第33話  災禍の兆候

「…………っ! き、きき、緊急事態です!!」


 某日、日本ダンジョン探索者協会本部の管制司令室にて、女性社員の慌てた叫び声が突如響いた。


「おい、五月蝿いぞ。静かに仕事ができないのか?」

「本部長! そんな事どうでもいいぐらい一大事です! スタンピードダンジョン暴走の兆候が起こりました!!」

「なんだ、スタンピードか。…月に数回はあるだろ。何をそんなに慌ててる? あと、口の聞き方に———」

「場所はSS級ダンジョン指定の海老名ダンジョンになります!!」


 その言葉に全職員が振り向いた。


「———っ!! おい! 何の冗談だ! 観測ミスじゃないのか!?」

「本当です!」


 流石に本部長や他の職員も慌てた。中には、恐怖と絶望を感じてる者もいる。


「全職員に告ぐ! 只今より海老名ダンジョンのみを集中的に監視せよ! 私は上に報告してくる!!」


————————


「なんだと! それは本当か!?」

「はい! 間違いありません! 場所は海老名ダンジョンです!!」

「……なんて事だ」


 ダンジョン協会の会長桐島冬夜きりしまとうやは頭を抱えてしまった。自分が就任して間もないのに、SS級ダンジョンのスタンピードなど、最悪な気持ちだ。


「大至急政府に連絡と近隣や近くの市町村の住民に避難勧告! 大手のクランや腕の立つ探索者に救援要請を出せ! 急げ!!」

「「「「「はい!!」」」」」


 その場にいた全役員が会長の掛け声で一斉に動き出した。


————————


〈相良視点〉


「二人の方にも連絡は来た?」

『はい。うちは3〜5軍の成人してる探索者を全員先に現地へ送り、公安と協力して避難誘導をさせてます。私達残りのメンバーはまもなく到着します』

『俺たちはもう現地にいます。今ある物資を用意できるだけ集めて配ってます。足りない分は現地生産するつもりです。俺はこれから協会の人とこの後の事を話す予定です』

「私ももうすぐ現地に着くわ。到着次第ドーム結界を張って被害を少なくするわ」


 『光の癒し』、『暁月の彗星』、『生産組合』のクランマスターが、お互いの状況を報告し合う。だが、三人は今回のスタンピードを終息する為に動いてない。兎に角被害が少なくなるように動いている。それだけ危険な状況だ。

 スタンピードとは、ダンジョン内の魔力が突然暴走して、ダンジョン内からモンスターが地上に溢れる現象だ。本来なら、低級のダンジョンが月に数回魔力暴走を起こすが、観測により協会が察知して、協会のお抱え探索者にモンスターが溢れる前に止める。だが、例外もある。

 20年前、かつて最も被害の出た海外のA級ダンジョンのスタンピード、それは今でもダンジョン史で語り継がれている世界史上最悪の災禍だった。当時の被害は、死者が約10万人、重軽傷者が約20万人を出した。その後、『結界師』が被害の範囲を抑え、神官系のジョブの探索者が魔力の暴走を抑えて、スタンピードは治ったが結界内はモンスターだらけになり、半径数十キロが現在でも災害地区となっている。

 そして、今回は前代未聞のSS級ダンジョンのスタンピード。被害規模が想像もつかない為、兎に角モンスターが溢れる前に、結界を張る事を三人は優先している。


「どうか間に合ってちょうだい……」


————————


 約10分後、相良が現地の対策本部の仮設テントに到着したが、なんだか中で騒ぎが起きている。


「あんたら! 本当に馬鹿なの!」

「うっせえ! ごちゃごちゃ騒がしんだよ、このアマ!」

「おい。…翠ちゃんの言う通りだぞ。貴様らのその行いで犠牲者が増えたらどう責任取るつもりだ? バカ坊主…」

「偽善者商人は引っ込んでやがれ! どうせ生産職は戦闘では役立たずなんだからよ!」


 そこでは、クラン『いくさつるぎ』のクランマスターが翠と龍也に絡んでいた。


「何の騒ぎ!」

「…ッ! …なんだ、クソババアか」

「相変わらず会って早々失礼な態度ね。…馬鹿小僧」


 相良が珍しく機嫌悪そうに目の前の男に口を開く。


「で、何があったの?」

「そこの馬鹿が今回のスタンピードを自分達のクランだけで終息させると言うんです!」

「天月さんからも何とか言って下さい」

「……小僧、本気で言ってるの?」

「何が悪いんだ?」

「過去のA級ダンジョンのスタンピードの話は知っているだろ。あれでどれだけ被害が出たかアンタも知ってるでしょ。今回のはそれよりも大変かもしれ———」

「———ごちゃごちゃうっせえんだよ! 俺らがやるて言ってるんだ! …探索者の行動は自己責任なだろ」

「はぁ〜〜…」


「ちょっと! アンタ———」

「オイ! バカ坊主———」


「二人とも、もういいわ。これ以上話するのは時間の無駄よ!」

「「———っ!!」」

「小僧…私達はもう何も言わないわ。そっちはそっちで勝手にやりなさい」

「言われなくてもそうさせてもらうぜ。アンタらは俺ら戦い易いように支え———」

「ただし! こっちもこっちで勝手に行動するわ! 自分達だけで戦うと言ったんだ。私達は支援をしない。それだけは覚えておきなさい! 私達は避難誘導と結界を張る準備だけするわ」

「…ッ! オイ! クソババア! 何勝手にそっちが決めてるん———」

「勝手なのは貴様のほうだよ!! 自分の言葉に責任取りな!!」

「…ッ! ああ! そうさせてもらうよ! そっちもすきにしろ! まあ、俺らがスタンピードを終息させるのを眺めてな! そしたら日本最強のクランは俺達だ!」


 『戦の剣』のクランマスターは、捨て台詞を言ってその場から立ち去る。後に残ったのは、三人の主要クランのマスターと協会の役員数名だけだ。


「…はぁ〜〜」

「相良さん、ごめんなさい」

「天月さん、本当すいません、俺らが好き放題言われてばかりで…」

「過ぎた事はもういいよ。今はこんな事している場合じゃない。それぞれやれる事をやりな」

「「はい……」」


 流石三人の中で一番の年長者。やるべき事の優先順位がよくわかっている。

 こうして、三人はそれぞれ自分達の役割を決めて、仕事に戻った。

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