第八十四話 開戦-三星系の戦い①
「こうしてお話しするのは初めてですね、フライリヒート公爵令嬢」
私が通信に加えたティーネは私の1.5倍(当社比)は優しそうな笑みを浮かべ、クレスツェンナに話し掛けた。
後ろにはコルネリア一人が控えている。
「はい。エーベルス伯……」
「ティーネ、で結構ですよ。ヒルトとも個人的には名前で呼び合う関係でお付き合いさせて頂いていますから」
「では私の事もクレスツェンナとお呼び下さい、ティーネ様」
クレスツェンナは少し緊張が解けた様子だった。
やっぱ小さい子どもの目から見ても私よりティーネの方が優しそうに見えるんだろうなあ、くそ。
「ヒルトからあなたの思いはだいたいの所は伺いました。私達もあなたと同じで、この国が続ける不毛な戦争をより良い形で終わらせたい、と思っています。そのためであれば是非、互いに協力し合いましょう」
「ありがとうございます。じゃあ、ツェルナー子爵は止めて下さるんですね」
「いえ、申し訳ありませんがそれは出来ません」
ティーネがゆっくりと首を横に振った。
「ど、どうしてですか?」
「だってツェルナー子爵達の暴走を一度止めても彼らの不満は残っていずれまた暴走するか、あるいは軍が別の所から綻びるのは見えているもの」
ショックを受けたような様子のクレスツェンナに私が説明を付け足した。
「た、確かに……」
覚悟は決まっているし聡明ではあるのだけど、軍事面ではまだまだのようだった。ちょっとホッとする。
「いい、クレスツェンナ、憶えておきなさい。戦いと言うのはね、目の前に起きている問題に対処すると同時に、それが次にどんな影響を与えるかも考えなくちゃいけないの。ただ今見えている状況だけに対して最善の事を選ぶ事ばかりしていると、いつのまにか小手先の手段じゃどうにも出来ないほど全体の状況が悪くなっている事があるの」
「なるほど……」
私のざっくりとした解説にクレスツェンナが感心したような顔をする。
ティーネやエウフェミア先生はニコニコしながら私の解説を聞いていた。
ううっ、何だろう。まるで成績の悪い高校生が中学生相手に勉強を教えていい気になっているのを同級生や先生に横から見られているような、そんな気分だ。
「ツェルナー子爵達の暴走に関してどう対処するかはもう私とティーネが話し合って決めているわ。そんなに悪い結果にはならないはずだから、今は見守って」
「わ、分かりました」
クレスツェンナが神妙な顔で頷く。
ああ、この子ほんと可愛いな。
その後ティーネと二人で少しこの後の方針についてクレスツェンナに説明し、それで三人の会合は終わった。
「すでにあなたと言う先例はいたのですけど」
二人だけの通信になってからティーネがまた微笑む。
「門閥貴族の令嬢の中にも、あんな風に優れた人物が現れるのですね。正直あなた一人が特別なのだと思っていました」
「私も驚いてるわ。父親や従兄のツェルナー子爵よりはまだ見所があるかもとは思っていたけど、まさかあれだけ聡明な上に行動力もあった子だなんてね」
私の前世では最後には反ティーネの旗頭としてカシーク提督に担がれる事になるのだけど……案外それもただの飾り物ではなく、何かしら本人の明確な意思があったのかも知れない。
「ヒルトと出会う前の私は、門閥貴族達は率直に言ってこの国に巣食う病の元のようなものだと思っていましたよ。帝国を救うには痛みを伴う手術でそれを摘出しなくてはいけないだろう、と」
「まあそう言われても仕方のないぐらいに私達門閥貴族は全体としては腐敗して帝国の害になってるからね」
「そして私の戦いは、既得権益を守ろうとする門閥貴族達とその旧弊を破壊しようとする主に平民出身の者達で構成された新興勢力との戦い、と言う単純な図式になると思っていました」
「じゃあ、今はそうじゃない?」
「門閥貴族達の中にも、手を携えるべき人達がいる。その人達の助力があれば、多少痛みは伴っても、さほど血は流す事無くこの国を生まれ変わらせられるかもしれない。そしてこの国が数百年の間培ってきた貴族制度。それを破壊する事無く活かし切る事が出来れば、ただ全く新しい物を作るよりも、強く良い物が作れるかも知れない。そう思い始めていますよ」
「ティーネなら出来ると思うよ、それも」
「いいえ、私には出来ません……少なくとも出来なかったでしょう」
ティーネがゆっくりと首を横に振った。
「私は全てを敵と味方に分けてしまう人間です。自分に従うか、そうでないか。自分とは違う立場に立っている人間の事を考え、妥協し、手を携えると言う事が出来ません。だからあなたの事も、門閥貴族である以上は長らく一時的に利用し合うだけの敵だと思っていましたよ」
「怖い事言うわね……まあ、そんな気はしてたけど」
前世でティーネが門閥貴族達と戦い勝利した後に行われた徹底的な粛清。
それを思い出せば、ティーネがそんな考えの持ち主である事は容易に想像が付いていた。
「あなたは違う。あなたはどれだけ立場や考えの違う人間であっても出来る限り相手の事を知り、近付き、妥協点を提案し、手を差し伸べようとする。あなたは門閥貴族の頂点に近い場所にいながら、帝国の他の階級の人間達と分け隔てなく接します。それどころか、連盟にすら同じように手を携える事が出来る人間がいると本気で考えているでしょう」
「甘いかな」
「甘い、かも知れませんね。でもその資質は時に私には決して不可能な事を成し遂げる資質です。実際の所あなたが間にいなければ、私がクレスツェンナ様と手を携える事はあり得ない事だったでしょうから」
相変わらず私の事を過大評価し過ぎじゃないかな、ティーネ。
「あなたはそんな風に優しいままでいて下さい、ヒルト。あなたが優し過ぎるようなら、私が止めますから。代わりに私が激し過ぎた時は、あなたが止めて下さい」
ティーネは激しさなんて微塵も感じさせない笑顔でそう言った。
「……戦争が物凄く強い覇王気質の英雄と人望以外に大した取柄が無い英雄が手を組み、一つの目的に挑む、か。どっかで聞いた事があるな」
ティーネとの通信が終わった後で先生がポツリと言った。
「縁起でもない事言わないで下さいよ。後々不倶戴天の敵になるでしょ、その二人」
どうも先生、ティーネに対する警戒心がずっと強いな。
「いや、そう言うつもりじゃなかったんだ。すまない」
自分でも縁起でもないと思ったのか、珍しく先生が謝った。
そしてそれから一週間後。
前線近くで「長期の対陣により兵の士気が下がっている」と言う理由で半ば勝手に演習を始めていた第十、第十四、第十六の三個貴族艦隊が「偶発的に」連盟艦隊との交戦に入った、と言う一報が入った。
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