第九十八話 ラダ・ジウナーと言う女

 それぞれが注文した物を、中年のマスターがすぐに出してくれる。

 後から注文した私よりも、少しだけ先に注文していたジウナー提督の商品の方が先に来る。

 当然の事のはずだが、この国でそんな当然の事は少ない。


 バーはまだ空いていた。新しい客が来ても、わざわざ私の近くに座ろうとする人間はそんなにはいないだろう。


「えっと、ジウナー提督もこの戦いでは見事な戦いぶりでした」


「一番美味しい所は皆に取られちゃったけどねえ。私も、もっとあの連盟第十艦隊と遊びたかったわあ」


「遊び、ですか」


 ほんわかとした口調で戦争の事を遊びと評するジウナー提督に、私は少し引っ掛かる物を感じた。

 戦争と言う物は破壊的で暴力的で悲惨な物である一方で、スポーツ的、ゲーム的な側面が必ずあり、それをどこか楽しんでしまうのは人間の本質の一つかもしれない。


 私自身だって実際の戦場に立てば、味方の戦果に高揚している瞬間がある事を否定は出来ない。

 だけどだからと言ってそれを口に出してはっきり認めるのは正直さと言う美徳で済ませられる事なのだろうか。


「私は戦争と戦いと人殺しが好きな女なのよ」


 そんな私の軽い反発心を読み取ったように、ジウナー提督が笑みを深くする。


「冗談に聞こえませんよ」


「だって、冗談じゃないもの」


 カラン、と氷の音を立てながらジウナー提督はウィスキーのグラスを傾けた。私もつられてジンジャーエールを口に運ぶ。

 冷房は心地よい温度で冷たい飲み物を飲んでいると言うのに、汗が滲み出ている気がした。


「戸惑っているみたいね。せっかくだし、少しだけ私達の昔の話をしてあげましょうか?」


「ええ、お願いします」


「私は平民、ヴァーツラフは下級貴族の家の生まれだったけど、育ったのは共に帝都でだったわ。私の両親がカシーク家の屋敷に部屋を借りていたの。カシーク家は貴族と言っても領地は小さな農場だけで、両親もさほど身分意識の高い人間ではなかったから、私とヴァーツラフは子どもの頃から遊び仲間として過ごしていたわ」


 ジウナー提督とカシーク提督も幼馴染だったのか。

 だけど二人が子どもの頃と言うのはちょっと想像が出来ないなあ。


「ヴァーツラフが十二歳になって貴族学院の中等部に入る事になった時、私は従者と言う名目で一緒に貴族学院に編入出来る事になったわ。貴族学院の方が教育の質も高いし、従者身分であれば授業料も免除されるし、大して裕福でも無かった私の両親も喜んでいた……まあヴァーツラフ本人はそろそろ思春期になっていつまでも弟扱いしてくる私の事を少し鬱陶しがっていたけどね」


 凄く微笑ましいじゃん。


「だけどそこでの学園生活で私とヴァーツラフはある伯爵家の子息に目を付けられる事になってね」


「何があったんです?」


「ほら、私もカシークも学校での成績は抜きんでて優秀だったものだから。後、私その辺りの貴族の子弟がお付きとして連れていたメイドよりも美人だったもの。色々妬みを買っちゃったのよ」


 なるほどな?

 下級貴族のカシーク提督が上級貴族よりもいい成績で、おまけに見た目も実力も完璧なお姉さんを従者として連れていたらそりゃ目立つか……


 子どもの頃でもその辺上手く周りと折り合いつけられる性格では絶対に無かっただろうしなあ、あの人……


「それで二年間ぐらい色々な嫌がらせがあって、私とカシークはそれを全部跳ね返して来たのだけど……ある時業を煮やしたのか、取り巻きの人間を使って私とヴァーツラフを拉致しようとしたのよ。ヴァーツラフの見ている前で私を力尽くでモノにしよう、なんてバカな事を考えたみたい。今思えばだいぶ拗らせてたのねえ」


 何でも無さそうな体験だったかのようにジウナー提督は続けた。


「……それ、どうなったんです?」


「ヴァーツラフはまだ十四歳だったけど、そんな事をされて大人しく捕まっているような気性でもなかったから私を守ろうと大の大人も混ざっている相手に無茶苦茶な抵抗をしたわ。それで酷く殴られていくつも大きな傷を負った……彼の左目もその時に失ったの。それを見て私もちょっと怒っちゃってね……咄嗟に手近にあった物でその伯爵家の子息と、後周囲の何人かを殴り殺しちゃった」


「……」


「その時、気付いちゃったのよねえ……ああ、ギリギリの状況の中で人を殺すのって、こんなに気持ちいいんだ、って」


 ジウナー提督がその時の記憶を反芻しているかのようにうっとりとした口調で言う。


「でも、どんな理由があっても平民が伯爵家の子息を殺したりしたら」


「普通なら一家まとめて処刑だったでしょうね。でも、たまたまお忍びで貴族学院の視察に来ていた先帝陛下の目に事件が止まって、あの方がだいたいの所を丸く収めて下さったわ」


「先帝陛下そんな事までされてたんですか」


 そんな越後のちりめん問屋の隠居か旗本の三男坊みたいな。

 元々お忍びで遊び回って御落胤を作るような自由な皇帝陛下だったのはティーネの件で周知の事実ではあるけれど。


「あの方は正当防衛であっても平民が貴族を傷付けるのは許されない今の帝国の制度をおかしいと言われたわ。皇帝の立場であるのにそれを変える事が出来ない自分の非力を嘆くとも。ヴァーツラフはその事でだいぶあの方に心酔したようで、あの方の御落胤であるティーネ様に忠誠を誓う事にしたのも最初はそれが理由だったわね」


「ジウナー提督は違うんです?」


「私はヴァーツラフや先帝陛下、それにあなたやティーネ様のように帝国の行く末や戦争をする事の意味について深く考えられる人間では無いわ。私が軍人をやっているのはただギリギリの殺し合いの中に身を置く事が楽しいからよ。けどそんな理由で戦争をするのはダメだから、ヴァーツラフやティーネ様と一緒に戦う事にしているの。あの二人なら戦争をする目的を間違わないでしょうし、より強く、より高度な敵との戦いに私を導いてくれるでしょうから」


「そんなんじゃあもし銀河が本当に平和になったらどうするんです?」


 私はどこか背筋に冷たい物を感じながら、それでも何とか冗談めかしてそう尋ねた。


「さあ。世を儚んで身を投げるか、宇宙海賊にでもなるか、叛乱でも起こすかどれかかしらね」


「冗談でも笑えませんよ」


 この人が宇宙海賊になったり反乱を起こしたりしたらそれだけで帝国の危機だ。


「そうね、これはさすがに冗談……と言う事にしておくわ」


 ジウナー提督が曖昧な笑みで答える。


「けどヴァーツラフと違って私には政治をやるような能力も器量も無いし、平和になったら困っちゃうのは確かねえ」


「その時はほら、結婚して平和な家庭を持たれればいいんじゃ?ちょうどいいお相手もすぐ側にいますし」


「言っておくけど私とヴァーツラフはそう言う関係じゃあないわよお。私にとっては幼馴染で大切な親友で無二の同志ではあるけれど、恋愛感情を持った事は一度も無いし、ヴァーツラフの方も多分そうね」


 嘘だ。


「だいたい子どもの頃に目の前で人を何人も殴り殺した女なんて、恋人にするには怖いじゃない」


 それまでずっと妖艶で蠱惑的な態度を崩さなかったジウナー提督が、一瞬だけどこか自嘲気味に見えた。


「本当に」


 本当に殺し合いをする事がそんなに好きなんですか?と尋ねたくなった。

 この人は多分確かに歪んでいる。

 けどその歪みの原因は本人が思っている物なのだろうか。


 何か一つ見方を変えれば、この人はとても悲しい思い違いと擦れ違いをしているだけの人のような、そんな気がするのだけど……


「どうしたの?」


「……いえ、何でもありません」


 でも実際にそう尋ねる事は出来なかった。根拠は何も無い。そして迂闊に訊ねれば何だかこの人の触れられたくない部分に触れてしまう事になるかも知れない。


「……もしヴァーツラフの事が気になっているのなら別に私に遠慮する事はないけれど、同じ女として助言させてもらえればあまりお勧めはしないわねえ。あれはあれで色々と面倒くさい所がある子だし、それにもうあなたにはいい人がいるのだから」


 ジウナー提督は冗談とも本気とも判断のつかない口調でそう言うと残るウィスキーを飲み干し、立ち上がる。

 こちらに背を向けてバーから出て行くその姿はどこか寂しそうで、とても百万人近い軍勢を率いて一大決戦に勝利した提督の一人には見えなかった。


——————————————————————————————————————


 ……帝国歴三四〇年(銀河歴五七〇年)七月に帝国艦隊のゼベディオス星系への侵入に端を発し、約二ヵ月半続いた三星系を巡る一連の戦いは、その最高潮となる九月二十八日から三十日の決戦の後、連盟艦隊の三星系からの撤退と言う結末を見た。


 この戦いに最終的に投入された両者の戦力は戦闘用大型艦艇だけで三万隻を超えると言う、長きに渡る帝国と連盟の戦いの間でも屈指の規模の戦役ではあったが、戦闘終結時の時点で帝国は八割、連盟もまだ七割に近い戦力を有しており、戦いの規模に反して兵器損失・死傷者は両軍とも比較的軽微であった。


 しかし三星系における迎撃体制に動揺をきたした連盟は十分な戦力をもちながらも防衛ラインを三星系から連盟領へとつらなるエーテル航路のチョークポイントに後退させざるを得なくなり、ここに約三百年に及ぶ連盟による三星系の実効支配は終焉を見る事になった。


——————————————————————————————————————


たまには後書きのような物


純戦術レベルの戦いでエアハルト、カシーク、ジウナーの三人の内誰が一番強いのかは作者にも分かりませんが、実際にこの三人が艦隊を率いて三つ巴の戦いをしたら多分ジウナーが生き残ると思います。一番遠慮なく相手を本気で殺しに掛かってくるので。


長かった三星系を巡る戦いもひとまずこれで決着。次回からは国内の政治的統合と連盟への和平工作を目指す新章になります。


楽しい・続きを読みたいと思われたら是非フォローや評価をお願いします。また感想やレビューも遠慮なくどうぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る