第八十八話 カシーク艦隊VS連盟第十艦隊-三星系の戦い⑤-連盟side

 数十万条に及ぼうかと言う閃光が両軍の間で交差し、漆黒の宇宙がにわかに恒星でも出現したかのような明るさに照らされる。


 これほどの大規模な会戦はショウ自身は無論、彼の上官である艦隊司令のハーディングにも経験は無い。

 自然と湧き上がってくる高揚の感情を慎重に心の中から追い出し、ひとまず前面に出したジェームズに最低限の攻撃指示を出すと、ショウ戦場の全体を見やった。


 戦力差は概ね10対7でこちら有利だが、ここまでの規模の戦いになるとその数の差がたちまちに有利として現れる訳でもなかった。

 大型宇宙艦艇の布陣にはある程度の空間を必要とするため、数で勝っていてもその全ての艦が一度に戦闘に参加出来る訳ではないからだ。


 帝国軍は包囲を避けるためかかなり縦深を薄くして戦線を横に広げ、連盟軍もそれに応じるように戦線を広げつつ、同時に中央は戦力を厚くしている。

 帝国側でその中央を受け持っているのは第七艦隊……シュテファン星系での戦いにも参加していたクレメンティーネ・フォン・エーベルスの直属艦隊だった。

 兵力の優位を生かして中央突破を試みるのはこの局面では常道の一つではあるが、彼女の艦隊相手では容易ではあるまい、とショウは思った。


「後は……」


 前線からの報告にしたがい、矢継ぎ早に追加され、更新される情報にショウは目を通していく。

 もう一人、ショウにとって警戒すべき指揮官であるラダ・ジウナー率いる第九艦隊は、隣の戦域を受け持っているらしかった。


「もし味方が彼女に突破されれば、その時、第十艦隊はカシーク艦隊とジウナー艦隊に挟撃される事になるな」


 何でもない事のようにショウは呟いた。近くにいたホァン中佐はその発言の不吉さにぎょっとしたような顔をしたが、それでも何も言わなかった。

 この優秀な情報士官もそろそろショウ・カズサワと言う人間がどうやら一般的な軍人の枠内には収まらない感性の持ち主である、と言う事が分かって来ていた。


「だが……あの三人の位置が把握出来ているのは悪くない」


 ショウは独り言を続けた。


 現時点で連盟が最も恐れるべきなのは一度追い散らされた三個艦隊の残存艦が再結集して戦いの最中に後輩や側面を衝かれる事である。

 質の低い敗残兵でも傑出した統率力の下であれば迅速にまとまり直し、大きな戦力になる事はあり得る。

 一匹の狼に率いられた百匹の羊は一匹の羊に率いられた百匹の狼に勝る、と言う古来からある軍事上の格言は、いささか誇張ではあっても真理からそれほど離れてもいないのだ。

 警戒すべき敵が正面にしかいない、と言う状況はひとまずやりやすくはあった。


 他に、シュテファン星系でジェームズとロベルティナを手玉に取った帝国第七艦隊も気になりはしたが、こちらはどうやら戦場の反対側、最左翼にいるらしかった。


「良し、やるか」


 ショウは意識を目前の戦いへと切り替えた。

 ひとまず今はどこか一か所でも敵を突破するしかない、と言うハーディングの方針はいささか単純すぎるがそれでも正しい物だった。


 帝国軍は様々な防御設備を宙域に設置し、それを幾何学的に連携させる事によって広大な防御陣地を築いている。

 何も考えず火力の交差点に艦隊を進めれば集中砲火を受けるため、被害を避けるためには外郭から少しずつ防御を引きはがしていく必要があった。

 そう言った緻密さと忍耐を要求される攻撃であれば、ジェームズは今の時点でも間違いなく熟練の域に達している。動かない防御設備が相手であれば、彼の苦手とする起動戦が要求される事も無い。


 無論敵の艦隊も防御の内側で艦隊を動かし、応戦してくるが、まだその動きは大きな物ではなかった。そのせいか、前線の艦隊にはほとんど被害は出ていない。

 一方的に一枚ずつ防御を剥がすような攻撃から敵が感じる重圧は決して小さくは無いはずだが、敵は全く動じていないように見える。

 最初から防御陣地は時間稼ぎに過ぎない、と割り切っているのか、それともどこかで反撃の機会を狙っているのか。


「せんぱーい、私の出番はまだっスかー?」


 不満そうな声が通信から漏れて来た。

 映像を繋ぐとロベルティナのうずうずしているような顔が出て来る。連盟側にも当然長期の対陣にしびれを切らしている人間は数多くいたが、彼女はその代表格だ。


「まだ」


 ショウは無慈悲に答えた。

 ジェームズとロベルティナの指揮官としての特性はほぼ対極に位置する。この局面で彼女を投入しても、守りを固めた防御陣地に対して果敢かつ粗い攻撃を仕掛け、無駄に戦力を消費するだろう。


「えー!?」


「今はまだ大人しくしていなさい。直にお前の働きどころは来るから」


 ほとんど聞き分けの無い妹か娘かあるいはペットにおあずけでも命じる気分でそう言うとショウは一旦彼女からの通信を切り、代わりにジェームズを呼び出した。


「ジェームズ、どうだ?」


「今の所、敵に大きな動きはほぼありません。防御陣形の裏で数十艦単位の小集団が散発的に攻撃を仕掛けて来ていますが、こちらが防御を破るとすぐ撤退して行きます」


 士官学校時代から沈着冷静をもって知られる彼も、さしもの大会戦に緊張と高揚があるのか、いささか答える声に上ずりがあった。


「繰り返される単調なパターンに馴れないように注意するんだ。こう言う敵はこちらが気を抜いた瞬間、激しく動いて来る」


「はい」


 ショウの忠告が実現化するまでさほど時間も掛からなかった。いくつめかの防御衛星とトーチカ、防御フィールド発生装置を組み合わせた複合防御陣地をジェームズがほとんど事務作業的な正確さで破壊した時、ちょうど反対側の左翼方向に位置する帝国の防御陣地で巨大な爆発が起きた。


 そして爆発に由来する電磁パルスと飛来物に対処するためにジェームズが任務群の陣形を整えようとした瞬間、連盟が破壊した右翼防御陣地と帝国が自ら破壊した左翼防御陣地双方から、合計五百を超える帝国艦隊が猛然と連盟艦隊へと襲い掛かる。


「遅延のための小規模な任務群複数を有機的に動かしながら、同時にそれを迅速に集結させる事でこちらの隙を衝く機を伺っていた……しかも同時多方向でそれをやって見せるとは」


 敵将の手腕を称賛しながらもショウは躊躇しなかった。すぐさまロベルティナの任務群に攻撃命令を出し、同時に自分の直属艦隊も前に出す。


「行くぞ、ロベルティナ」


「ハイっス!」


 待ってましたとばかりに目を輝かせ、ロベルティナは勢いよく敬礼した。


 両翼から不意に現れた優勢な敵に対し、ジェームズは冷静に対処していた。左翼方向への陣形変更の命令はそのままに、右翼方向のみを後退させる事によって艦隊を縦に小さくまとめ、左翼を新たな正面にする事で敵の一撃をまず受けようとしている。

 そうして耐える間に右翼の陣形も整え、前に出そうと言う考えだろう。


 ショウの目から見ても決して悪い指揮では無かった。しかし正面の戦力が少ない。そしてジェームズの旗艦「ストーンウォール」はまるで当然の事のようにその中心に座している。


 ヴァーツラフ・フォン・カシークが自ら指揮する攻撃部隊が苛烈なまでに集中させた火力は、まるでジェームズの意図を完全に読み切った上でそれを押しつぶそうとするかのように、ジェームズが新たに作った正面の戦線に短時間で多大な損害を与えて行く。

 それでもジェームズはその攻撃によって艦隊に生じた綻びをどうにか繕うだけの能力も戦力も有していたが、しかしこの時の彼には麾下の残存戦力が実際にそう動けるだけの態勢を整えるための時間的猶予が足りなかった。


 ……もしこの時救援に向かったのがショウだけであったなら、ほんのわずかな差でジェームズ・クウォークの指揮する任務群の正面戦力は壊滅し、ジェームズ自身も戦死していたかもしれない。


 カシークが芸術的なまでの緻密で計算高い艦隊運用によって、ジェームズに本来の能力を発揮する事を許さないままに勝利を収めようとした直前、緻密さとも計算高さとも無縁の原始的かつ圧倒的な破壊力がその戦場を一転して支配した。


「とっつげきぃーっ!」


 ロベルティナ・アンブリスの任務群が常識的な艦隊運用では到底実現不可能と思えるような速度で横合からカシーク艦隊に殴りかかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る