第九十四話 激闘-三星系の戦い⑪

 エアハルトの指揮は単純にして果敢だった。


 こちらが止まるどころか逆に速度を増しながら突っ込んでくる事に動揺した連盟艦隊五百に対し、デルフィーンから一発の信号弾を放ち、同時にその信号弾を目標にして一斉射撃をするよう、私の名で後続の貴族艦隊の船達に命じる。


 無秩序に進み続ける後続の艦達が、その一瞬だけ指揮者に従うオーケストラの様に同調して、圧倒的なまでに集中された砲火を連盟艦隊に叩き付けるとほとんど真っ二つに断ち割る。


「シールドを前面に集中しろ!本艦による攻撃は考えずただ進め!」


 ヴェルナー大佐は自ら操艦して被弾を最低限に抑えながら、デルフィーンをそのこじ開けられた敵艦隊の隊列へと突入させた。

 敵艦隊は混乱しているが、それでも次第にそこから立ち直った船がばらばらに反撃を開始してくる。


その攻撃がデルフィーンに集中し始め、シールドとヴェルナー大佐の卓越した操艦技術でも防ぎきれないかと私が思ったその時、背後から追い付いて来た貴族艦隊の船達が、軍隊と言うよりは暴徒のような無秩序さで連盟艦隊五百隻に襲い掛かり、打ち砕いた。

それで連盟艦隊本隊の背後まで遮る物は何も無くなった。


「止まるな!そのままあの連盟艦隊本隊の背後を付きなさい!」


 私の発したその声は命令と言うよりは号令だったかもしれない。


 一部の艦は蹴散らした五百隻を追い立てる事に躍起になっていたが、それでも大部分の艦は進路を変える事無くデルフィーンに続く。

 二千隻がデルフィーンを先頭にしたまま、各艦がほとんどバラバラに砲火を放ち、エーベルス艦隊を押し切ろうとしていた連盟艦隊中央の第二艦隊へと突撃した。


 ガッツリと組み合って相手を押し倒そうとしていた人間を後ろから突然に殴りつけたような物だった。

 今まさに前へと向けて全力を出し切ろうとしていた連盟第二艦隊は、逆に背後を衝くと驚くほど簡単に崩れていく。


 連盟艦隊の横に広がった隊列は、背後から中央突破される事になった。

 エアハルトとヴェルナー大佐が二千隻にほとんど数隻単位で具体的な動きを提案し、私とクレスツェンナが声を張り上げてそれをほとんどそのまま各艦に伝える事で、何とか無秩序な二千隻を制御しようとする。

 結果として、どうにか突破した後、艦隊の進む方向を左右へと分ける事が出来た。


 それまで正面から押し合っていた所を、側面、しかも内側から攻撃される事になった連盟艦隊はそれで一気に全戦線が劣勢となった。

 エーベルス艦隊を中心に、今まで守りに徹していた帝国艦隊もここぞとばかりに次々と攻勢に転じる。


 勝った!


 思わず戦場で出ている犠牲も私の本当の目的もそのための戦略も忘れて、私はガッツポーズしてしまいそうになった。

 数万隻の艦船が演じる逆転劇は、それほどに痛快だった。


「お見事です、ヒルト。それにクレスツェンナも」


 ティーネが通信を繋げて来た。

 恐らく帝国史上でも空前の大勝利がすぐそこに来ていると言うのに、いつも通り穏やかで余裕を保った表情のままだ。

 その表情が、私にも冷静さを取り戻させる。


 行けない行けない、大勝利にはしゃいでいる場合じゃなかった。

 まだ完全に勝った訳ではないし、それに私は連盟側の損害だってある程度抑える事も考えなくてはいけないのだ。


「私は大した事はしてないわ。ギリギリまで耐えたあなたが、勝機を引き寄せて、それに乗っただけよ。それに、まだ終わってない」


「そうですね。敵は乱れ立っていますが、まだ潰走した訳ではありません」


「貴族艦隊の二千隻は、正直今の動きで精一杯よ。敵を分断して圧力を掛け続ける事は出来ても、ここから戦いながら陣形をさらに変える、何て事は難しいと思う」


「大丈夫です。ヒルト達はそのまま現宙域を確保して下さい。私が敵中央を包囲します」


「ティーネ」


「分かってますよ」


 私がティーネの名を呼び、しかし次の言葉に迷っていると、ティーネが微笑んだ。


「なるべく相手の損害を抑えて、かつ三星系は確実に確保する。それを目指しますよ。徹底的な殲滅戦などは目指しません」


「ありがとう」


 私は小さく息を吐いた。


「敵中央の第二艦隊を率いているのは連盟三星系駐留艦隊の司令であるオティエノ大将です。あの艦隊さえ倒せば、残る連盟艦隊の戦意も大きく削げるでしょう」


 私と喋りながらも、ティーネはすでに痛烈な逆襲を連盟第二艦隊に仕掛けていた。

 すでに分断されている敵を、さらに切り裂き、削り取り、二つ分けたままそれぞれ包囲を作り上げようとしている。


 私はそのままの位置に留まり、連盟第二艦隊の退路を断つようにしながら、全体の戦局を写すモニターを見やった。


 連盟艦隊はほぼ、どの戦域でも押されていた。

 特に最左翼では実質クライスト提督が指揮している私の艦隊が、早くも連盟第八艦隊を潰走させ、そのまま片翼包囲に入ろうとしている。


 逆に右翼では連盟第十艦隊が数に勝るカシーク艦隊とジウナー艦隊の熾烈な攻撃に、驚くほどの粘り強さで耐え続けていた。

 じりじりと下がりつつも簡単に後退はせず、巧みな反撃を繰り返しながら周囲の味方の様子を伺い、撤退の機を探っているように見える。


 あの二人を相手にしながら全く崩れる様子も見せないのは私の理解を超えているような用兵だった。

 ただその第十艦隊も、中央の戦場に介入する余裕は全く無いだろう。直にティーネが連盟第二艦隊を完全に分断して包囲する。それでこちらの勝ちは決定的になるはずだ。


 私がそう思って息を一つ吐き、モニターから目を離した所で、エアハルトが小さくうめき声を上げた。

 驚いて全体の戦局を見直すと、連盟第十艦隊がとんでもない動きをしていた。


「嘘でしょ……」


 連盟第十艦隊が正面に分艦隊だけを残し、それにカシーク艦隊とジウナー艦隊を任せると、本隊は凄まじい勢いで反転して、第二艦隊を包囲しつつあるエーベルス艦隊の側面を突いている。


 信じられない物を見る気分だった。ショウ・カズサワが率いる分艦隊は、たった七百隻で三千隻近いカシーク艦隊とジウナー艦隊を相手どって、迂回も包囲も許さず、戦域を支え続けている。

 そして第十艦隊の本隊は敵が後ろから追ってくる事など絶対に無い、と確信しているかのように、全く迷いを見せずティーネの包囲を破ろうとしている。


「エアハルト、何か出来る?」


「貴族艦隊から三百隻ほど動かせる船を編成しています。ですがそれで間に合うかどうか」


 答えるエアハルトの顔もわずかに引きつっていた。

 連盟第二艦隊を逃がしてしまえばまた連盟側に立ち直らせる余地を与えてしまう。そうなれば結局この戦いはいつも通り消耗戦になってしまうだろう。


 ここは絶対に包囲を破らせる訳にはいかなかった。

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