第九十一話 後、二十分-三星系の戦い⑧-連盟side

連盟第十艦隊が仕掛けたカシーク艦隊への精神的奇襲は概ね成功を見た。


 パルマー率いる空戦隊約二千機は連盟艦隊による派手な砲撃の影に隠れて帝国の最後の防御陣地へと接近するとその隙間を縫うようにして突破し、カシーク艦隊へと襲撃を掛けた。


 同時にショウの率いる分艦隊は躊躇ない速度で帝国防御陣地へと突進し、至近距離から大量の質量弾をメインにした攻撃を掛け、短期間でそれを食い破る。

 それは一見犠牲を顧みない危険な攻撃かと思われたが、後衛の本隊であるハーディング艦隊は的確な支援砲撃を間断なく続け、防御陣地からの反撃を最低限に抑え込んでいた。


 結果として、カシーク艦隊は空戦隊による襲撃と、予想外の速さで最後の防御陣地を突破し、正面に進出してきた第十艦隊の双方に対応せざるを得なくなった。


 どちらに優先して対応しても、必ずもう片方への対応が遅れる———そんな将棋で言う所の王手飛車の状況に陥った事が、ほんの一瞬、カシークほどの提督の判断を迷わせた。


「良し、近接戦用意。空戦隊が崩した所から一気に敵艦隊陣形を食い破る。ハーディング提督、援護をお願いしますよ」


 その迷いから生じる艦隊の乱れを、ショウは的確に突いていく。

 どれほど状況に応じて正しい判断を下せる相手であろうとも、一度取れる選択肢を限定する事に成功してしまえば、相手が不利な選択をし続けざるを得ないように劣勢に追い込んで行ける———言葉にしてしまえばそんな無慈悲なまでの冷徹さで、ショウは立て続けに鋭い攻撃を指揮し、カシーク艦隊の戦力を削っていく。


 そしてそのショウの分艦隊の鋭い動きで生じた隙は、すぐさまハーディングが埋めていく事で敵の反撃の可能性を事前に塞いでいく。

 いかにショウと言えども後ろにいるのがハーディングで無ければ、ここまで思い切った指揮は出来なかっただろう。


「上手く行ったようですね」


 自ら空戦隊の先頭で突入すると、七機の敵機を撃墜しさらに敵駆逐艦一隻に大きな損傷を与えて無事に帰還して来たパルマーが、パイロットスーツのまま艦橋に入ってきた。


「ご苦労様……このまま勝てればいいのだけど」


 ショウがわずかにそちらに視線をやり、また真剣な様子で戦況を見やる。


「不安ですか?」


 パルマーがショウの横に立って来た。そこにはたった今死線を潜り抜けて来たばかりだと言うような殺伐とした緊張は全く感じられない。

 どちらかと言えば競技場で完璧なパフォーマンスを見せた後のアスリートのようなさわやかな高揚が漂っている。


「この戦場の事だけであれば、私とハーディング提督の二人で何とかなると思う。だけどこれだけの大艦隊同士の戦いとなると、第十艦隊の戦闘も実際にはごく一部の事に過ぎないからね」


 目は戦況図から動かさないままショウは答えた。


 優勢ではあるが、それでもカシーク艦隊を一方的に翻弄し続けている訳ではない。ただほんのわずかな所で一段上を行く、と言う事を繰り返しているだけだ。

 完全に打ち破るには、もう少し時間が掛かるだろう。


 ショウがそう思った時、その予想に反して敵の全てが不意に崩れた。そして下がっていく。


 出血を覚悟で強引に戦線を離脱し、陣形を整え直そうと言うのか。しかし、こちらが乗じれば決定的な打撃を与える事が出来る。

 そんな無謀をあの敵将がやるのか。


 オペレーターが叫んだ。


「左翼に新たな艦隊!帝国第九艦隊……ラダ・ジウナーです!」


「ジウナー艦隊だと!?ライト提督の第六艦隊が隣で相手をしているはずだろうが!?負けたって言う話は聞いてねえぞ!」


 予想外の敵の出陣にさしものハーディングも声を荒げた。


「とにかく下がりましょう、ハーディング提督。状況が一変しました」


 ショウがぼそりと呟き、それで冷静さを取り戻したハーディングが全艦隊に一時後退を命じる。


「反撃に押された第六艦隊が後方に一時下がったわずかな隙に、ジウナー艦隊は帝国艦隊中央の予備兵力と交替していた模様です」


 情報の分析を追えたらしいホァン中佐が青ざめた顔で報告する。


「では今第六艦隊が相手にしているのは?」


 ショウはどこまでも冷静さを保ったまま尋ねた。


「敵エーベルス艦隊の分艦隊の一つと思われます。規模は五百隻前後かと」


「随分と右翼だけに戦力を集中させてきたな……これだと中央はこちらが圧倒的に有利になるが……」


 戦場に現れたジウナー艦隊はカシーク艦隊と合流し、驚くほどの迅速さで戦線を再形成する。

 そうなると数の上でも第十艦隊は一転してかなりの不利を受ける事になった。


「くそっ、せめて自分の担当宙域の艦隊を抑える事ぐらいは出来んのか」


 ハーディングが吐き捨てる。

 本当は第六艦隊のライト提督を名指しで罵りたいのだろうが、部下に聞こえる所ではそれをどうにか堪えるのが彼なりの軍人としての節度だった。


「中央のオティエノ大将の第二艦隊もエーベルス艦隊が戦力を薄くしている事を機と見て全力で攻撃を掛けています。後は我々がここでしばらく耐えれば友軍が中央突破に成功するのではないでしょうか」


 ホァン中佐が気を取り直したように口を挟んだ。


「そうだな、このまま中央が兵力の優位を生かして予備戦力も使い波状攻撃を続ければいずれは帝国艦隊を突破出来るだろう」


「では」


「帝国艦隊がその程度の事を予想していないとは思えない」


「中央が予備戦力まで使って押しているって事はその分後方に隙が出来るって事だからな。確実に何か仕掛けて来るぞ」


 半ば諦観の入ったショウの声と、苦々しさと皮肉を入り交ぜたハーディングの声に、ホァン中佐は絶句した。


 後、二十分。


 恐らくそれだけあれば、カシーク艦隊を完全に打ち破り、この戦域を突破出来たのだが。

 ショウは頭を一つ振り、過ぎ去った勝機への未練を追い払った。

 戦争において、時間はもっとも取り返しが付かない要素なのだ。

 今は目の前の新たな敵と、この先来るであろう危機に対処する事を考えるべき時間だった。

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