策謀編

第九十九話 私は軍人です

 三星系奪取と言う結果にさすがに興奮が隠せない様子のクライスト提督と意外と落ち着いている様子のシュトランツ少将、ちょっとはしゃぎ過ぎてキャラが崩れているマイヤーハイム准将、そしていつも通り冷静なエアハルトと先生を始めとした幕僚達を労い、私にしか出来ない艦隊の戦後処理を終えると、私は後の事を他の皆に任せ、エアハルトと共に占領したゼベディオス・アインで運用が始まったばかりの施設に向かった。


 捕虜収容所である。

 戦いが終わった直後からエアハルトと先生に頼んで、条件に合う連盟側の捕虜を見繕ってもらっていた。


 連盟第十艦隊所属の士官で、ショウ・カズサワの同僚かあるいは直接の部下である人間。

 とは言え第十艦隊は殿を務めながら最後までしっかり統制を保って撤退したので、あまり艦隊司令部に近い人間で捕虜になった人はいなかった。

 そんな中で二人が膨大な捕虜のリストの中から見付けて来たのは第十艦隊第一分艦隊の空戦隊長である中佐だった。


 私が面会室に入ると、すでに目的の人物は椅子に座って待っていた。

 黒髪で褐色の、線の細い女性だ。年齢は先生と同い年ぐらいだろうか。


 ラクシュミー・パルマー中佐。

 帝国側ではっきり確認出来ているだけでも百五十機以上、連盟側の公式発表では二百機以上を撃墜していると言われている連盟でも屈指のエースパイロットでもあるらしいが、落ち着いた優しそうな雰囲気の美人でとてもそうは見えない。


 殿を務めた第十艦隊のさらに最後尾であった第一分艦隊。

 そこで戦闘機コスモヴァイパーに乗り戦場に留まり追撃を邪魔し続け、最後は弾薬も使い果たした上で堂々と投降を宣言しこちらの船に着艦して来たと言う。

 服装は整っていて、顔に痣なども無くパッと見て虐待を受けた様子はなかった。


 帝国と連盟の間に国交はなく、中立的な第三国も存在しないため、両国には公的な国際戦争法は存在しない。

 とは言え現実問題として宇宙空間の戦闘では乗艦の破壊や航行不能によって漂流する事になった兵士が敵味方問わず救助されるため、最低限捕虜の取り扱いに関してはルールを設けざるを得なくなった。

 そのため両国は非公式な接触を長年繰り返し、両者の合意をそれぞれの軍法に反映する事によって実質的な戦争条約を形成している。

「両軍に公平かつ徹底的に冷徹で無慈悲な宇宙空間への恐怖が敵に対する憎しみに勝った結果、帝国と連盟はこの戦争において最低限の慈悲と紳士さを常に保ち続けた」と言うのが先生の評だ。


 もちろんそれらのルールが常に守られ続けた訳では無く、捕虜に対する虐待や殺害の例は数多く確認されているし、特に容疑者が高級貴族であった場合、それらの行為が露見しても軍法に乗っ取って処罰されない事は多々あった。

 酷い物だと捕虜になった連盟の女性兵士を気に入った貴族がそのまま自分の領地へと連れ去ってしまい、捕虜交換での帰還も敵わず放置された例すらある。


 だがここ近年の戦略機動艦隊に関してはこれらの軍規は中央艦隊ではかなり厳粛に、貴族艦隊でもそれなりに守られている傾向があった。


 何しろ現在の司令長官が「体の半分が軍規で出来ている」「軍法に照らして適切であれば例え相手が公爵であろうとも銃殺する」「あの男の軍法会議に介入出来るのは皇帝の勅令のみ」と(かなり誇張されている節はあるけど)恐れられている筋金入りの規律主義者ザウアー元帥なのだ。

 ザウアー元帥の権勢が全軍隅々に及んでいる訳でないけど、それでも実際に高級貴族が容赦なく銃殺刑に処された例が無い訳ではない。


「ヒルトラウト・マールバッハ中将です」


 私は名前と階級を名乗り敬礼すると席に着いた。


「ラクシュミー・パルマー中佐です」


 パルマー中佐も一度立ち上がり、柔らかい動作で敬礼すると答える。

 予め頼んでいた通り、監視の兵は私とエアハルトを残し出て行ってくれた。


 統率65 戦略34 政治20

 運営15 情報12 機動39

 攻撃28 防御19 陸戦52

 空戦100白兵81 魅力87


 ステータスは見事に空戦特化だった。


「軍規に則り氏名、年齢、所属部隊、識別番号以外の事は基本的にお答えしかねると思いますが」


「構いませんよ。少し連盟の人と顔を合わせたかっただけです」


「帝国では驚くほど若くで将官になる方がいるのは知っていましたが、お幾つですか?」


 パルマー中佐は私を相手に全く物怖じする様子は見せなかった。


「十八になりました」


「本当に、お若い。連盟では私でも若すぎる佐官だ、時に言われる事もあったのですが」


「公爵令嬢ですから。中佐と違って自分で手に入れた地位ではありません」


「戦場での救助とその後の捕虜としての適切な扱いには感謝しますよ」


「躊躇なく捕虜になられたのですね。むしろ最初から投降されるつもりで艦隊の最後尾に留まっていたのですか?」


「結果的に、と言うだけですよ。ただ上官には推進剤を使い果たして宇宙を漂うよりは帝国軍に投降しなさい、と最初から言われていたので」


「上官。ショウ・カズサワ少将ですか」


「はい。帝国でもカズサワ提督の名前は知られているのですね」


 そう言うパルマー中佐は少し嬉しそうだった。


「シュテファン星系の戦いには私も指揮官として参加していましたから」


「良い指揮官です、カズサワ提督は。戦争が好きそうに思えないのに、戦争が上手ですから」


「パルマー中佐は、戦争はお好きですか?」


「どうでしょう。戦争では人が死に過ぎます。宇宙であまりに多くの命が失われるのを間近で感じていると、言葉で言い表せない哀しみが繰り返し襲ってきます。ですが同時に、戦場で飛んでいる時にしか得られない充実感が存在するのも事実ですね」


「もしある日突然、連盟と帝国の間に戦う理由が無くなったとすれば、中佐は戦いをやめられますか?」


 ここでパルマー中佐は初めて少しだけ返答に間を開けた。


「……私も部下を率いてる人間です。部下の中には家族を帝国との戦いで失った者がいます。そして彼ら自身も戦いの中で何人も命を落としました。私もまた帝国への恨みが無いかと言えば嘘になりますね。戦いの中で恋人を四回も失っていますから。ここでやめるのであれば今までの戦いは何だったのだ、と部下に問われれば、返す言葉はありません」


 四回って多いな。


「良く部下から告白されるんですよね。でもそれで付き合い出すと遠からず皆戦死してしまうんです。呪われているんでしょうか」


 私の感想を読み取ったようにパルマー中佐が嘆いた。


 それは多分戦場で恋人と一緒に戦っていると言う高揚と気負いがその人の判断を迷わせるからじゃないかな……空戦100のこの人に付いていけるパイロットなんてそうはいないだろうし……

 次から恋人は部下以外から作った方がいいよパルマー中佐。


「でも私は軍人です。部下にも軍人である事を求めます。どれだけ帝国に恨みがあり、納得が行かなくても、政治家が戦いをやめろと言うのであれば戦いをやめるのが軍人です」


 パルマー中佐がそこだけ一際はっきりした声で答えた。私も小さく頷く。

 やはりこの人に託しても良さそうだ。

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