第百一話 停戦工作
首都星系に戻る前にまだ三星系でやっておかなければならない事がいくつか残っていた。
その内もっとも重要な物が、連盟との停戦だ。
三百年以上の戦争の中で一度も公式の停戦条約を結んだ事が無い帝国と連盟ではあるけれど、大きな戦いが終わった後では捕虜交換や占領地の民間人の脱出・保護のために短期間停戦するのが通例となっている。
ほとんどの場合は前線部隊同士のみの合意だけど、今回は戦役の規模に乗じて、さらに上のレベル……星系司令部やあわよくば双方の中央機関まで絡めての長期間の停戦を結ぶ事を帝国軍は目指していた。
三星系の占領が成功した場合、艦隊戦で捕虜になる者はもちろん、各惑星に残された地上軍の兵士や連盟中央から派遣されている役人、ビジネス旅行その他の目的で一時的に滞在している民間人は相当数に上ると当初から予想されていた。
それらの中で帰還を望む人間が三星系を脱出するには相当な時間が掛かるため、帝国側が「人道的な見地」から長期間かつ三星系全域に及ぶ停戦を申し出た場合、連盟が応じる可能性は高い……民主主義国家である連盟にとっては特に民間人の保護は絶対に無視出来ない大義名分だからだ。
帝国側としてもそう言った停戦が結べれば占領地での不穏分子の数を大きく減らす事が出来るし、次の大規模な戦いまでに時間を稼いで艦隊を休息させ、三星系の防衛体制を整える事が出来る……と言うのがエウフェミア先生の発案で、ティーネ達とも協議の上、すでに侵攻作戦開始前に私が代表して進言し、皇帝陛下の裁可を貰っていた。
フロイント元帥は主に政治的面から、ホリガー元帥は主に経済的な面から、ザウアー元帥は純粋に軍事的な面からそれぞれ消極的に賛同してくれ、皇帝陛下は「それで民衆の犠牲が減るなら余の本意である」と言う一言で了解してくれた。
ただし三星系の帰属の問題について解決しないままに帝国政府としての公的な停戦の意思を見せる事にはフロイント元帥はホリガー元帥だけでなく、宰相府(軍の話ばっかりで今まで空気だったけど当然存在してたんです)からも反対の意見があったため、今回もあくまで停戦は戦略機動艦隊司令部による物、と言う形式になった。
ティーネが司令官代理になったとは言え、軍制上はアクス大将の方がまだ立場は上なので、この停戦交渉はアクス大将が責任者だ。
「停戦、受けてくれるでしょうか、連盟」
星系三つに渡る大規模な停戦となると取り決めなくてはならない条項は膨大な量に昇った。
細かい所はアクス大将麾下の優秀な戦略機動艦隊参謀スタッフ達が詰めてくれるが、それでも現地で全てやるとなると人手が足りず、特に各惑星の細かい実情の把握については実際に占領に当たっている各艦隊スタッフの協力が必須になる。
と言う訳で私も言い出しっぺの法則もあり、データの山に埋もれて仕事をしながら先生に雑談を振った。
もちろん先生以外にもエアハルトやマイヤーハイム准将を始めとした幕僚達が精力的に働いてくれているが、今近くにいるのは先生だけで雑談するにはちょうど良かった。
「正直停戦期間の間に三星系の実効支配を進めてしまおう、と言うこっちの意図はバレバレな気がしますけど。あっちにとってもここで下手に停戦してしまったら現状維持を認める事になるんじゃ、と言う警戒感はあるんじゃ?」
「まあそれでも多分今は受けるんじゃないかな。捕虜や地上部隊の撤退だけならまだしも、さすがに民間人の脱出までは向こうも無視する訳にも行かないだろう。現状連盟政府がそこまで強硬化していると言う話は聞かないし」
いったん仕事の手を止めて先生は答えた。
「これが成功すれば三星系の確保に有利なだけじゃなく、帝国と連盟の間に長期間の停戦が実現し得ると言う証明になる……良く次から次と思い付きますね。ティーネも感心していましたよ。軍事的勝利を政治的勝利に繋げる感覚に関しては私以上かもしれない、と」
「帝国はさておき、この停戦が短期的には連盟側でどんな反応を生むかまでは分からないけどな。君が以前に話してくれた連盟でのクーデターの一件を考えるに、連盟内強硬派の勢いが一時増すかもしれない。ま、それで暴発したクーデター側が負けて強硬派が弱体化してくれれば願ったり叶ったりだがね」
「連盟でクーデターが起こった場合、私達が出来る事はありますか?」
「あまり無いだろうな。こっちが下手に介入しようとすればいらぬ疑念や不審を招く事になる。せいぜい向こうから難民や亡命者が流れてきた場合、人道的見地から受け入れる体制を作っておくぐらいか。有力者なら役に立つ事もあるだろうさ」
「先生は、連盟の民意は最終的に帝国との和平を受け入れると思いますか?」
私がそう尋ねると先生は天井を見上げた。
これは少しだけ自信がない、あるいは理想論的な観測を語る時の先生の癖だ、
「ヒルト、三百年も無駄に続いているこの戦争だが、それでも双方本当に愚かな事はしていない、と思わないか?互いの攻撃が際限なくエスカレートし、大量破壊と大量殺戮の連鎖になっていてもおかしくないのに」
「それはまあ、確かに」
確かにこの帝国と連盟との戦争、その長さと規模の割には———無論全くの皆無であるとは言えないけど———驚くほど凄惨な殺戮は少ない。
それこそ敵対する惑星上に核弾頭の雨を降らせる、とかそんな事が起こった試しは今の所一度もない……やろうと思えば連盟も帝国もいくらでもそれをやる能力はあったのに。
「少し長くなるだろうが、まあちょうどいい。今日はこの戦争の構造と言う物を戦争のルールも交えながら考えてみようか。それはこの戦争の終わらせ方を考える上でも多分重要な事だ」
そう言って先生は椅子をこちらに向けた。
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