第八十五話 重要なのは協議よりも根回しである-三星系の戦い②

 パッツドルフ上級大将の旗艦「ブレーメン」内部に設けられた帝国統合艦隊総司令部内で急遽開かれた作戦会議は、当初全体的に活気を欠き、消極的で、まとまりを欠いた物になった。


 前線で戦端を開いたツェルナー子爵らの艦隊に援軍を送ってこのまま戦線を拡大するかどうかについて、一向に結論が出ないどころか、積極的な意見もほとんど出ないのである。


 戦闘は小競り合いが徐々に激しくなっている状況のようだが、三個の貴族艦隊はすでにこちらの命令を待たずにさらに前進する姿勢を見せている。


「そもそも議論する事などありますまい。総司令部の方針に反し、勝手に戦端を開いたバカ者共のために何故さらに艦隊を動かさねばならないのです。これ以上全体の作戦方針を乱してはこの侵攻作戦その物が潰えますぞ」


「ほとんど」の例外であるカシーク提督が何度目かの強い口調でパッツドルフ上級大将を始めとした他の提督や幕僚達を相手に詰め寄った。

 パッツドルフ上級大将はおろおろと周囲の顔色を窺い、アクス大将を始めとした中央艦隊の将官達は苦い顔をする。


「しかしカシーク提督」


 第十五艦隊司令のレッシュ提督が口を開いた。年齢は五十代手前。帝国軍の提督達の中でも中堅どころに位置する。


 統率74 戦略70 政治55

 運営36 情報27 機動71

 攻撃70 防御76 陸戦58

 空戦65 白兵69 魅力72


 ステータスはそこそこ。中央艦隊の提督達はだいたい指揮能力が70台に収束してる人が多い。


「現実問題として三個艦隊もの戦力がすでに敵と交戦に入ってしまっているのは事実ではないか。これを孤立させて失うような事になってはそれこそこの統合艦隊が瓦解するのではないか」


「三個艦隊が敗れた所でそれを構成する四千隻の艦と二百万の将兵が全て失われる訳ではありますまい。痛い目にあって逃げ戻って来た所で今回軍規に反した者達の指揮権を取り上げて処断し、残った戦力を再編すれば良いでしょう。むしろそれで遠征軍の風通りは良くなります」


 レッシュ提督は苦い表情を作るとそれ以上の反論を飲み込んだ。


 カシーク提督の発言は過激ではあっても正論で、正面から否定する事は出来ないが、かと言って高級貴族達で構成された艦隊とその指揮官達を堂々と見捨てる意見に賛同するのは中央艦隊の提督達にも躊躇う所があるようだった。


 ましてカシーク提督の意見を全面的に採用した所でその先確実に勝てる展望がある訳でもなく、味方を見捨てて得る物もなく撤退した、などと言う事になれば後日逆恨みする貴族達から盛大な政治的攻撃を受ける事は目に見えている。


 本来は総司令官であるパッツドルフ上級大将が何かしら自分の責任で決断を下すべきなのだけど、この人にそれは期待できないし、総参謀長であるアクス大将もこの不毛な状況に、軍人としての責任感よりも徒労感と保身の意思の方が増しているようだ。


 ……まあ、睨み合っていたらいきなり全軍の三分の一近くが勝手に動き出した上に本来の総司令官が全く仕事をしようとしないんだから、腐りたくなるのも分かるよ、うん。


 アクス大将の軍人としての特質は何があっても基本を外れない所にある、とティーネは分析していた。だから貴族艦隊の提督達どころか、自分の上官である総司令官すらその基本を守ろうとしていないと言う状況は耐え難く感じるだろう。


 そしてカシーク提督は作戦会議の中で敢えて極端な発言をする事で、意図的に会議を掻きまわし、無難な結論へと動くのを妨げている。

 今の段階で残る全艦隊も動いて決戦に向かえば、ただ規模が大きいだけのぐだぐだで不毛な戦いになって勝負がつかないのは予想できるからな……


 ジウナー提督はニコニコしながらやんわりとカシーク提督に同調し、ティーネは時折カシーク提督の過激な発言を嗜めるだけで後は沈黙を保っている。


 一見すれば熟考しているように見えるけど、実際にはパッツドルフ上級大将の精神と会議全体の空気が限界を迎えるのを待っているだけなのだから、ティーネも人が悪い。

 皆口には出さないが、時間が進むにつれ、パッツドルフ上級大将に対する批判的な視線が強まっている気がする。


「同じ議論の繰り返しで、このままじゃ何の結論も出そうもないわね」


 そろそろか、と思い私も口を開いた。


 パッツドルフ上級大将とアクス大将がそれぞれ顔を上げる。

 軍内での階級は中将の一人に過ぎなくても、貴族としては最高位に近い私の意見には二人とも注目していたらしい。


「一度休憩にしない?カシーク提督以外にまともに喋っている人間はいないし、天才の誉れ高いエーベルス伯も今の所良い考えが無いようだし。何より喉がかわいたわ」


 そう言いながら私は返事を待たず席を立ち、半ばティーネを見下ろすように視線を送った。ティーネはやんわりとした笑顔で私を見上げて来る。

 う、うむ、とパッツドルフ上級大将が頷き、アクス大将が三十分の休憩を命じる。


 私は会議室から出るとすぐにパッツドルフ上級大将の執務室へと向かい、アクス大将も呼び出してもらった。

 パッツドルフ上級大将は明らかに疲弊した顔をしていた。やはりこの人にはお飾りであってもこの大艦隊の指揮は重荷であったらしい。

 アクス大将の方はまだ顔に生気が残っているが、それでも不機嫌そうな顔だ。


「時間を取って頂いて感謝します」


 今度は軍規に乗っ取って礼儀正しく二人に敬礼する。


「進言があるなら会議の場で言うべきではないか」


 アクス大将が冷たい口調で私に言った。


「私には軍人としての話と貴族としての話がそれぞれありますから」


「何か良い考えがあるのか、マールバッハ公爵令嬢」


 パッツドルフ上級大将が弱弱しい口調で尋ねてきた。ちょっとかわいそう。


「はい。提督達は皆、先走ったツェルナー子爵達を見捨てる事で後々の問題にならないか心配しているのでしょう。それと、この遠征が失敗に終わった場合、責任を誰が取るのかと言う事も。だったらそれを、全てエーベルス伯に押し付けてしまえばいいではありませんか」


「何だと」


 アクス大将があからさまに色をなした。ザウアー元帥ほどではないにせよ、この人も軍事に政治的駆け引きの要素が混ざる事をかなり嫌う。


「そう怖い顔をしないで下さい、アクス大将。別に私はあの女を貶める事だけを考えている訳ではありませんよ。認めるのはいささか癪ではありますが、あの女が戦争の天才である事は最早疑いようがない事実。でしたらここであの女にこの戦いを任せてみるのは決して帝国軍としても悪い手では無いでしょう。それともアクス大将にはご自分で現状を打破する自信がおありですか?」


 上官に対してとても失礼な物言いだっただろう。アクス大将は今度は顔を赤くし、私を睨み付けた。

 私は表向き悠然とした風を装い、微笑む。内心とても怖いけど、怯むわけにはいかなかった。

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