第九十二話 面倒さで言えば多分私以上の女の子はいない-三星系の戦い⑨

 ぎりぎりの所ではあったけど、それでもここまでの所、全ての戦線が、ティーネが想定した形になっていた。


 貴族艦隊の提督達を無理に抑えず、一度暴走させるに任す。彼らが敗走したタイミングで本隊がゼベディオス星系まで後退する事で、連盟軍の追撃を誘う。

 とにかく、何が何でも連盟艦隊にあちらから攻めさせ、主力をゼベディオス星系まで引き込む。まずティーネの作戦はそこから始まっていた。


 ゼベディオス星系だけは、二ヵ月以上掛けてかなり後方の態勢は安定して来ていた。それだけでなく、様々な資材を運び込み、間に合わせとは言え宙域に広大な防御陣地を作る用意も出来ていた。

 ただ、そこで防衛戦を行っても、じわじわと両軍が消耗し、疲弊するだけである。決定的な勝利を収めるには、連盟軍の予想もつかない形で後背を衝く戦力がいる。


 一度敗走して四散した貴族艦隊を短時間でまとめ上げ、そのための戦力として再び戦えるように出来るのは私でもジウナー提督でもカシーク提督でも無く、ヒルトだけでしょう、とティーネに言われた時、私は体の芯を打たれたかのような衝撃を受けた。


 貴族の令嬢に過ぎない自分に、戦場でティーネ達三人以上に出来る事があるのか。


 ただ戦力を再集結させて通常通り艦隊として再編しても、それにはどうしても時間が掛かり、その間に連盟艦隊に察知され、対処されるだけの時間を与えてしまう。

 だから必要とされるのは煩雑な戦力再編の作業を迅速に行う手腕ではなく、とにかく理屈で無い所で一隻一隻の船を指揮する貴族達を惹きつけ、一丸となって連盟艦隊にぶつかれるようにするための名声とカリスマと血統だ、と言うのがティーネの説明だった。


 今の私にはどうやらそれがあるらしい。


 どうせ中央艦隊と貴族艦隊の完全な統率など取れないのだから、ティーネと私の二人で分けて率いてしまえばいい、と言うのはある意味ティーネらしい割り切りだった。

 無論そんな急ごしらえの艦隊では、高度な作戦行動などは行えないだろう。出来るのは相手の背後に一撃を叩き付ける事だけだ。


 だからそのための隙を作るために、ティーネはここまで耐えて来ている。


 防御陣地があるとは言え、数と勢いで勝る連盟艦隊からの攻撃は激しく、帝国艦隊はじわじわと追い込まれた。

 特に連盟第十艦隊と向き合う事になったカシーク艦隊の押され方は信じられないほどだった。帝国艦隊の中でも一番強固だと思われていた艦隊だったのに、全ての防御陣地を突破された後は、ほんの短時間で崩される直前まで追い込まれていた。


 第十艦隊には下位指揮官としてショウ・カズサワ、ジェームズ・クウォーク、ロベルティナ・アンブリスの三人がいた。ただそれだけでなく、第十艦隊本隊の動きも私の目から見て迅速かつ無駄が無かった。


 エドワード・ハーディング。


 私が知っている歴史の中ではティーネにより三星系侵攻で連盟艦隊が大打撃を受けた後、連盟宇宙艦隊司令長官になる人間だ。


 統率89 戦略80 政治65

 運営33 情報73 機動82

 攻撃92 防御90 陸戦64

 空戦87 白兵85 魅力91


 能力は確認出来る連盟の提督達の中でも頭一つ以上抜けて高い。

 第十艦隊には恐らく連盟でも最強の指揮官が揃っているようで、それを考えればカシーク提督の苦戦もやむを得ないと言うか、むしろまだ良く耐えている方なのかも知れない。


 もし第十艦隊にカシーク艦隊が抜かれれば、その戦力がそのまま帝国軍の側面や背後に回る訳で、それでこの戦いは負けになるだろう。


 ティーネは連盟艦隊のわずかな攻撃の間隙を巧みに衝いてジウナー艦隊を下がらせるとカシーク艦隊の救援に当たらせ、同時に自分の麾下からエクメント・フィデッサー提督とテオフィル・マイ提督の分艦隊を出す事でその穴を埋めると言う奇術じみた用兵で戦線の崩壊を一時阻止したが、それで危機が去った訳ではなく、むしろ全体としては戦力の薄い所が増す事になった。


 それでもティーネは耐え続けていたし、私もずっと待っていた。


 今私は、自分の艦隊の指揮をシュトランツ提督とクライスト提督に任せ、フライリヒート公爵家私設艦隊の旗艦、デルフィーンの艦橋にいる。

 側にいるのはエアハルトとエウフェミア先生、そしてクレスツェンナとクラフト兄妹だ。


 デルフィーンはわずかな数の護衛艦と共に帝国艦隊の戦列から離れ、連盟艦隊の後方から戦況を伺っている。

 私の旗艦のメーヴェはそのまま艦隊の中だし、その戦いでデルフィーンはここまで一切旗艦としての動きを見せていないので、恐らくこの動きは四散している貴族艦隊の中に紛れているだろう。


 もちろん連盟艦隊も背後に全く警戒していない訳では無かった。一千隻ほどの分艦隊が常に後方に回れるように配置されている。もし背後で帝国艦隊が再集結を始めれば、攻撃を始め、戦力として再編が終わる前に打ち砕くつもりだろう。

 その連盟艦隊の予測を超える速さで艦隊をまとめて背後を衝く事が、私に出来るのか。


 動悸が激しくなるのが分かった。騒がしい環境であると言うのに、自分の鼓動の音が聞こえてくる気がする。

 口の中がカラカラだったが、何かが喉を通る気もしなかった。


 いずれ帝国艦隊が耐えられなくなる時が来る。しかしその直前に、勝負を決しようとした連盟艦隊がギリギリまで戦力を投入しようとする時が必ず来るはずだ。


 そう思っていても、目の前の戦況からは耐え難い重圧がのしかかってくる。私が一つ間違えれば帝国軍は完全崩壊するかもしれないのだ。

 緊張の余り目の前が暗くなる、と思った時、肩に手が置かれた。


 確かめるまでも無く、エアハルトが私の肩に手を置いてくれているのが分かった。私も自分の手でその手を握り返す。

 横にいるクレスツェンナがその光景を見上げ、しばらく考えた後、彼女の後ろに立つ大佐に昇進しているヴェルナー・フォン・クラフトの手を引き寄せて、自分の肩の上に置くと握りしめる。


 ヴェルナー大佐は戸惑ったような顔をしているが、されるがままだ。

 やだこの二人超微笑ましい。


「やれやれ、君ら見ているとたまに私も恋愛なんてものに夢を見そうになるよ。お互い不幸になるだけだと分かり切っているのにな」


 エウフェミア先生がこの戦況で場違いな事を呟いた。

 恐らく、意図的だろう。


「意外と付き合ってみれば上手く行くかもしれませんよ?」


 私は先生の揶揄に対して照れ隠しにそう反撃してみる。


「よせやい。自分がどれほど面倒な女かは自覚しているんだ」


 面倒さで言えば多分私以上の女の子はいないと思うけどな……

 そんなちょっとした一連のやり取りで、限界に達していたはずの私の緊張はきれいに消えていた。


 その内に戦況が動いた。


 やはりカシーク艦隊の救援に戦力を割いた事が響いたのか、中央のティーネ艦隊の崩れ方が大きくなっている。

 それでもティーネは連盟の攻撃を幾度も跳ね返しているが、その度に連盟艦隊は戦力を入れ替え、波状攻撃を繰り返す事でティーネ艦隊にとどめを刺そうとしていた。

 今が機、と見たのか背後の警戒に当たっていた千隻の内、半分も割いて攻撃に当てるようだ。


 ティーネ艦隊はずるずると押され、その分連盟艦隊は中央が突出し掛けている。しかしそれでもティーネ艦隊はまだ崩れてはいない。


 私は横のエアハルトとエウフェミア先生を交互に見た。

 二人がそれぞれ頷く。

 私は、オープン回線を開き、手元のマイクのスイッチを入れた。

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