第九十五話 決着-三星系の戦い⑫
分艦隊だけでなく、連盟第十艦隊本隊の攻撃も凄まじかった。ただ闇雲に突っ込むのではなく、的確に戦力の薄い所を狙って火力を集中させている。フィデッサー提督とマイ提督の艦隊を割いた分、今ティーネの手元の戦力は少ない。
それにしても一歩間違えれば自分も包囲されかねないと言うのに、第十艦隊の攻撃には全く怯みがなかった。
連盟第十艦隊がカシーク提督とジウナー提督をてこずらせていたのは、ショウ・カズサワ提督の力によるものだけでは無いと言う事だろう。
「我が第四艦隊はやや余裕がありそうです。クライスト提督に第一任務群を率いさせて敵を止めてはどうでしょうか」
私達からだけでは間に合わない、と判断したのかエアハルトがそう提案してきた。
「じゃあそのように」
イエスマンと化した私はその提案をそのまま命令にしてシュトランツ少将とクライスト提督に伝える。
他の艦隊はまだ自分達が担当する宙域の連盟艦隊を崩し切ってはおらず、戦力を向ける余裕はないようだ。
さすがにクライスト提督の動きは早く、すぐに第一任務群の百隻を率いて第四艦隊本隊を離れると、第十艦隊の側面に攻撃を仕掛ける。
しかし第十艦隊はその攻撃を受け流すように柔らかく陣形を変形させる事でその攻撃に応じると、そのまま前へと進み続けた。
「連盟にもいくらでも人はいる物だな」
その様子を眺めながら先生が呟く。
だけどクライスト提督の攻撃に応じるために陣形を変えた事で第十艦隊にも隙が出来たようだった。
ティーネもクライスト提督に倣うように、自分の艦隊の指揮をコルネリアに任せ、自身直属の任務群二百隻を率いてクライスト提督とは反対方向から第十艦隊に襲い掛かる。
それで第十艦隊は陣形の薄くなった部分を挟撃される形になり、艦隊が分断された。
そのままティーネは蓋を塞ぐようにしてあらためて分断した第十艦隊ごと連盟艦隊中央を包囲するように艦隊を動かす。
それは横から見ていてもぞっとするような容赦のない用兵だった。
後は無理せず周囲から少しずつ削っていくだけで連盟第二艦隊と第十艦隊は全滅か降伏を選ばざるを得なくなるだろう。
これでさすがに決まったかな、と私が思った時、カシーク提督からの緊急通信が入った。
「連盟第十艦隊分艦隊がそちらに向かう!狙いはエーベルス閣下だ!」
「えっ」
私は間の抜けた声を上げてしまった。
いくらなんでもカシーク艦隊とジウナー艦隊をたった七百隻で同時に相手にしている第十艦隊分艦隊がそんな簡単にあの戦場を離脱出来るはずがない……それに戦いながら後退する事になるのだから両艦隊から強烈な追撃を受けるはず……
私のそんな思考はオペレーターの叫びで断ち切られた。
「て、敵第十艦隊分艦隊が信じられない速度で後退してこちらに向かって来ています!こ、これは……何がどうなって……後退する艦隊がこんな加速が出来る訳が……」
「電磁アンカーだ」
モニターに映るカシーク提督の顔はわずかに青ざめていた。
「船同士を電磁アンカーで繋ぎ、互いに牽引出来るようにする。そしてこちらの一斉射撃をシールドで受け止め、その衝撃を艦隊全体の加速のエネルギーとして活用する事で、推進力の限界を超えた速度を出している。くそ、追撃を仕掛ければ仕掛けるほど引き離される。あんな艦隊運用を俺は知らんぞ」
「敵は最初からティーネ様が自ら前線に出る機を待っていたみたいね。悔しいけど私達の追跡じゃ追い付けないわ」
カシーク提督に続いて映像通信を送ってきたジウナー提督の方は、いつも通り微笑んだままの表情だった。少し頬を上気させ、興奮してもいるようだ。
第十艦隊分艦隊はカシーク艦隊とジウナー艦隊を振り切ると反転し、今まさに包囲を完成させようとしていたエーベルス艦隊の内の、ティーネ直属の任務群二百隻へと背後から襲い掛かった。
迎撃の準備が間に合わず、今度はティーネが包囲の内と外から挟撃される事になった。
外側から攻撃する戦力は全体としてはわずかな物であったけど、それでもその戦場に限ってはティーネの圧倒的劣勢で、それを救出しようとしたコルネリアが一旦包囲を解いてでも戦力を抽出しようとする。
「狼狽えてはいけません、コルネリア。あなたは私を救出するより敵第二艦隊を逃がさない事を優先させなさい。敵の攻撃はそう長くは続きません……ヒルト、申し訳ありませんがもう少しだけ援護をお願いします」
あっという間に旗艦周囲の船を撃ち減らされたティーネだったけれど、その指揮はどこまでも冷静で冷徹だった。
「エアハルト!クライスト提督!急いで!」
私の方はそんな風に冷静ではいられず、自分に指揮能力が無い事をもどかしく思いながらエアハルトとクライスト提督にそう叫んだ。
クライスト提督の百隻がまず正面からティーネの援護に回り、それからエアハルトが何とか貴族艦隊から編成した三百隻ほどがデルフィーンを中心にして第十艦隊分艦隊にぶつかる。
背後からぶつかったと言うのに驚くような堅さだった。
エアハルトは徹底した火力の集中を命じているが、第十艦隊分艦隊は目まぐるしい速さで戦列の船を入れ替え、シールドの消耗を抑える事でそれに対応している。
その防御を直接指揮しているのはやはりジェームズ・クウォークのようだ。
ショウ・カズサワはそんな風に背後からの攻撃をクウォークに任せて防ぎ、自分はロベルティナ・アンブリスと共にティーネを追い詰めている。
「これがたかが一分艦隊の戦いか……信じられん」
クライスト提督がうめき声を上げる。
そして遂にティーネの旗艦アルシオンすら直接攻撃に晒されるようになった時……不意に敵の手応えが無くなった。
第十艦隊分艦隊は突然にティーネとクライスト提督を迂回するように動き、未だ半ば包囲されている第十艦隊本隊と合流し始めている。
「なっ……何が……」
戦場に信号弾がいくつも打ち上げられている。
「……コルネリアが連盟第二艦隊の旗艦を撃沈したようです。どうやらこれ以上ここで戦っても無意味だと連盟第十艦隊は判断したようですね」
エアハルトが汗を拭いながら呟いた。
一つに合流した第十艦隊は反転し、再びこちらに向かってくる。その数は千二百隻ほど。
まるで第二艦隊を救えなかった時はこうして脱出する事まで織り込み済みだったような、整然とした動きだ。
迎え撃つのはティーネと私、クライスト提督で約六百隻……ほんの少し耐えればカシーク提督とジウナー提督も来るだろうけど……
「ティーネ」
私は大きく息を吐いた後、ティーネに通信を繋いだ。
「どうしましたか、ヒルト」
「ここは道を開けましょう?これ以上ここで正面から戦っても互いに無駄な犠牲が出るだけだと思うわ。それより逃げる連盟艦隊を追撃して三星系から追い立てる事に集中した方がいいと思う」
ティーネとカズサワ提督がうっかり戦死しかねないような戦いをいつまでも続けるのは避けたかった。
私がそう言うと珍しくティーネはすぐには何も答えず、俯いた。表情に影が落ちている気がする。
「ティーネ?」
「ヒルト、一つだけ聞きたいのですが」
「何?」
「連盟第十艦隊分艦隊の指揮官……私を殺そうとしていたように見えましたか?」
それを私に答えろって言うんかい。
重い、重いぞ。
二人がどんな関係なのかまだ知らないけど物凄く重い質問だって言うのは凄く分かるぞ。
「……遠慮してるようには、見えなかったわね」
少し考えた後で、私は感じたままの事を答えた。
「そうです、か」
ティーネは一瞬だけ、まるで泣いているように表情を崩す。
「分かりました。進言に従います。これ以上の連盟第十艦隊を包囲しようとする試みは避け、残敵の追撃に集中しましょう」
だけどそれは本当に一瞬の事だけで、ティーネはすぐに顔を上げるといつもの凛とした表情でそう言った。
総司令官を失った連盟艦隊は、全体としては潰走しつつあった。
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