クラマスーー!!」


 離れて見ていた翠が佳織にエールを送る。しかし、声には覇気がなく、目は死んでいる。


「…『アースウォール』」

「うわ!」


 佳織の真横に土の壁が出来た。佳織はギリギリその壁からの直撃を避けた。


「休んでないでさっさと走る! 気を抜くと命はないぞ!!」

「この鬼軍曹! 死んだらどうするのよ!!」

「安心して、死なない様に加減はする。だけど油断すると四肢は大惨事になるよ」

「全然安心出来ないんだけど!」

「『欠損部位再生ポーション』があるから大丈夫だよ」

「このクソッタレ!!」


 佳織は文句を言うが、走らないと終わらない為意地でも走り続ける。でないとこの地獄から抜け出せないと思ったからだ。


 バーン! バーン! ドーン!!


「うわ! きゃぁ! あ、イッタ!!」

「気を抜くな! いつ何が来ても大丈夫な様に冷静になって集中しろ! 走りは無意識で走れるくらいになれ!」


 その後もずっと走らされながら魔法を撃たれる佳織。その顔は百人中百人が頷くほど必死な顔をしている。


「…ハァッ! …ハァッ! …————」


 そして、かれこれ30周を過ぎた。今の佳織はもう我を忘れてとにかく走り切る事しか考えたない。


「…………真白……さすがに休憩させてあげたらどう?」

「翠さん、忘れましたか? 人は死ぬ直前までの状態から、更に追い討ちを掛けて限界よりもその先の境地に至ってこそ、新たな力が手に入るんです」

「何処の戦闘民族よ」

「それ以前に、ダンジョンの中で気を抜いて休める所があると思います?」

「…………」


 真白の言う通り、ダンジョンにはセーフティーエリアの様な所はあるにはあるが、ダンジョンでは何が起こるか分からない。それに敵はモンスターだけとも限らないのだ。気を抜く事は出来ないだろう。


「せめて水くらい飲ませてあげて」

「ダンジョンでモンスターとの戦闘中に呑気に水分補給出来ます? …まぁ大丈夫です。水分だけはちゃんと摂ってもらいます。けど、本当に限界そうだったらですけど……」


 かなり鬼畜な真白である。因みに、水を全く飲まない水抜きは逆効果である。むしろ水を飲んで汗をかく事が効率かいいのだ。真白もそれを分かっているから水分は適度に摂らせるつもりだ。


 走り始めてそろそろ4時間半。走った距離は約30km、まだたったの三割だ。ゴールまでは先が長い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る