第八十九話 難敵-三星系の戦い⑥-連盟side

 無論カシークが後方に控えている連盟艦隊による救援を予期していない訳が無かった。


彼はあらかじめ攻撃に出した艦隊の内、一部をいつでも側面へと向けられるように備えていたし、未だに防御陣地の内側に残している戦力を投入する機を注意深く伺ってもいた。

 苛烈な攻勢を仕掛けながら、同時に敵の反撃に対し、瞬時に対応出来る体制を保ち続けるその完璧な攻防のバランスは、ジェームズやロベルティナには今の時点では無い能力だ。


 しかしこの時のロベルティナの突撃の勢いとショウの展開の迅速さはカシークの予想を超えていた。ロベルティナの矢の如き攻撃はカシーク艦隊の側面の防御を易々と貫き、同時にショウは帝国艦隊の予備戦力の介入を防ぐために自身の麾下艦隊を左右に分けて、カシーク艦隊をジェームズ、ロベルティナの任務群ごと半包囲するように展開させる。


「あーっはっはっはっは!撃て撃て撃て撃てーい!ほれ!そこのビビってる戦艦を皆で撃つっス!目標に悩む暇があるなら取り敢えず目の前にいるのを撃つ!戦争なんて先に撃った方がだいたい勝つもんっスよ!」


 それは思わずショウが目を覆うほどの極めて乱雑な軍事哲学だったが、それでもロベルティナの単純かつ迷いない指揮から発揮される艦隊の攻撃力は絶大で、カシーク艦隊の中を横腹を食い破るようにして突き進んでいく。


 一転、窮地に陥ったかに見えたカシーク艦隊だったが、カシークは一見すれば半包囲に見えるショウの布陣が実際にはあくまで外側からの攻撃に備える物である事を一瞬で見て取ると、ジェームズ任務群に攻撃を加えていた自身の艦隊の内、百隻ほどを自ら率い、大胆にもショウの艦隊の横を通り過ぎるような動きでロベルティナ任務群の側面に逆に攻撃を開始した。


 それでロベルティナ任務群の動きが鈍くなり、突入したカシーク艦隊に逆にジェームズ任務群ともども包囲されそうになる。


 やはりもう一手必要か、とショウが思い新たな指示を出そうとした時、ロベルティナ任務群の先端がジェームズ任務群と合流した。それで目に見えて二人の動きは良くなり、カシーク艦隊を押し返す力も強くなる。


「やれやれ、まだ二人合わせてようやく一人前、と言う所かな」


 ショウは小さな安堵の息と共にそう吐きだしたが、これは些か後輩二人に対して厳し過ぎる採点であると言えるかもしれない。


 得手不得手がそれぞれ目立つとはいえ、それでもジェームズ・クウォークとロベルティナ・アンブリスの二人の総合的な実力は、この時点でも間違いなく連盟のほとんどの宇宙艦隊司令官と比べて劣っている物ではなかっただろう。


 ジェームズとロベルティナが持ち直したのに対し、カシークはそれ以上の無理をせず、艦隊を退かせ始めた。無論下がりながらも陣形を巧みに再編し、さらに防御陣地の内側からの援護を最大限に活かす事によってそれ以上の連盟側からの反撃を許さない。


 終わってみれば小競り合い、という程度の戦いに済んだが、それでも双方それなりの損害を出していた。

 特にジェームズの任務群はわずかな間に三十隻以上の艦を失っている。


「あれがヴァーツラフ・フォン・カシークか。やっぱ手強いな」


 ショウが前進した事で出来た空隙を埋めるようにして第十艦隊の本隊を前進させながら、ハーディングが通信を繋げて来る。


「ええ。攻防どちらにもバランスの取れた良い軍人ですよ、あれは」


「並みの相手ならお前とジェームズ、ロベルティナの三人だけで前線突破まで行けると思っていたが、そうもいかんな。仕方ない、俺も出るぞ」


 本来はハーディングも自ら率先して前に出るタイプの指揮官だが、今回は珍しくやや慎重だった。彼も後方で不測の事態が起こる事を警戒しているのだろう。


「他の戦線はどうですか」


「概ねこっちが押し気味だな。ただ、敵のマールバッハ、エーベルス、ジウナーの三艦隊相手の戦線ではやや攻めあぐねている。ま、想定通りってとこだ」


 それでもこのまま戦い続ければ、いずれ後方の予備戦力と補給の差が如実に出て来て、どこかの戦線を突破出来るだろう。

 そして一か所を破れば、そこから防御の裏側に回って敵を挟撃する事で、全てを崩して行ける。


「こっちの後方は?」


「オティエノ大将もアホじゃない。全艦隊で後方に警戒はしてるし、敵の残存艦が集結を始めても、それなりに即応できるだけの態勢も整えてはいる」


 それなりに、と口に出して言った所にハーディングの憂慮が滲み出ている。


「ジェームズとロベルティナは一旦下げます。私が前に出て攻めますので、ハーディング提督は後詰をお願いします」


「おう」


 後ろに下がるよう命じられた二人の内、ロベルティナは不満げで、ジェームズの方はやや青ざめた顔をしていた。


「失敗した、と思っているかい、ジェームズ。まあそこまで気にする事は無いと思うけどね。相手が上手だったのさ」


「先輩、一つ伺っていいですか」


 大きく息を吐き、ジェームズが口を開いた。


「構わない」


「あの局面、私はどう指揮すれば良かったのでしょう」


「そうだな、お前の指揮はそう悪い物じゃなかったと思う。むしろかなりベストに近い物だった。ただそれはあの戦場だけを見れば、だ」


「と言うと」


「私とロベルティナが後ろに控えているのが分かり切っていたんだから、お前はあそこで自分の手持ちの戦力だけで敵を防ごう、と考える必要はなかったんだ。踏み止まらずさっさと全速力で逃げていれば、恐らく敵は反撃を警戒してそれ以上の追撃はせず、結果的に犠牲は少なく済んだだろう」


「私の視野が狭かった、と言う事ですか」


 ジェームズは基本的にかなり視野の広い指揮官である。だから失敗の本質は恐らくそれでは無いだろう、とショウは思った。


 防御に強い、と言う自分の長所にこだわり過ぎた事がジェームズの視野を狭くした。恐らくそう言う事だが、今はそれ以上は何も言わない事にした。


 最低限の答えは出した。そして実戦中である。

 後はジェームズが自分の中で考えて糧にすべき事だろう。


「ジェームズはさておき何で私も後ろに下がらせられるんっスか!私の任務群はまだまだ行けるっスよ!」


 次にロベルティナが噛み付いて来る。


「お前は前に出し続けるとあっという間に戦力を消耗させるから」


「ええーっ……」


「今は堪えててくれ。私の嫌な予感が当たれば、また絶対にお前に頼らなくちゃ行けない時が来る」


「しょうがないっスねえ……先輩は嫌な予感だけ良く当たるっスからねえ……」


 内心ショウが気にしている事を的確に指摘し、ロベルティナは引き下がった。


 それからショウは自ら前衛に出るとジェームズを上回る緻密さで帝国軍の防御陣地を破壊し、引き剥がして行く。

 そして帝国軍を排除した宙域にすぐさま艦隊を前進させ、空いた所はハーディングが埋めると言う連携で、的確かつ迅速に前線を前進させていった。


 しかし防御陣地を破壊して前に進めば進むほど、カシーク艦隊の布陣も重厚になって行く。


「防御陣地は後一段、と言う所ですね」


 二時間ほどの戦闘で連盟はカシーク艦隊とほとんど直接交戦する直前まで前進していた。


「ああ。だが陣地の向こうじゃカシーク艦隊が手ぐすね引いて待ち構えてやがるぞ」


「ここで正面から防御陣地をこじ開けると敵に機先を制させるのは目に見えていますね」


「何か策が?」


「一つ。乱雑な物ですが、ハーディング提督が協力して下さるのならそう分の悪い賭けにはならないでしょう」


 ショウはそう言いながらハーディングと通信を繋げたまま、分艦隊空戦隊長であるラクシュミー・パルマー中佐を呼び出した。

 二十七歳。ショウと同い年の女性士官であり、連盟宇宙艦隊の撃墜王エースの一人だ。

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