第八十七話 連盟第十艦隊-三星系の戦い④-連盟side

 オティエノ大将の指揮の元、連盟艦隊は全艦隊挙げての追撃の体制に入っていた。


 唐突に突出して来た帝国軍の三個艦隊に相当の痛撃を与えて打ち払い、後方に控えていた残る主力が戦う事無く占領を終えているゼベディオス星系への後退を始めたのを逃がすまいとする動きだった。

 援軍として到着した四個艦隊を加え、連盟の三星系防衛戦力は全十個艦隊……緒戦で敵三個艦隊を撃破した以上、戦力の優位を生かして反転攻勢に出ようとするのは当然と言えた。


 侵攻以後、帝国軍はかつてないほど入念にゼベディオス星系の占領と慰撫を進めており、帝国軍を早期に駆逐しなくては占領が既成事実化するのではないか、と言う連盟上層部と世論の危惧が軍部の決定に反映されているのは明白だった。

 突出して来た帝国三個艦隊はいずれも門閥貴族が指揮する艦隊と思われ、帝国軍の統制が取れていないように見えるのも連盟艦隊の攻勢の機運を後押ししていた。


 敵の動揺、戦力の優位。その二つの条件を見ればここで一気に攻勢に出るのは用兵の基本から見て決して間違ってはいない。


 だが、その条件はどちらも連盟側が整えた物では無かった。睨み合う中で先に帝国軍が痺れを切らしたかのように動き出し、それに連動した動きにずっと乗じているだけだ。

 勝ちの勢いに乗った軍隊が強い、と言うのは古来からほとんどあらゆる戦争に通じる原則の一つである。しかしそれが乗ったのではなく、乗せられた勢いであったらどうなのか。


 新たに与えられた旗艦「アマテラス」の艦橋で自分の指示通り整然と動き始めた連盟第十艦隊第一分艦隊の動きを眺めながら、ショウ・カズサワはずっとそんな事を思考していた。


「今回もまた、不機嫌な顔をしていますね、先輩」


 通信越しにジェームズ・クウォークが話しかけて来た。彼も今は旗艦「ストーンウォール」から自分の任務部隊を指揮している。


 全千六百隻の第十艦隊の内、六百隻を分艦隊としてショウは率い、その下でさらに共に准将に昇進したジェームズとロベルティナ・アンブリスが百隻ずつ任務部隊を率いている形だった。

 他の幕僚には出来る限り経験豊富な実務処理の達人や一芸に長けた実力者を揃えてもらい、ひとまず艦隊の編成としては現状ショウが望み得る最上の物が仕上がっている。


 艦隊司令であるエドワード・ハーディングも実戦での能力は疑いようの無い物であるし、ショウが特に奇をてらった指揮をしなくても上と下に任せていればそれで戦術レベルでは勝てそうな布陣であった。

 それが普通の戦いであるならば、だが。


「今の所、我々に不利な要素は無いように思えますが。あの帝国軍の無謀な攻撃が、何かしらの偽装だったとは思えません」


 ショウの返答を待たずに、ジェームズは自分で考え込むような顔を少しした後、言葉を重ねて来た。


「そうだね。私もあの三個艦隊の突出と敗退までの流れが見せかけだったとは思わない。帝国軍は長期の対陣で統制が乱れ、一部の貴族達が暴走した。それは事実だと思う」


「では?」


「その後、残りの帝国軍の動きがどこかで変わった、と言う気がする。三個艦隊の突出と敗退と言う敵にとっては大きすぎるアクシデントの中で、敵には全艦隊で前に出て救援するか、逆に退いて守りを固めるかと言う分かりやすい二つの選択肢があったはずなのに、ほとんど迷う事なく退く方を選んだ。これはつまり敵がそのアクシデントに少なくとも精神面では十分に対応した事を意味しているんじゃないかな。そして今までの三星系を巡る戦いの推移から見て、長期の対陣になった場合、帝国軍がいずれ統制に問題を見せるのは予想出来た事でもあった」


 三個艦隊はほとんど四散するように派手に敗走したが、残る敵の後退は整然とし過ぎていた。


「敵は味方の暴走まで織り込み済みでこの局面を待っていた、と?」


「あるいは。そしてそうであった場合、逆に私達は固めていた守りを捨て、敵がすでに確保していて十分に守りを固める時間もあった星系へとこちらから攻め込んでいる事になる」


「その話、ハーディング提督には?」


 ジェームズが目を細めた。


「した。作戦会議では一応進言してくれるだろうとは思う。だけど、無駄だろうな。罠の可能性があるから、と言う理由で軍隊は止まれる物じゃない。長期間帝国艦隊の侵入を許している事に対する批判の声も、だいぶ政府や世論の中で大きくなっているようだしね」


「本当にしびれを切らして動き出したのはどちらなのやら、ですか」


「自分から下がった分だけ、帝国は帝国で追い込まれてはいる。向こうから賭けに出て来た、こっちも乗るしかない、とハーディング提督なら言うだろうね」


「賭け、ですか。それは私よりもロベルティナの方が役に立ちそうな分野ですね」


「仕方ないさ。戦争と言うのはいつだって最後は机の上の計算通りには行かず、どこかで彼女みたいな人間が何かを決めて来た物なのだから」


 どこかげんなりした気分でショウは肩を竦めた。


 軍人の資質と言う物が知性と勇気と言う二つの精神で成り立っている物だとしたら、自分やジェームズは知性の割合が随分と高いし、ロベルティナは極端に勇気に振り切れている。

 そしてこれから自分が向き合う相手であろうあの少女も、間違いなく最後は勇気で戦争をやる人間であった。


「それよりジェームズ、後で全分艦隊に通達は出すが、各艦を電磁アンカーで繋げるよう準備をしといてくれ」


 電磁アンカーはその名の通り電磁気による見えない鎖で船を固定する器具だった。


「まさか以前仰ってたあれをやるんですか?」


「念の為さ」


 若干こわばった表情をしたジェームズに、また肩を竦めてショウは答えた。


 全艦隊が前進していく。帝国艦隊はゼベディオス星系に入った所で後退を止め、最初からそれを企図していたように迎撃の構えを取ってきた。


「堅いな、これは」


 敵の布陣を見てショウは呟いた。

 後方で占領を進めながら用意していたのか、帝国艦隊は多数の防衛衛星や無人トーチカ、防御フィールド発生器で構成された防御陣地を築いていた。


 何があってもゼベディオス星系だけは守り抜こうと言う構えなのか。それともここで勝つつもりなのか。


「布陣する敵艦隊の規模はどうか?」


「全七個艦隊から八個艦隊と推測されます」


 新たに情報参謀となった元第三艦隊のホァン中佐が答えた。


「先に敗走した敵の三個艦隊は?」


「再編が終わっていないのか、組織だって行動する敵艦隊は他に確認できません。ただ、先程の戦闘で四割近くは沈めたはずですが、それでも相当数の残存艦が周囲に存在しています」


「残存艦に対する警戒は怠るな。再集結すれば我々の後方や側面を衝いてくる可能性がある」


 ただ、完全に敗走した艦隊を再集結して戦力として再び使えるようにするのは簡単な事では無いはずだった。一から集まろうとすれば時間が掛かる。しかも元々質に問題がある帝国の貴族艦隊である。

 核となる新しい艦隊が存在すれば別だが、その動きがあれば察知は可能だ。


 第十艦隊は全艦隊の先鋒として前進し、そのまま敵陣の最右翼を攻撃する事になった。

 ショウの分艦隊はその中の最中央に位置する事になる。


「前方の敵艦隊、識別を完了……帝国第五艦隊です!」


 オペレーターが叫び、ほぼ同時にショウのデスクの端末に把握されている敵艦隊のデータが表示される。

 ヴァーツラフ・フォン・カシーク。シュテファン星系会戦で卓越した指揮能力を見せ付けた指揮官の一人だった。


「強敵に当たってしまった、という所かな」


「とにかくぶつかるぞ、カズサワ。罠があろうが何だろうがここまで来たら戦って勝つしかあるまい。敵の布陣は堅いがそれでも間に合わせのもんだ。どこか一か所でも破ればそこから一気に数の差で押して行ける」


 ハーディングが通信を繋げて来た。


「攻め方は」


「任せる。お前の艦隊が先陣でとにかく崩せ。それで突出しそうな所は後ろから支える」


 ハーディングの指示は簡潔な物だった。


 メローとは別の方向で部下をとことんまで使おうとする上司だった。しかしそれがショウにとってももっともやりやすい方法なのだから何とも言えない。

 また肩を竦めようとして思い止まり、代わりにショウは軍帽を被り直した。


 全艦隊攻撃開始、と言うオティエノ大将の命令が下る。

 帝国、連盟、双方合わせて三万隻を超える大艦隊同士の一大決戦が始まった。

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