第九十七話 大功

 連盟艦隊の三星系からの撤退を確認した後、各戦略機動艦隊の司令官達は自らティーネの旗艦「アルシオン」の司令部に集い、戦果と被害の報告を行った。


 これは複数艦隊が参加する艦隊戦が終わった後の半ば儀礼化した慣行で、パッツドルフ上級大将の元ではなくティーネの元に皆が集まったのは、この三星系奪還と言う帝国の悲願を成し遂げた戦いの指揮官が彼女だと提督達全員が認めた事にもなる。


 今やカシーク提督やジウナー提督以外の提督達も———中央艦隊の提督達は最早脱帽したような様子で自ら進んで、貴族艦隊の提督達は不承不承と言った様子で———ティーネの指示に従っている。

 ティーネは報告してくる提督達一人一人に向き合い、その戦いぶりと戦功に具体的に言及し、称賛と感謝を述べる。


 命令違反をした貴族艦隊の三人の提督達に関しては例のごとくカシーク提督が軍規に則って厳粛に処分する事を主張し、私が門閥貴族代表としてそれを止め、最終的にはティーネがこの場では処分は決めず三長官と皇帝陛下の沙汰を仰ぐ事を決める、と言うやり取りがあったけど、もちろんこれは私とティーネの間で事前に打ち合わせた結果だ。


 カシーク提督が反感を買う代わりに、私とティーネはこれで彼らに恩を売り、貸しを作った事にもなった。

……「偉そうな事を言うな。貴様こそ結局数で劣る連盟第十艦隊に翻弄されっぱなしだったではないか」とツェルナー子爵が言い返した時は、カシーク提督は演技ではなく本気で青筋を立ててた気がしたけど。


 何にしろ、ティーネは今回の戦いで大帝アルフォンス以来と言っても過言ではない功績を上げたし、私もそれに次ぐだけの功績は得た。

 ついでにクレスツェンナも軍籍は無いとはいえ、戦場で門閥貴族の代表として大きな存在感を示せたのだから、フライリヒート公爵としてもぎりぎりで納得の行く結果になっただろう。


 これで次期皇帝候補は血統だけなく実績の面からも恐らく完全に私達三人に絞られた。


 後は折を見て私とクレスツェンナが揃ってティーネ支持を表明すれば、彼女が帝位に就く過程で前世のような帝国内の大規模な内乱が起こる事も無いだろう。

 仮にティーネが帝位に付く事に反発する勢力が残っていても、対抗馬として擁立出来る人間がいない状況ではどうしようもないだろう。


 私の目論見通り、会戦の規模の割には帝国も連盟もあまり大きな損害は出なかったし、こんなに上手く行っていいのだろうか、とちょっと不安になるような理想的な結果だった。


 ……まあ、実際の戦いの最中は薄氷を踏むような気分だったんだけどね。


 ちらと居並ぶ提督達、そしてアクス大将を始めとした参謀達の顔を眺める。

 全員それぞれ立場の違いはあるだろうけど、今は揃って三星系奪還と言う快挙を成し遂げた事に高揚しているようだった。


 そんな中、一人驚くほど冷徹な表情で場を見つめている参謀がいた。

 イェレミアス・フォン・フレンツェン大佐である。


 統合参謀本部から今回の統合艦隊の作戦参謀として出向し、アクス大将の下で様々な参謀業務をしていたはずだったけど……結局今回の遠征では妙な動きは見せなかったな。

 仮に彼が「敵」の一員だとしたらその狙いは帝国と連盟双方で大規模な戦乱を起こす事なのだろうけど……ひとまずこの大遠征をやった事で満足したのだろうか。


 フレンツェン大佐と目が合い、彼が無表情のまま一礼する。

 私は作り笑いで微笑むと彼から目を逸らした。


 ……まあ、今は放っておこう。


 彼が帝国内で政治的に何を企んでいた所で、私とティーネ、おまけにクレスツェンナまで組んでいれば止める事は容易いはずだ。

 もしまたミクラーシュみたいな憑依された人間をつかっての暗殺といった強硬手段に出て来たら別だけど、それは今の所必要以上に警戒しても仕方ない。


 先手を打って強引に逮捕してしまう……と言うのも考えないでは無かったけど、現時点ではほぼ唯一の「敵」に繋がる手掛かりの人間だからなあ……


「現在三星系の防衛のために新たな艦隊の来援を要請しています。それらの艦隊が到着するまで我々はこの場所で連盟艦隊への警戒を続けなくてはいけません……本格的な先勝の祝いは帝都に戻ってからになるでしょうが……それでも今、出来る限り各艦隊の将兵達の奮戦を労い、勝利の喜びを分かち合って下さい」


 ティーネがそんな言葉で場を絞め、皆が勝利の歓声を上げた所で場は解散となった。


 私もティーネ達と話すのは後にして一旦自分の艦隊の皆を労う事にしよう、と思って司令部から出て行くと、ちょうどジウナー提督が一人で艦内に設けられたバーに向かうのが見えた。

 カシーク提督でも来るのかな、と思ってしばらく見守っていたが、そのまま一人でお酒を飲み始めている。


「お一人ですか?」


 そう言えばこの人とはしっかり話した事がなかったな、と思い、私は声を掛けてみた。


「あら……マールバッハ公爵令嬢。ええ、寂しく一人で飲んでいる所よ」


 ジウナー提督は妖艶、としか言いようが無い表情で微笑む。

 単純な造形美ならティーネの方が上だろうし、私も負けていない自信はあるけど、大人の女性としての色気に関してはとてもこの人には敵わない。


「珍しいですね。戦いが終わった後は、てっきりティーネやカシーク提督達と過ごすのかと思ってました」


「さすがに皆で飲むにはまだ今は忙しいもの。ヴァーツラフは少しぐらい付き合ってくれると思っていたのだけど、フラれちゃった」


「フラれた?」


「自分で考えているほど上手く戦えなかった時はいつも私が誘ってもあの子は断るのよ。ふてくされて、子どもみたい」


 ああ……

 相手が悪過ぎたとは言え、今回カシーク提督最終決戦であまりいい所なかっただけじゃなく、ジウナー提督に助けられる事になった物ね。


 もちろんティーネは善戦と評価してたし、他の提督達も(ツェルナー子爵以外は)カシーク提督が失態を演じたなんて思ってないだろうけど、あの性格だとやっぱり内心だいぶプライドは傷付いてるだろう。

 仮に他の誰が連盟第十艦隊の相手をしていたとしても、カシーク提督以上に上手くやれた、なんて事は早々ないだろうし、並みの提督だともっと酷い事になっていたんだろうけど。


 後カシーク提督がそう言う時にジウナー提督と顔を合わせたがらないのは、多分ふてくされているんじゃないと思う……多分だけど……


「じゃあ代わりに私が少しだけ、隣いいですか?」


「構わないわよ」


 私がジウナー提督の隣に座り、ジンジャーエールを頼む。


 ジウナー提督の方はすでにウィスキーの二杯目を注文していた。

 以前のバーベキューの時から見るに、この人もかなりの酒豪だ。

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