第九十話 撃墜王-三星系の戦い⑦-連盟side
モニターに映ったのは線の細い黒髪で褐色の女性だった。
落ち着いた雰囲気の美貌の持ち主で一見すれば儚げな印象を受けるほどだが、コスモヴァイパーのパイロットとして連盟全体でも現役では十五人しかいない二百機撃墜を最年少で達成している。
卓越した操縦技術と空間認識能力、勘の鋭さ、そして本人の浮世離れしてどこか神秘的な様子から冗談交じりに「エスパー」「予言者」「戦場の占い師」「ニュータ×プ」など様々な異名で呼ばれていた。
士官学校出身でショウと同期ではあるが、空戦科は初年から他の学科と分けられるため、個人的な関りはほとんどない。
ショウが彼女を自分の幕僚にと望んだのは、純粋にその戦歴を評価しての事である。
ラクシュミー・パルマーはモニター越しに柔らかい動作で敬礼した。
「やあ、呼び立ててすまないね。パルマー中佐」
「いえ、空戦隊は今の所働き所がありませんので。それで、私に何の御用でしょうか」
「空戦隊を使って少しばかり無茶な作戦をやりたい、と思ってね。貴官の意見を聞きたい」
「無茶な作戦、ですか」
パルマーはコテン、と首を傾けた。ロベルティナとはまた別の意味で、彼女はひどく幼く見える事がある。
「ああ。これから我が艦隊は敵の最後の防御陣地を突破して敵艦隊との交戦に入るが、その機先を制したい。だからそれに先立ち敵艦隊に航空攻撃を掛けたいんだ」
戦況ディスプレイを二人に共有しながらショウは言った。
「ほう」
そう呟いたのはハーディングだった。
「航空攻撃」
わずかに首を傾けたままパルマーが怪訝そうな……と言うよりはきょとんとした顔を作る。
「現状敵艦隊は航空攻撃の範囲外にいますが……艦隊と同時ではなく先立って、ですか?」
宇宙空間の戦闘においては、空戦隊は航続距離の短さから艦隊に随伴しての接近戦で主に使われるのが定石であった。
「そうだね、航続距離としては攻撃に要する時間も考えて片道でぎりぎりだろう。だから空戦隊を発進後、私の分艦隊は全速力で敵の残る防御陣地に突撃してそれを強引に突破し、敵艦隊前面の宙域まで前進する」
ショウは端末を操作し、戦況ディスプレイ内の自分の分艦隊を前進させた。
「計算してみたが、艦隊がこの位置まで前進出来れば攻撃後の空戦隊の回収は可能なはずだ……と思う。実際にこのプランで敵の防御陣地をすり抜けて空戦隊が攻撃出来るかどうか、専門家の意見を聞きたくてね」
「間に合わせるためには十分な事前砲撃も無しに艦隊を防御陣地、さらに敵艦隊の前面に晒す事になりますが、危険なのでは?」
パルマーの口調は憂慮と言うよりは疑問をそのまま口に出したかのような物だった。
「危険ではあると思う。だが、だからこそ敵も突然こちらがそんな動きをしてくると予想している可能性は低いだろう」
「今まで散々慎重に慎重を期してじわじわ進んで来たのもこれのためか?」
ハーディングはショウの意図を正確に読んだようだった。
「こんな博打を打たないでも勝てそうな相手だったらそれはそれで良かったのですが、想像以上に隙も乱れも無い相手だったので」
「このまま最後まで馬鹿正直に正攻法で防御陣地を突破し、万全の態勢を整えている敵艦隊と正面から向き合う事になれば、恐らくそこでまた一度膠着する、か。確かにそれは避けたいな」
「敵将のヴァーツラフ・フォン・カシークは驚くほど冷静で柔軟な相手です。こちらが一つ意表を突く動きをしても、すぐさまそれに対応してくる。となれば二つ、三つと立て続けに意表を突いてそのペースを乱し続けるしかありません」
「作戦の意図は理解出来ましたが……」
やはりパルマーはどこかのんびりとした口調のままだった。
「空戦隊は発艦した後、もし艦隊が予定の宙域まで前進出来なければ、推進剤切れで揃って未帰還と言う事になりますね」
「そうだね」
「そうならない、と言う保証はありますか?例えば途中で艦隊の損害の多さに驚いて作戦を中断したり」
これは上官に対してかなり挑発的な発言だったのかも知れないが、パルマーの口調はそれを感じさせず、そして応じるショウの方も全く気にする様子はなかったので、二人のやり取りはどこまでも和やかだった。
「絶対、とは言わないが、敵の防御陣地突破まではまず問題無いと思う。出る損害は概ね計算で来ているし、私とハーディング提督ならしくじる事はないだろう」
「その後は?」
「空戦隊が到達した時点で敵にこちらの意図が完全に読み取られていたら、その先は中止せざるを得ない。強引に艦隊を前進させても無駄に犠牲が出るだけだ。空戦隊を回収するために艦隊全体に多大な犠牲を出す訳には行かない」
「ではその時は私達はどうすればいいのでしょうか?」
「その時は無謀な作戦を立てた上官を恨んで、出来れば帝国艦隊に降伏してくれ、としか言いようが無い。推進剤を使い果たして宇宙を漂うよりはマシだろう」
「あら。敵艦隊に体当たりでもしろ、と言われるのかと思いました」
「個人の判断と責任で体当たりするのは止めないが、やって欲しくは無いな」
ここで初めてパルマーはニコリ、と柔らかい表情を明確な笑顔へと変えた。
「どれだけ犠牲を出しても絶対に迎えに行く、信じてくれ、なんて言われたらどうしようかと思いましたが、安心出来る答えでホッとしました」
「今のやりとりのどこに安心出来る要素があったんだろうか」
「分艦隊空戦隊長としてカズサワ司令の作戦を支持します」
ショウの素朴は疑問には答えず、パルマーは敬礼する。
「いい女を幕僚に引っ張ってきたな」
パルマーからの通信が切れた後、ハーディングが若干揶揄の響きが入った口調で言った。
「ええ。戦歴だけしか見ていませんでしたが、どうやら上手くやれそうです。ただ、どうにもつかみ所がありませんね」
そっけなく揶揄の部分は無視し、ショウは答える。
「いくら何でもお前にそう言われちゃパルマー中佐も不本意だろうよ」
ハーディングは実に楽しそうに笑い出し、ショウは憮然とした顔を作った。
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