第九十三話 帝国の修復者-三星系の戦い⑩
「この宙域に存在する全ての帝国貴族達、聞きなさい、私はヒルトラウト・マールバッハ公爵令嬢。帝国において皇帝陛下に次ぐ貴き血を持つとされている者よ」
一度息を吐いた後、私はそう切り出した。
横にはクレスツェンナを立たせ、二人で映像通信に並ぶ。
「あなた達、恥ずかしくないの?」
まず、思い切り侮蔑するように言葉を投げかけた。
「生まれながらに帝国内で地位と財産を与えられ、民衆と兵を率いる権力を持ちながら、今やあなた達帝国貴族は無能と腐敗の代名詞よ。帝国軍内では足手まといとして忌み嫌われ、連盟軍からは帝国の弱点として侮られている。そしてあなた達はそんな現実から目を背けて、空虚な血統と家柄に対する誇りだけを拠り所にして大帝が残した帝国の遺産を食い潰している」
私の前には高級貴族の顔がモニター越しにいくつも並んでいる。無惨な敗戦の直後と言う事もあり、それぞれが顔を歪めたり、赤らめたり、俯いたりしていた。
「自分を顧みなさい。自分達を見る周囲の人間の視線に気付きなさい。大帝アルフォンスが私達の始祖に地位と権力を与えたのは何故?恵まれた立場でその子孫達に惰眠を貪らせるため?いたずらに将兵の命を弄ばせ、虚栄心を満たすための戦争ごっこをさせるため?違う。帝国貴族は帝国の領土を守り、平民の盾になり、率先して戦場で傷付き倒れ、全ての帝国臣民の規範となるべき存在になるために選ばれたのよ。見なさい、この三星系を。かつて大帝に庇護を求めながら、大帝の死と同時に帝国が守り切る事が出来ず、数百年の間、帝国と連盟双方の無策と愚かさによって傷付けられ続けた悲惨な星々とその住人達を。それを横目に同じ期間帝国で無為に過ごして来た自分達が恥ずかしくないの?」
私の声は帝国貴族だけでなく、中央艦隊にも、連盟艦隊にも、そして三星系の住人にも届いているはずだ。無論、味方以外からの反応はまだ分からない。
「私は、そんな血統だけの唾棄すべき帝国門閥貴族と言う存在から決別する。そして、大帝アルフォンス以来の誇りと栄光を真の意味で取り戻す。この戦いは、貴族や軍人の功績のための戦いでも無ければ、帝国の威信のための戦いでもない。単に三星系を解放するためだけの戦いでもない……より多くの人々のための帝国、より多くの人々のための皇帝と貴族。その帝国建国時の理念と理想のための戦い。私はそのために一人きりでも戦う。それがこの国でもっとも恵まれた地位にいる者の務めだから。だけどあなた達にまだ恥を知る心があるなら私に続きなさい……そして」
私は一度言葉を切った。
「大帝アルフォンスを思い出せ」
一度、静まり返った。
それから、一人の伯爵がオープン回線で雄叫びを上げた。
それに呼応するように一人、また一人と司令官が、艦長が、雄叫びを上げ、敬礼し、帝国万歳と唱える。
「私、クレスツェンナ・フライリヒートはヒルトラウト様に従います!そして今こそ帝国の全ての力を一つにすべき時です……フライリヒート公爵家旗艦、デルフィーンが先陣を切ります!」
クレスツェンナが私の横でそう叫ぶ。
「そ、そうだ!皆の者、マールバッハ公爵令嬢とクレスツェンナに続け!」
呆然としていたツェルナー子爵もそれで我を取り戻したように味方に号令を掛けた。
それで少しずつ広がっていた呼応の波は一気に力を増し、無音のはずの宇宙空間に歓声の波が膨れ上がったようだった。
その歓声の波と共鳴するように、誰が指揮するでもなく、四散していた貴族艦隊達の船がデルフィーンの周りに集結していく。
私は自分までその異常な高揚に巻き込まれないよう、一つ息を吐いた。
……たった一人の異常なカリスマを持つ英雄から始まった国であると言う歴史背景を持つルッジイタ帝国は、その根本的な国民性からして英雄待望論が強く、カリスマ、貴人と言う物の影響を受けやすい、と言うのはティーネと先生の共通した分析だった。
帝国人であれば貴族であろうと平民であろうと、子どものころから大帝アルフォンスの偉業をくどいほどに教えられるのだ。
その個人崇拝が生む英雄的人物への過剰な期待は数々の弊害を帝国の歴史にもたらしてきたが、同時にそれは使いこなせば連盟側の軍事的常識を超えた艦隊行動を可能にするかもしれない……と言うのが、ティーネが私にこの作戦の指揮を任せた理由だった。
「恐らく連盟の人間には、たった十八歳の貴族の小娘の演説が、ここまで貴族艦隊が高揚し、一致団結させる理由は、理解しがたいだろう、な。だからこそ、意表を衝ける、か」
先生が横で呟いた。
「先生は、どうです?いつも通り醒めていますか?」
「自分でも驚いているが、私が半ば草稿を書いたはずの君の演説に少しばかり高揚してしまっているよ。私も、帝国人か」
先生が肩を竦める。
貴族艦隊は私の予想も超える速さと勢いで戦力として再集結し、連盟艦隊へ向けて前進を開始していた。
その数は二千隻に達しているだろうか。しかしまだ動きはばらばらで、まとまりがない。
異変に気付いたのか背後を警戒していた連盟艦隊五百隻が向かって来た。
「エアハルト」
「はい」
エアハルトは私の名前で命令を出し、デルフィーンとその護衛艦を中心に、真っ先に集まって来た二百隻ほどの艦を即座に艦隊として再編する。
「敵はぶつかる前にこちらが前進を止めて集まってくる艦を再編成し、陣形を組むと思っているでしょう。しかし足を止めれば奇襲の効果が薄れます。ですから我々はこのままデルフィーンを先頭にして止まる事無く敵艦隊に突入します。出来ますか、ヴェルナー大佐」
エアハルトがデルフィーンの艦長でもあるヴェルナー大佐にそう尋ねた。
「突っ込むだけであれば、シールドを前面に集中させれば敵艦隊の半ばまでは進めるでしょう。しかしそれでは包囲され集中砲火される事になりますよ」
ヴェルナー大佐は冷静なまま答えた。
「今貴族艦隊は半ば狂乱と言っていいほどの興奮の中にいます。デルフィーンが先頭に立って突入すれば、全ての貴族艦隊は必死になってそれに続くでしょう。大丈夫、それであの五百隻は崩せますよ」
「理屈は分かりますが、それではクレスツェンナ様を大きな危険に晒す事になります。私はまず自分の主人を守らなくてはなりません」
あなたもそれは同じではないのか、とヴェルナー大佐は言外にエアハルトに向け言っていた。
ジークリンデ大佐の方も少し表情を険しい物にするが、こちらは陸戦が専門のためか口を出す気は無さそうだ。
エアハルトがちらと私を見て、もう一度口を開くより先に、クレスツェンナが声を発した。
「ヒルト様、ヒルト様は怖くはないのですか?」
「ええ、怖くないわ」
私はクレスツェンナの意図を察してそう言い切った。
「何故、ですか?」
「エアハルトの判断を信用しているから。例え本当に危険でも、エアハルトが最後には守ってくれるって信じてるから。それが出来ないのなら、彼はそんな提案はしないからね」
先生が口元を抑えた。にやけているのだろう。
「でしたら」
我が意を得たり、とばかりにクレスツェンナが笑う。
「私もヴェルナーとジークリンデを信じているので怖くありませんよ。二人なら例え危険でも必ず私を守ってくれるでしょう」
その言葉にクラフト兄妹は揃って意表を衝かれたような顔をし、それからヴェルナー大佐の方は苦笑し、ジークリンデ大佐の方は楽しそうな含み笑いを漏らす。
この子……中々の小悪魔属性だな。
「確かに戦術としては十分有用であると判断します。リスクも純軍事的には許容範囲内でしょう。クレスツェンナ様がそう言われるのであれば、艦長としてはベルガー大佐の作戦を支持します」
ヴェルナー大佐も帽子をかぶり直し、笑顔を自信に満ちた物に作り替えるとそう言った。
クレスツェンナがますます笑みを大きくし、これから死地に踏み込む戦艦の艦橋とは思えないような空気が一瞬流れる。
「ところで私は誰を信じて誰に守ってもらえばいいんだい?」
先生が顎に手を当てながらその空気に呆れたように呟く。
「先生の場合は自分を信じていればいいんじゃないですか?天才参謀でしょ」
「そこまで英雄気質にはなれないよ!」
遺憾の声を上げる先生の叫びをスルーし、デルフィーンは前面にシールドを集中させ、最大船速で敵艦隊に向けて突入した。
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